2 浅草デート
浅草というと、雷門しか知らない。
で、その雷門が
「え、浅草寺って書いて、あれは、センソウジって読むの?」
「そうよ。知らないのぉ?」
アリスは物凄く嬉しそうに、頼朝に対してオネエサン面をしてみせた。
頼朝は思わずむっとしてしまう。てっきりアサクサデラかと思っていたのだ。
たしかに頼朝はいろんな本を読む。科学にもゲームにも詳しい。
が、世間一般の常識にはうとい。原宿や渋谷は、電車で通ったことはあるが、行ったことはない。行く用事もないし。
当然浅草も初めてだ。たぶん来たことはないと思う。
一昨日アリスからもらった
昨晩『スター・カーニヴァル』からもどると、カード端末のランプが点滅していて、開いて見てみるとサーキュラにはアリスから「明日遅刻しないように、早く寝なよ。ゲームばっかりしてないで」という、どこからか頼朝のことを監視しているんじゃないかという書き込みがされていた。とりあえず「はい、わかりました」と素直に返答しておき、言われた通りに早く寝た。もちろん最初からそのつもりだったし。
アラームの鳴るまえに起きだし、朝からそわそわしつつ、着ていく洋服は所詮、去年御徒町で買ったフライト・ジャケットしかないから、それにする。
そのあとで、食事の場所だとか休憩のためのカフェだとかいった事前に調べたデートスポットのデータをノートパソコンからもう一度呼び出して、頭の中で必死に暗記した。もちろんその場でカード端末を開いてもいいのだが、それはかっこ悪い。なので、少しでもスマートにアリスをリードできるように、下調べしたデータを頭に叩き込んでおいたのだ。
ところが、そういった事前に調べたデータや、それを暗記した努力も、浅草の浅草寺の正しい読み方を知らなかったために、一気に吹き飛んでしまった感じである。
ただ、待ち合わせの地下鉄改札を出たところで、白いワンピース姿のアリスが待っていて、頼朝を見つけると、元気よく手を振ってくれた姿を見たときは、胸の中がぽわんとしてしまい、すごく幸せだった。あの一瞬のためだけにでも、デートに来られてよかったと思ったくらいだ。
「待った?」
「ううん、今来たところ」
――という会話がデート開始の儀式であるのかと思ったら、全然ちがった。
「よし、行こう!」
浅草デートのスタートは、アリスの気合の入った宣言ではじまり、頼朝の腕をがっしと掴んだ彼女は、頼朝の「まずはここのカフェに行かない?」的な計画をぶち壊して、エスカレーターを半ば駆け上がり、そのまま仲見世商店街を突っ切って早足に歩を進めた。
商店街の端まで進んだアリスが立ち止まったのは、入り口に着物が飾ってある小さなお店。
アリスは、「ここだここだ」と嬉しそうにきょろきょろしながら、店内に入っていく。
「いらっしゃいませ」と出迎える店員に、アリスは「予約したキリヤマです」と答えていた。
「霧山アリスさま、二名様、男女でよろしいですね」
「はい」可愛らしい声で答えたアリスは、くるりと頼朝を振り返ると、にっこり笑った。「じゃ、頼朝。今着ている物を、ここで脱いでね」
「は?」
頼朝は口をぽかんと開けた。
そのお店は、レンタル着物屋さんだったのだ。
アリスの目論見は頼朝と二人して、浅草の着物デート。ふたりでレンタルの着物を着て、浅草の街を回ろうというものだった。
ならば一言いってくれと心の中で口を尖らせていたのは、着物に着替えたアリスの姿を見るまでであった。
黄色地に桜の花と川、ちょき船をあしらった柄の留袖に、水車をあしらった朱の帯。茶髪を綺麗に結い上げて、
くるりと回って、「どう?」と緑色の瞳で上目遣いにたずねられると、頼朝はどうしていいか分からずに、ぎこちなくうなずいてしまった。
一方の頼朝は、紺色の着物に、おなじ紺の羽織。薄茶の帯を腰骨の上でギュウギュウに巻かれた状態。腰が細いからと、襦袢の下にタオルを巻かれているのもあって、とにかく着心地が悪い。
鏡に映った自分の姿を見ても、なんか
着物に着替えたところで、アリスは「うし」と変な気合を入れて、「じゃ、雷門から回ろうか」と浅草寺のある方向を指さした。なんか出撃みたいだった。
慣れない着物で、二人してよちよちと歩く。裾がからまって上手く歩けない。江戸時代の人はよくこんな格好で動き回っていたものだと呆れつつも、頼朝は肩を並べて歩くアリスの可憐さと、心底楽しそうな笑顔に癒されていた。
そう。
楽しい。すごく楽しい。
好きな子と肩を並べて歩くのがこんなに楽しいとは。慣れない着物も、締めすぎの帯も、なんか許せてしまう。
着物に着替えたアリスは、心持ち動作も言葉遣いも淑やかになったようで、「あっち」と控えめに指さして雷門の方を指さす。袖口からのぞく白い肘がまぶしい。なんでだろう。肘なんて、よく見るんだけど、着物の袖からのぞく肘は何かが特別だった。
まずは雷門の前で記念撮影。
アリスの持っているのは、最新型の二つ折り式カード端末。ふだんは通常のB6カードなのだが、広げると倍のB5カードになる。画面が極薄シリコンで、二つに折るとヒンジの部分が引っ込んで、画面の折れ曲がりを防ぐ機構になっている。
さらに外側のB6画面も使えるので、かなり便利だ。アリスはカードを開きっぱなしにして、撮影を繰り返し、景色を撮ったり、頼朝を撮ったり、自分を撮ったりと忙しい。そして撮影の合間に、雷おこしを買い、メンチを買い、人形焼きを買う。雷門をくぐって二十メートル進むのに、三十分を要した。
これは本堂に到達するのはいつの日か分かったものではない。
日曜日だからか、いつもこうなのか、とにかく浅草仲見世通りは物凄い人混みだ。はぐれそうになりながら、アリスについて動く頼朝。面白そうな物を見つけると、すぐそちらに引き寄せられていくアリス。
半纏はいらないだろう? なんで日本刀を欲しがる? 十手なんて必要ないでしょ。
やがて扇子専門店に入ったアリスは、じっと動かなくなった。嬉しそうに陳列された扇子を眺めるアリスを、愛し気に見つめていた頼朝に、アリスがふいに振り返る。
「ねえ、どれがいいと思う?」
「え? 扇子?」
「そう。イギリスにいる友達にあげようと思って。トモなら、どれを選ぶ?」
「うーん」頼朝は首をひねる。「あ、そうだ、イギリスにいる人なら、この富士山と桜のやつがいいんじゃない? この日本晴れのデザインなら、あれでしょ。イギリスって霧の都ってくらいだから、晴天の絵なんかいいんじゃない?」
「うん、じゃ、そうする」
アリスは目尻に皺をよせて笑った。チンパンジーみたいな笑顔だった。
そのあと、箸だ手ぬぐいだ和傘だと眺めたあと、やっとのことで浅草寺の本堂へ到達。
かなりの行列を経て、なんとか最前列まできた。
ご本尊の前で、賽銭を投げ、手を叩こうとして、頼朝の方を探るように窺うアリス。
頼朝は、ちょっと自信がなかったが首を横に振る。きっとお寺だから手は叩かないはず。
アリスはいたずらっぽい顔をして、手を叩くふりをし、直前で止めて、神妙な顔で合掌して目を閉じる。
二人してそのまま、仏様にお願いする。仏様って、お願いを叶えてくれる種類のものか一瞬疑問に思ったが、かまわずお願いした。
(このままずっとアリスと一緒にいられますように)
閉じていた目をこっそり開けて、隣りのアリスを盗み見る。彼女はくそ真面目な顔で、なにやらぶつぶつ口の中で呟きながら必死に手を合わせていた。
可愛かった。愛しかった。ああ、この人が好きだ。頼朝は心底そう思った。
このとき、決めたのだ。彼女に告白しようと。自分の気持ちをはっきり伝えようと。
アリスが果たして「うん」と言ってくれるかは、分からない。だけど、はっきり彼女に好きだと伝える。凄く怖いけれど、この溢れだす気持ちに押さえはきかなかった。
彼女に、
好きだと、
言う……!
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