第7話 「スター・カーニヴァル」の真実
1 頼朝の告白
いろいろ考えて、アリスを呼び出すのは、学校の中庭にした。
前日の夜、かなり考えて、結構迷って、それでも勇気を振り絞ってダイレクト・メッセージを送った。
『明日の放課後、大事な話があるので、中庭に来てください』
しばらくして、アリスから、
『わかったよ』
とだけ返事がきた。
どきどきした。
その夜はなかなか眠れず、翌朝は変に眼が冴えていた。
当日は、なぜかアリスは吉川さんのところには顔を出さず、頼朝は彼女の影すら見かけなかった。もしかして風邪か何かで休んでいるのかな?と心配になり、吉川さんに「アリス来ないね」と聞いてみたが、「そうだね」とだけ。「休んでるのかな?」と聞くと、「そんなことないと思うけど」という曖昧な返事。それ以上は聞けずに、放課後を待った。
特になんの連絡もないのだから、ちゃんと来てくれるだろうと信じて、中庭に出る。
中庭は、H字型をした校舎に挟まれた空間で、周囲にまるで森のように植物が植えられ、校舎の窓から中が見えない。
が、じつは植物のトンネルのようになった獣道みたいな石畳から奥に入ると、藤棚のある空間に出る。ここにベンチでもあれば人が集まるのだろうが、残念ながらその場所は草に埋もれた日陰の空間。滅多に人が来ない。
ただし、図書室の窓からこの空間を覗くことができ、頼朝はそこが隠れた穴場であることを知っていた。そしてそれを以前、アリスにもこっそり教えたことがあったのだ。だから、迷うことはないと思う。
放課後、まっすぐに中庭に直行した頼朝は、草に埋もれた空間に人が誰もいないことを確認してひと安心。しばらくその場所で心を落ち着けて待つことにした。
しばらくして、草が擦れる音が響き、アリスが姿を現す。
垂れた枝を手でどかして中に入ってきたアリスは、頼朝を見るとにっこり笑い、そしてちょっと怪訝な表情を見せた。
「どうしたの? こんなところに呼び出して。大事な話ってなに?」
アリスは屈託ない笑顔を見せた。
「うん、ごめん、呼び出したりして」自分で自分の笑顔が強張っているのを感じる。頬からさっと血が引いていく感覚があり、いまの自分の顔がきっと白いだろうと思い、恥ずかしくなる。
「あの、アリス」
「うん……」
うん、と言われて二の句が継げなかった。次が出てこない。
頼朝は躊躇した。
いっそ、好きだと言わずに、全然別の話をして、今のところは誤魔化してしまおうか。そのアイディアを実践しかけ、すんでのところで自分にブレーキをかける。
だめだ。ここで先送りにしても、どうにもならない。
前に進まなきゃ。好きだと伝えなきゃ。たとえ、フラれたとしても。
「あの」
なんとかそれだけ言う。
アリスがきらきらした瞳で、こちらを見つめてくる。彼女も待っている。おれが好きだというのを。
頼朝は口を開いた。まるで誰か他人が語っているようだった。
「アリスのことが、好きだ。おれと付き合ってくれ」
「え?」
アリスがきょとんとした。
まるで思ってもみなかったことを言われたみたいに。
頼朝は、え?と思った。
アリスが固まっている。こんなに、動きを止めたアリスを、頼朝は初めて見た。
アリスはもしかして、おれのこと、好きじゃない? え?
アリスが目をぱちぱちと瞬かせた。彼女の頬がひくりと震え、いまにも泣き出しそうに歪んだ。
まずい。ダメだと思った。慌てて言葉を繋げる。
「あの、最初から彼氏じゃなくていいんだ。最初はただたまにデートする相手みたいな感じで……」
「あの」
アリスが強い口調で遮る。
「ごめんなさい」
――ごめんなさいって、なんだよ!
「いや、だから」
食い下がろうとした。こんなこと、食い下がってどうにかなる物でもないのに。
「あたし、イギリスに好きな人がいるの」
苦しそうに言ったアリスの言葉が、突き刺さった。
自分がアリスを苦しめていると気づいて、頼朝ははっと我に返る。いま自分の人生設計が、つい五分ほど前に思い描いていたものと、180度変わってしまったことに、やっと気づいた。いや、認識できた、と言うべきか。
「それで、あたし、ずっと悩んでて」アリスは目を真っ赤にして続ける。「でも、やっぱり、離ればなれは嫌だから、イギリスにあたし一人で戻ることに決めたの。今年の九月からは向こうのハイスクールに転入するの。突然のことだから、みんなにはまだ言ってないけど、でももう手続きは終わってて、今週中には向こうに行く予定なの。トモがあたしのこと好きって言ってくれるのは、ほんと、すっごく嬉しい。もしジェフがいなければ、きっと喜んでトモと付き合っていたと思う。でも、あたし! あの人のことが好きなの。忘れられないの。失うことが、どうしてもできない。だから、ごめんなさい。あたし、あなたとは、付き合えません。ごめんなさい。ほんと、ごめんね、トモ。応えてあげること、できなくて。でも、でもあたし、ジェフのことが、あの人のことがどうしても好きなの。どうにもならないの。ごめんなさい、ほんと、ごめんなさい」
アリスはそう言って、勢いよく頭を下げた。腰を九十度くらい折った激しい頭の下げ方だった。その勢いで、彼女の顔から、二粒か三粒の涙がこぼれた。
頼朝は、アリスを傷つけてしまったショックで、その場所に立ち尽くした。
なにをどうしていいのか、全く分からなかった。言葉もなく、手を上げる術すら忘れて、ただそこに立ち尽くし、息をする方法すら思い出せなかった。
「あの」
やがて、頼朝の口がなにか勝手にいいかけ、それを合図にアリスがくるりと背中を向けて走り出した。顔を伏せ、泣いていることを隠して走り去るアリスの、目に当てた手の甲から涙の雫が滴っていたのが、はっきり見えた。
頼朝は激しく後悔した。
なぜ告白したのだろう? なぜアリスが自分のことを好きだと勘違いしたりしたのだろう? どうして、自分はアリスのことを好きになってしまったのだろう?
好きになってはいけなかったのだ。そもそも彼女を好きになったことが間違いだった。
アリスのことを好きにならなければ、こんなにつらい思いをすることもなく、彼女を泣かすこともなかったのに。
彼女を好きにさえ、ならなければ……。
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