エピローグ
1
ヨリトモは、残骸となったソロモンの胸部から、コア・キューブが射出されるのを黙認した。
倒れたソロモンの上半身がぐらぐら動いているから、なにかと思えば、ミサイルポッドの仕込まれた胸部装甲がリニアモーターで開蓋し、中から反重力ユニットで覆われた脱出用コア・キューブが飛び出してきた。内部にコックピット・ユニットを含むコア・キューブには、当然カシオペイアのプラグキャラ、というかマリオネットが乗っているはずだが、それを壊すことをしなかった。
理由は簡単だ。あいつを殺してしまうと、周り中の敵が襲ってくる危険がある。が、あいつが健在なら、あいつのプライドにかけて約束は守ってくれるはずだから。
まあ、掛かってくるというのなら、100機だろうが200機だろうが、全部倒すつもりだが。
ヨリトモは周囲を遠巻きに囲むカーニヴァル・エンジン部隊を、ぐるりとひと睨みすると、ベルゼバブを前進させてアリシアの乗っていたグリフォンの残骸に歩み寄った。アームを伸ばし、熱でひしゃげた胸部装甲を引き剥がし、内部メカを露出させる。ハンドカメラを使って、コックピット・ユニットを慎重に開いた。
もしかしたらアリシアの死体を見ることになるかもしれないと覚悟していたが、中から出てきたのは、青いパイロットスーツに宇宙対応ヘルメットを被った女。たぶん女だと思う。胸がないので確認できないが。彼女はヨリトモのベルゼバブに対して拳銃を向けていた。
なるほどね。この状況で生き残るには、宇宙服は必須だろう。
「直接通信、繋げます」ヒビの入った画面の中で、ビュートがなにやら操作している。「クロノグラフ使用ですが、スパイウェアが外れていますので、安心して会話してください」
「アリシア、無事か?」
「ヨリトモ、どういうつもり? あんた、頭おかしいんじゃないの?」
「まあ、成り行きだ」ヨリトモは苦笑した。「とにかくここから逃げよう。あとのことは、あとで考える」
「あんたさあ……」手首のクロノグラフを操作しながら、画面の中アリシアは拳銃をスーツのホルスターに差し込むと、ベルゼバブが差し出した掌に飛び乗ってきた。「逃げるって、どこへよ? もう味方なんか、どこにもいないんだからね」
ベルゼバブのアームを胸の前に持ってきて、右コンソールのハッチ開放スイッチを操作する。アリシアが機内に入ったのを確認して、ハッチを閉めた。神経接続でベルゼバブを立ち上らせながら、ヨリトモはシートを下ろして搭乗口へ降りる。狭い搭乗口内で腰を屈めているアリシアと直接顔を合わせた。
「いいの?」バイザーを上げたアリシアは、ヨリトモの「どうぞ」という手振りを受けて、彼の膝の間に足をかけると、猫のような身のこなしでするりとコックピットに上がっていき、シート後方の、トランクスペースに入り込んだ。
ここは人間ひとりが横になれるくらいの空間が確保されており、隅の方には非常用のキットがいくつか固定されている。アリシアは、ヨリトモがシートを上げたときにはすでに、そのキットを開けてサブの宇宙服ヘルメットを引っぱり出している。
「え、さらに宇宙服なんて、どうするの?」ヨリトモは驚いてたずねる。
「この惑星上にはもう、逃げるところなんてないわ。敵の母艦をめざすわよ」
「それはいいけど……」首を傾げるヨリトモに、アリシアはサブのヘルメットを渡してくる。メインのヘルメットは、今のカシオペイアのコックピットへの一撃で砕かれてしまっていた。
「あんた、バカ? 宇宙にでるのに、このカーニヴァル・エンジン、コックピットに穴が開いてるじゃない。宇宙服なしで、どうするのよ」
「ああ、なるほど。おれの分か」
「とっとと、出発」上を指さすアリシア。「第六艦隊」
「いやでも、すでにあそこは敵艦隊なんですけど」
「でも、他にこの機体を修理できる場所はないわよね」
「まあ、たしかに」
ヨリトモはビュートにちいさくうなずくと、ペダルを踏み込んだ。
かなりのダメージを受けているはずだが、ベルゼバブは滑らかに上昇する。
「損傷個所多数ですが、飛行に支障はありません。ちょっと余計な質量が増えてしまっているようですが」ビュートが棘のある口調で報告してくる。
「なによ、あんた」ヨリトモの頭上からアリシアの低い声が降ってくる。「ヘルプウィザードのくせに、ゲストに文句あるの?」
「いいえ、別に!」
きつい口調で言い放ったあと、ビュートは、これまた棘のある口調でヨリトモにたずねてきた。
「ひとつ、質問してもいいですか?」
「ああ、いいよ。なんでも聞いてくれ」
「アリスって、誰です?」
ヨリトモは黙り込んだ。が、自分の顔が真っ赤になっていることは、頬に感じる熱さで分かっていた。
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