3 彼女の正体


「ゲーム用キャラじゃないってことか」ヨリトモは不機嫌にたずねた。相手が自分のことをバカにしている感じがしたからだ。


「ゲームキャラじゃないよ。へっ、ゲームキャラね。バカバカしい。おまえらはどうせこれを、楽しいゲームだと思って遊んでいるんだろうがな」


「なんの話だ」


「あたしはいま、プラグキャラを介さず、直接カーニヴァル・エンジンに乗り込んでいる。母親からもらったこの肉体で、命が宿ったあたし自身の身体で、このグリフォンを操縦しているのさ」


「言っている意味がわからん」


「わからないだろうさ」アリシアを名乗る女は目を細める。「あたしたちも、最初はそうだったから。、『スター・カーニヴァル』を、あたしたちの惑星の住民は楽しいゲームだと思って、プレイしていた。まさか何千光年も離れた場所で行われている、実際の戦争だなんて、だれも思っちゃいなかった」


「だから、何の話だって言ってるんだ」


「ゲームじゃなくて、現実だっていってるんだよ、ヨリトモくん。これはいま、おそらくあんたらの惑星から距離にして1万光年離れた場所、すなわちあたしたちの惑星でリアルタイムで行われている侵略戦争だって話だ」


 そこまで言って、アリシアはすばやく視線を横にずらし、誰かにするどく指示を出す。おそらく自分のヘルプウィザードだ。「……ノート、もうすこし通信をねじこんでおけるか。相手のヘルプウィザードにシャットダウンさせるな」


 ヨリトモははっとしてビュートを振り返る。画面の中でビュートはぎゅっと目を閉じ、両こぶしをぐっと握りしめてうつむいている。なにかに耐えているようだ。なんだ? なにが起こっている?



「よく聞け、ヨリトモ。人形館とは正体不明の知的生命体だ。あいつらが一体どういう形態の生命体かすら、星間同盟は把握していない。その母星の位置も皆目見当もつかない。奴らが最初にその存在を明らかにしたのは、惑星ラシーヌだ。ラシーヌ人を洗脳系細菌生物で操り、星間同盟に対して攻撃をしかけてきた。だが、やつらはそのずっと前から、銀河系のあちこちにその魔手を伸ばしていたのさ。惑星ラシーヌが動き出したとき、すでに惑星ブラックビースト、惑星サイクスは人形館の手に落ちていた。やつらは惑星サイクスのサイクス人によって、いくつもの強力な兵器を作らせていた。そのための素材として、惑星ブラックビーストの巨人獣が使用された。わかるか? 惑星ブラックビーストの巨人獣とは、身18メートルにもおよぶ二足歩行の、おそらく銀河系最強の肉食獣だ。強靭な生命力と、想像を絶する運動能力を持っている。それがカーニヴァル・エンジンの主生体パーツだよ」


「…………」


「人形館は、サイクス人に、この巨人獣を生体パーツとして使用し、人型の強力な兵器、カーニヴァル・エンジンを作らせた。洗脳系細菌生物によって支配されているサイクス人は、自分たちが銀河系に災禍をもたらす恐ろしい兵器を開発しているとは、微塵も思っていなかった。カーニヴァル・エンジンを作り、それらが手に持つ武器をつくり、それらを運ぶ巨大な母艦を作った。最初は小規模だったらしい。やがてそれらの武器を惑星ラシーヌのラシーヌ人に操縦させ、星間同盟に所属するいくつかの星系に対して侵略戦争をしかけた。そして、なかなかの戦果をあげた。カーニヴァル・エンジンは強力な兵器だからな」



 アリシアを名乗る女は、悪魔的な笑いを頬に浮かべると、ぺろりと唇をなめた。



「だが、人形館は気づいた。洗脳系細菌に侵されているやつらは、頭の働きが悪い。そこで人形館は、洗脳されていない、新鮮な脳髄をもった兵士を探した。やつらはとりあえず、手近なところで、まだ未発達で星間航行技術をもたず、星間同盟とも接触のなかったあたしたちの惑星に目を付けた。外宇宙からの侵略だとは気づかせずにエージェントを侵入させて、『ボイド宇宙』だ、『ゲーム空間』だと偽り、何も知らないあたしたちをカーニヴァル・エンジンのパイロットに仕立てあげたのさ。つまり、今のおまえたちと同じ役回りだよ。ここまでは、理解できたか?」



「めちゃくちゃ言うな。なんの冗談だ。これはお前の妄想の話か? くだらない与太話に付き合っているほど、おれは暇じゃない」



「あたしたちカトゥーンの人間は、これがゲームだと思ってプレイしていた。実際は戦争行為だったとは気づかずにね。ところが問題が起きた」


 アリシアはヨリトモに構わず続ける。


「あたしたちの存在が星間同盟の知るところとなった。当たり前だ。あたしたちの惑星カトゥーンは、星間同盟の制圧圏内に位置している。そこで人形館は、あらたなパイロット用惑星を探した。星間同盟の手が届かない惑星。名前は……、あ、そうだ、おまえの惑星はなんという名前だ?」



「とぼけるなよ。そんなこと、おまえだって知っているだろう」


「ああ、知っている」アリシアはにやりと笑った。「地球っていうらしいな。おまえらの惑星のやつらに、聞いたよ」


「ああ、そうかい」


「おまえたちのボイドを経由して、星空を見せてもらった。計測ではおまえらの惑星『地球』は、銀河中心からかなり離れたオリオン腕の端に位置している。これは星間同盟の勢力圏内から遥かに離れた座標だ。しかもラシーヌ解放戦線の勢力圏内の向こう側に位置する。まず、位置がいい。それともうひとつ。おまえたちの方が、あたしたちカトゥーン人より、あきらかにカーニヴァル・エンジンの操縦に適した脳髄を持っているのだ」



「操縦に脳髄なんか、あんまり関係ないだろう?」



「あたしたちでは、三つの身体を把握することが難しい。ふたつが限界だ。だが、おまえたちは違う。肉体とプラグキャラ、カーニヴァル・エンジンの三つを同時に把握できる。プラグキャラというワンクッションを置いても、見事にカーニヴァル・エンジンを自在に操れる。おまえたちを見つけた人形館は、さぞかし狂喜したことだろうな。すばらしいパイロットたちが見つかったぞ、と」



 ヨリトモは答えなかった。バカバカしい妄想だと思った。



「だから、お前には、このゲームに来るなと言ったんだ。だのに、人の忠告を聞かないから」

 アリシアは少し悲しそうに笑った。

「もし、このあと命があって、あたしの言葉を少しでも信じる気があるのなら、クロノグラフを外して、コックピットから出て見ろ。そしてお前の目で確かめろよ。おまえのベルゼバブがいま踏みつけている物が何か。しっかりその目で確かめてみろ。そして思い知れ。おまえのベルゼバブとヘルプウィザードが、どれほどの嘘をついていることか。まあ、お話はこれくらいにしておくか。じゃあ、そろそろ行くぞ! ヨリトモっ!」



 アリシアが腹に響く声で叫ぶと同時に、後方からメタリックグリーンのカーニヴァル・エンジンが、ビルを飛び越えて襲いかかってきた。


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