2 約束を守りに来た


 二足歩行の恐竜は、ベルゼバブのタックルを受けて上体をかしがせたが、転倒はしない。尻尾でバランスを取ってもちこたえ、自分を突き飛ばしそうとした新たな敵の存在に気づいて、威嚇するように牙の並んだワニのような口を開いた。



 でかい。ヨリトモはかなりビビった。リアルな恐竜づら。カーニヴァル・エンジンの身長が18メートルなのに対してヘクトロルはそれを凌駕する身長30メートル。腰に抱き着いたベルゼバブが見上げるような巨体だ。しかもそのデザインがリアル過ぎて、本物の巨大爬虫類に抱き着いた気がして身の毛がよだつ。


 こちらを見下ろしたヘクトロルが恐ろし気な顎を開く。その喉の奥がちかっと閃光を発し、ベルゼバブのカメラアイを焼く。ばちっとショルダー装甲アーマーが火花を散らして小さい爆発音をあげた。ヘクトロルが口からビームを放ち、それがベルゼバブの肩に直撃したらしい。


 ぎょっとしてビュートを振り返るが、彼女は涼しい顔。


「力場装甲ライトニング・アーマーが効いていますので、この程度のレーザーでベルゼバブはダメージを受けません。ヘクトロル程度の敵、さっさと倒しちゃってください」


「いやいやいや」


 ヨリトモはヘクトロルに抱き着いたベルゼバブとおんなじ体勢で腕を開き、コックピットの中で硬直している。ちょっとでも気を抜けば押し切られてしまう。パワーが桁違いだ。


「全っ然、勝てる気がしない!」

「うーん、まあ、シフト1のパワーですからねえ」銀仮面に隠れていない方の眉を歪めて、悩まし気な表情を見せるビュート。


「シフト1、なんだそれ?」

「艦内および基地格納庫内で使用されるパワーシフトです。出力を極力抑え、スラスター噴射は使用できない設定になっています」


「どれだ? どのスイッチでシフトを上げられる?」

「あ、ダメですよ、ヨリトモさま」ビュートが立てた人差し指をノンノンと横に振る。「艦内でのシフト2以上の使用は人形館戦闘規定により禁止されています。ここではシフト1以外、使用不能です」


「教えろ、どのスイッチだ」ヨリトモはビュートを睨む。「ここに敵がいる。最強の人型兵器もある。パイロットもいる。あと足りないのは、なんだ?」

「あ、いえ、ですから、それは」


「命令だ。敵を倒せという命令だ」

「ですから、戦闘規定により」


「おまえが命令を出せ、敵を倒せと。兵は詭道なり、その君命に従わざるも、アリだ」

「なんですか、それ?」ビュートが目を丸くする。


「孫子だ、むかしの兵法書。戦場では現場の判断を優先することもあるという意味だ。ここで戦っているのは、人形館でも規定でもない。おれたちだ」


 ビュートが画面の中で目を見開く。



「ヨリトモ? ちょっとヨリトモなの?」チャンネルが開き、ビュートの隣の通信画面にアリシアの顔が映った。「ちょっとなにやってるのよ、艦内なのよ!」


「約束を守りに来た。ユニーク機体を見せるって約束をさ」

「できるわけないでしょ、艦内なのよ。早く逃げなさい!」



「逃げるか?」ビュートのいる画面に向けて問う。


「逃げるかですって?」画面の中でビュートが否々と首を振る。「これは伝説のユニーク機体ベルゼバブですよ。逃げるなんて選択肢はわたしが表示させません!」


「アリシア、隠れてろ。いまからユニーク機体の底力を見せてやる! ビュート!」

「左の操縦桿です!」ビュートは顔の左半分を覆う銀仮面を押さえて叫んだ。「ロックは外しました。トリガー・シフターの短いレバーです」



 ヨリトモは左の操縦桿スティックを見た。スティック自体は戦闘機の物に近いが、付属のスイッチ類はマウンテンバイクに似ている。ブレーキのような大きなレバーと、手元に来る位置に変速機に似た小型のトリガーがある。手元の表示がいまは確かに1だ。


 ヨリトモはベルゼバブのアームに渾身の力をいれつつ、自分の腕の力だけすっと抜いて操縦桿をつかんだ。チェッカリングに沿って指をいれ、人差し指がちょうどくる位置にある短いレバーを引く。細いパスタを手折るようなパキンという手ごたえで、シフトが変わる。


 正面パネルの隅で「2」という文字が光り、画面のあちこちにエンジン・レベルやスラスターの状態を示す表示が現れる。と同時に、さっきまで重かったヘクトロルの身体が、急に柔らかい、ふわふわした物に感じられた。



「アリシア、ちょっと揺れるぞ!」通信画面に向けて叫ぶや否や、ヨリトモはベルゼバブの腕に力を込め、腰をひねると、ヘクトロルの巨体をグリフォンから遠ざける方向へ投げ飛ばした。



 巨大な爬虫類は宙を舞って、数十メートル離れた無人ハンガーの上に落下する。艦の床がひしゃげ、衝撃でホコリと鉄材が舞い上がる。


 一瞬痛みにのたうったヘクトロルは、すぐに憎悪に歪む目をこちらに向け、ドリルを振り回して立ち上がろうとする。


 とどめを刺すなら、今がチャンス。


 ヨリトモはビュートを振り返る。

「武器は? この機体に武器はないのか?」



「背中の背部ウェポン・ラックにユニーク装備の『カスール・ザ・ザウルス』があります。それを」コンソール中央のダメコン画面に表示されているベルゼバブの機体画像上で、右肩の上が白く点滅した。

 ヘッドを回してカメラアイで直接右肩上の武器グリップを確認する。こんなところに武器装備があったとは気づかなかった。ベルゼバブのアームを動かして鋼鉄のハンドを近づける。


「掴みにくいようでしたら、右コンソールのハンド画面をご覧ください」ビュートがヘルプを入れる。


 カーニヴァル・エンジンの手首にはカメラが仕込まれており、コンソールの3D画面でそこからの映像を確認しながら物を掴めるらしい。いろいろと便利な機能がある。



 ベルゼバブのハンドがグリップを掴むと、カスール・ザ・ザウルスを保持していたロックが外れ、アームにずしりとした重量がかかる。膂力にものをいわせて、その武器をぐいと振り回し、胸前で構えたヨリトモは素っ頓狂な声をあげた。


「は? 刀? しかも長え……」


 それは刃渡りがベルゼバブの身の丈ほどもある長大な日本刀だった。


 身幅があり、優美な曲線を描いて反った刀身。革を巻いただけの武骨なグリップと小さい鍔。機体デザインがシンプルなら、武器デザインもシンプル。なんの飾りもついていない、山賊が使うような長大な大太刀だった。



「これで、どうしろと?」

「斬るんですよ」

「いや、その手のゲームはやったことがない」ヨリトモだけではない。いまのゲーマーは剣を振るうゲームを、ほとんどのプレイヤーがやったことないだろう。


 ニューロ・インターフェイスが開発されて、ネットゲームなどでも当初の頃は、ファンタジーの世界や時代劇の世界に行って剣で斬り合うゲームが多数発売された。

 が、その隆盛は一瞬で終わりを告げることになる。人間が手足を使って刀で斬り合うという行為は、たとえそれがアバター同士の斬り合いであっても、所詮その人の運動神経が物をいうのだ。つまり、キャラクターや装備に関係なく、上手いやつはどこで何しても上手いし、下手な奴はなにをどう頑張っても下手。


 そこにはもう、ゲーム性の欠片もなかった。一部の上手いやつだけが無双を誇る世界に、大勢のプレイヤーたちはそっぽを向き、いま現在魔法を唱え合うゲームは多くても、剣で斬り合うゲームは皆無の状況。当然、ヨリトモも剣や刀は、ゲームの中ですら持ったことがない。



 だが、それに対するビュートの返答は、素っ気ない。

「ベルゼバブは、近接格闘用のカーニヴァル・エンジンですから」


 ヨリトモは無言で肩をすくめる。


「ヨリトモさま、注意してください!」

 唐突にビュートが叫ぶ。


「ヘクトロルのドリルが開孔しています。監獄星カブトムシを撃つつもりです。あの巨大な昆虫は……」


 目を向けると、ヘクトロルのドリルアームの先端近くで丸い孔が開き、その奥でなにやら巨大な昆虫がもぞもぞ動いている。おそらくあれが体液に点火してロケット噴射で飛んでくるという監獄星カブトムシなのだろうが、ヘクトロル自体はそれを立ち上がってから撃ちたいみたいで、もう片方のドリルで身を支え、尻尾を使って立ち上がろうと足掻いている。


 そのへんは所詮爬虫類、もしくはゲーム内のAI。頭が悪い。転がったまま撃つという発想はないらしい。ならばいのまうちに……。


「……監獄星カブトムシは、複数に分裂した卵嚢内にプルトニウムを貯蔵しており、対象物に頭角が当たって刺激を受けると、この卵嚢内のプルトニウムを一気に卵管内に排出して臨界量を超えさせ……」


「それ、核ミサイルじゃねえかっ! 先に言えよ!」


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