2 アリシア・カーライル、なのか?


 都市攻略がはじまっていた。


 十三番艦から発進したヨリトモは、惑星カトゥーンに降下するためのコースを選択していた。


 すでに各都市に分散した第六艦隊のカーニヴァル・エンジンは、惑星上の攻略ポイントに向けて大攻勢をしかけていた。惑星側に守備戦力はほとんどなく、あとは極力ポイントの高い地上物を破壊するだけである。


 そんな早い者勝ちポイント稼ぎレースに、ヨリトモははなから参戦する気はなかった。ではなぜ今、ベルゼバブに乗っているかというと、それは他にやることがないからである。

 失恋してしまったヨリトモには、もうコックピットに入って操縦桿を握る以外、他にやることは残されていなかった。ここにいて、ベルゼバブとの一体感を得ていれば、その間だけでも現実世界を忘れていられる。ただ、それだけの理由だった。



「ん? アリシアがきているのか」


 フレンド・リストにアリシア・カーライルの名前が表示されていた。なんと彼女が久しぶりに『スター・カーニヴァル』に参戦しているようだ。


 そういえば、彼女の正体は、そもそも霧山アリスだったのだろうか? それとも他人の空似で、作ったプラグキャラの顔がアリスに偶然似ていただけなのか?


「ビュート、アリシアの居場所を表示してくれ。彼女に会いに行く」

 今日こそは、はっきりさせよう。そしてもし、アリシアがアリスなら、きちんと謝ろう。


「ええ、でも」ビュートが仮面に隠されていない右半分の顔を曇らせた。「アリシアさんの反応は、赤。エネミーに判定されてますが」


「赤? エネミーとは?」


「えー、つまり、ラプンツェルと同じ裏切り者ということです」


 ヨリトモはビュートのいる画面を振り返り、彼女の右目をたっぷり十秒見詰めた。


「アリシアが、プレイヤーキラーだということか?」


「そういう言い回しで表現することも可能です」


「バカバカしい」ヨリトモは鼻で笑った。「それはなにかのエラーだろう。会ってみればわかるさ」


「はい。会ってみれば分かります」

 ビュートは銀仮面の表面をつるりと撫でた。




 アリシアの反応を追って、惑星の昼の側から、夜の側へ。衛星軌道を駆け抜けて、大気圏に突入する。機体表面が圧縮された大気によってかなりの高温になるが、ライトニング・アーマーのパワーで押し返し、濃密な大気の海の底、頑強な重力に満ちた井戸の奥、惑星表面へと降下する。


 背部の可変式反物質スラスター・ギミックを展開し、細身のスポイラーを開く。強烈な推進力と少しばかりの揚力を得て、ベルゼバブが成層圏を滑り出し、ヨリトモは操縦系を空戦モードに切り替える。


 ツイン・スティックを操り、ペダルで推力をコントロールしてコースを維持し、シンクロル・レーダーを確認すると、惑星表面が何千機というカーニヴァル・エンジンで溢れているのが見て取れた。


 カシオペイアもムサシも来ているようだ。位置までは確認しないが、反応があるのだけはチェックしておく。ケメコはいない、ナスタフはいる、と。

 フレンドは五人。改めて一覧を見て思うが、おれは友達が少ないようだと苦笑する。



 ヨリトモはアリシアの反応を追って、高度を下げた。


 地上に、破壊された都市が見えてくる。そろそろいいかと戦術マップを開き、反応を追った。


 地上に何機かのカーニヴァル・エンジンが集まっている。4機か? いや、いま1機消えた。3機だ。消えたのは、どういうことだろう? 


 赤い反応がやはり、アリシア。画面をタッチして再読み込みをかけてみるが、やはり赤いままだった。とすると、アリシアは本当の敵。プレイヤーキラーとなって、味方を殺して回っているということか? 彼女はなぜ、そんなことを?


 まさか、昨日の告白で、アリスは心に傷を負ってしまい、精神が暴走している、とか?


 いや、そんなことはない。おれのために泣いてくれる優しい心をもったアリスが、人を傷つけたりするものか。


 ヨリトモは否否と首を振る。


 アリスはそんなことはしない。たとえアリシアがしたとしても、アリスはしない。もしアリシアがプレイヤーキラーだというのならば、それはアリシアがアリスとは別人ということだ。



 反応がまたひとつ消える。残りは、赤ひとつ、青ひとつ。

 ヨリトモは急いで高度を下げ、電磁波レーダーを確認しながら着陸スペースを探し、地上を走るハイウェイにベルゼバブを着陸させた。ビルが邪魔して電磁波レーダーが目標をロストし、戦術マップから反応が消える。消える直前の反応が、赤と青から、赤ふたつに変わっていたような気がしたが、気のせいか?


 すぐにセンサー・モードに切り替わり、カーニヴァル・エンジンの位置がマップに表示される。が、2機とも敵味方識別信号を出していない。すなわち反応は敵という意味の赤。やはり赤ふたつ。


 どういうことだ?


 正面のビル群を迂回して向こう側へ出ようとしたとき、スラスターの青い光が影を動かし、反対側から赤いカーニヴァル・エンジンが飛び出してきた。


 両肩にキャノン砲の固定武装、全体的にずんぐりしたデザインの中距離支援型『ツバイカノーネ』だ。手には大型アサルトライフル、銃身にはグレネード装備。大パワーのスラスター・ギミックに分厚い装甲。ゴーグルのようなカメラアイが妙に怖い。そして反応は赤。


「敵です!」ビュートが叫ぶ。


 ヨリトモは反射的にサイド・ペダルを踏み込んでベルゼバブを横っ飛びに飛翔させ、姿勢制御からの低空ジャンプで敵の射角を外して飛び込んだ。


「まってくれ、違うんだ。やつに左胸の良心回路をやられて……」


 相手がなにか叫んでいたが、一瞬のうちに動いたヨリトモとベルゼバブの手足は止まらなかった。背中のカスール・ザ・ザウルスを抜き放つと、入れ違いにツバイカノーネの機体を両断していた。


 反物質が漏れ出て核爆発を起こし、青い爆光が広がってライトニング・アーマーが灼ける。ツバイカノーネの胸からコア・キューブが排出される暇はなかったので、パイロットは戦死。プラグキャラはロストだろう。だが、プレイヤーキラーには当然の報いだ。しかし、いまのやつ、やられる直前に何か言いかけていたが……。


撃墜スプラッシュ」ビュートが静かに伝えてくる。

 ヨリトモはちらりと彼女を振り返るが、ビュートは無反応だった。



「ヨリトモか。久しぶりだな」


 通信画面が灯り、そこにアリシアの顔が映った。

 いや、正確にはアリシアの顔が映るはずだった。画面下の文字表示もちゃんと『アリシア・カーライル』になっている。


 しかし映っているのは、見たこともない女。


 黒髪で、少年みたいなショートカットで、目は闇のような黒。頬はこけ、肩は骨張り、がりがりの胸は、どこからがお腹だか分からない。栄養失調でも起こしているんじゃないかというような、痩せた女だ。目つきは悪く、吊り上がった目尻が凶悪で冷酷な印象を与える。カーニヴァル・エンジンのコックピットに入っているというのに、パイロットスーツは着用しておらず、煤で汚れた白いティーシャツの上で、シートベルトをぺったんこな胸に食い込ませていた。


「だれだ、あんた」


 ヨリトモは眉をしかめた。


「アリシアだよ」目つきの悪い女はいじわるく笑った。「あんたが、アリシア・カーライルだと思ってた女だ。本当のあたしの名前はエッドゥール・ツゥオトラァル・クロォゥ……、だめだ、やっぱりうまく翻訳されないなぁ。まあ、いいや。アリシア・カーライルってことで」


 女はげらげらと笑った。お化け屋敷で笑うガイコツのような笑い方だった。




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