4 チェック・シックス
「4秒で復旧します」ビュートが告げる。ヨリトモは落下しながらベルゼバブのヘッドを回し、ソロモンの位置を確認。敵もこちらと同じように
「ビュート! ライトニング・アーマーを切れ。駆動系優先だ」
「え? あ、はい!」
さすがに驚いたようだが瞬時に応じるビュート。
ヨリトモはスラスターが咳き込むように動き出すやいなや、落下中のソロモンへ向けて最大加速で突進した。あっという間にベルゼバブの装甲表面が急激に温度上昇し、警告を発してくる。ライトニング・アーマーが入っていないから当然。だが、ベルゼバブの前面装甲は厚い。一分や二分で溶けてしまうものでもない。
赤熱したベルゼバブを突っ込ませ、失速落下しているソロモンへ斬りかかる。
限界までエネルギーを放出してしまった際のシステム再起動なら、通常はライトニング・アーマーが最優先される。が、いまの2機に射撃武器はない。ならば防御より攻撃優先。カシオペイアはまだ動けない。
ヨリトモは一気に間合いを詰める。ソロモンがかすかに身をよじったが、蛇矛はまだ振るえないはず。もらった!
パカリと開いた、ソロモンの胸の五芒星。中にはハチの巣のように、規則正しく並んだ穴。
ミサイル・ポッド!
ヨリトモは思わずサイド・スラスター・ペダルを踏み込んだ。
ソロモンの胸から飛び出した10発のミサイルが猟犬のようにベルゼバブに襲いかかる。
いまのベルゼバブはライトニング・アーマーがない。空力加熱により装甲は赤熱しており、これ以上速度を上げると、機体がもたない。被ロックオン警報とミサイル・アラート、機体温度急上昇の警告が鳴り響くコックピット内で、ヨリトモには、踏める限界ぎりぎりまでのペダル操作と、空力を極限まで生かした姿勢制御、まったく無駄のないベルゼバブの四肢のコントロールが要求された。
サイド・スラスターを噴射して横に逃れたベルゼバブに、10発のミサイルが弧を描いてホーミングしてくる。追いついてきたところを大きくバレルロールで躱す。
目標をロストし3発が航跡を残して前方へ流れる。あと7つ。警報が鳴り響く。バック宙の要領で身を縮めて機首をまわし、スラスターを可能な限りのハーフスロットルで踏み込む。さらに2発がこちらをロスト。
考える暇もなくゆるい右への旋回から、引きつけられるだけ引きつけて、当たる寸前と感じたところで、推力を切って身を縮める。
一気に下方へダイブ。さらに2発がロストして直進して行くのを視界の隅にとらえ、下方へ重力加速度を利用して高加速。これは速度が出るが、地表が迫るというリスクもある。警報は鳴りやまない。
ぐいぐい加速して、装甲の温度が限界にきたあたりで急激に引き起こす。2発がついて来れずに地表に激突し、爆発。
「あと1発です」ビュートの報告に、空中で振り返ったヨリトモは、ベルゼバブの右脚で、追いついてきたミサイルを蹴り飛ばした。あさっての方向へふらふら走った最後の1発は、推進剤を使い果して地上へ落ちていった。
「ライトニング・アーマー復旧します」ビュートの報告。ヨリトモが視線を正面にもどすと、そこには大写しになったソロモンの機体があった。
「え?」
蛇矛を腰だめに構えたソロモンは、スラスター噴射の勢いを得て、強烈な突きをベルゼバブの胸。コックピットがある位置に正確に突き込んできた。
ムサシは呻いた。
「ヨリトモ、あいつ……」
下半身を切り離されてしまったニンジャのコックピットでムサシは、カシオペイアとヨリトモの対戦をじっと見ていた。滅点ダッシュ同士の空中戦から、ヨリトモのミサイル回避。両者の卓越した操縦技術を見せつけられた感がある戦闘だったが、ミサイル回避に集中したヨリトモに対して、ジャミングを駆使し、ヨリトモの機動を正確に読んで、カメラ死角を疾駆してのカシオペイアの機動には、さすがに背筋に冷たいものが走った。
ミサイルに追われるヨリトモを追ったカシオペイアは、最後は地表すれすれ、高度5メートルもないような低空飛行からの急上昇でヨリトモに迫り、その胸に今、蛇矛を突き込んでいた。
「勝負あったな」ムサシはため息まじりに、つぶやく。
低高度、約50メートルの高さで蛇矛によって連結された2機は、反重力制御でゆっくりと地上まで降りてきた。
蛇矛に貫かれたベルゼバブは、人形のように手足をぶらぶらと垂らし、地に足をつけてもみずから立つことをせず、死体のようにのけ反っている。その手から、身の丈ほどもある大太刀カスール・ザ・ザウルスがこぼれ落ちた。
ソロモンは、ベルゼバブのコックピットを貫いて背中まで突き通した蛇矛を一振りすると、力を入れてぐいっと一気に引き抜いた。
ベルゼバブの身体がばったりと後ろへ倒れ、巨大な鋼鉄の機体が落下した衝撃で大地が揺れた。
ソロモンの勝ち。ベルゼバブの負け。
本来は味方の勝利だから、喜ぶべきところなのだが、ムサシは何かもやもやした気持ちを抱えた。
ソロモンがゆっくりと踵を返し、歩き去る。
ムサシはもう一度溜息をつくと、息絶え、打ち捨てられたベルゼバブの残骸に悲し気な視線を送った。
大地の上に横たわるガンメタル・カラーのユニーク機体。
その右手の指先が、ぴくりと動いた。
ムサシは、まばたきし、目をこする。
見間違いか? そう思った瞬間、獣のような身のこなしで起き上がったベルゼバブが、落ちているカスール・ザ・ザウルスを引っ掴むと、背中を見せていたソロモンに駆け寄り、背後からその首を横薙ぎに斬り払った。
首を落とされてフラフラとたたらを踏んだソロモンの腰を、ベルゼバブは返す刀で綺麗に両断し、三つに分断されたソロモンの機体の残骸が、大地の上に転がった。
「なんだ? なにがどうなってやがる」
ムサシは左コンソールの通信画面を見る。
一番端のメイン画面にはカシオペイアの呆気にとられた顔が映っており、隣りのサブ画面には破壊されたベルゼバブのコックピットが映っている。
蛇矛の刃に切り裂かれて、右映像パネルがなくなっているが、コンソールや操縦桿は無傷。しかし、ヨリトモの姿はないぞ。と、思っていたら、ヨリトモが油圧シートにのって搭乗口から上昇してきた。頭からガラス片やホコリをかぶって酷い姿をしているが、身体はまったくの無傷。シートの中で屈めていた上体を起こし、外していたシートベルトを締めなおしながら、画面の中でひとことつぶやく。
「カシオペイア、
ムサシは呆れた。ヨリトモのやつ、コックピットをぶち抜かれる瞬間、シートベルトを外してその場に伏せ、さらにシートを搭乗口に落としていたようだ。事実、パイロット・シートの背もたれは上半分が吹き飛んでいる。まさにギリギリ、間一髪の好判断だが、運がいいという他はない。
さらに死んだ振りして、後ろから斬りかかるとは、サムライとしては卑怯だが、おれたちはもともとが戦闘機パイロット。相手の背後から撃つのが基本だ。
しかも「チェック・シックス」とは、アメリカの空戦学校トップガンでの別れの挨拶である。
呆気にとられたムサシは、通信画面のカシオペイアと顔を見合わせる。カシオペイアはあんぐり口をあけて茫然としていたが、とたんに腹を抱えて笑い出した。彼のソロモンはすぐにシステム・アウトしてしまい、通信画面は消えてしまったが、カシオペイアは笑い続けたにちがいない。
「ヨリトモ、てめえ。やりやがったな!」
ムサシは画面の中のヨリトモを指さした。出来ればこの指で奴を撃ち殺してやりたかった。
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