4 一目見てバカだと分かるプレイヤー登場
ペナルティーでプラグキャラ削除があるゲームにこんなに人が集まってくるなんて、ここに来ている人たちは一体何考えているんだ? もしかして、有料でもうひとつ、ゲームキャラを作っているのだろうか?
ヨリトモは呆れたように、人でごった返すロビーを見渡した。まあ、もう来てしまったものは仕方ない。
ならば、とヨリトモは拳を握りしめてつぶやく。
「絶対に、戦死しないだけの話だ」
選択肢は、それしかなかった。おれもゲーマーの端くれ。死ぬのが怖くて、新キャラとかは作れない。第一、新キャラでは、次にいつアクセス権を取れるか分からない。
このキャラで死ななければいい。ただそれだけのことだ。
アリシアを待つ間に、ヨリトモはロビーの様子を見て回ろうと思った。
ロビーは広い。ちょっとしたイベント・スペースくらいの広さがある。
赤い絨毯が敷き詰められ、ここは宇宙戦艦内部という設定なのに、置いてあるソファーやデスク、スタンドライトなどの調度は、ゴシック調もしくはインペリアル調で、風格のあるホテルのようだ。フロアはざっと見、三層。上の層とはエレベーターやエスカレーター、ガラスチューブのシューターで繋がれ、大きな吹き抜けが設えられている。
三方の壁は、巨大な分割式の画面。CMやニュースが流れ、攻略情報やプレイヤーのランキングも表示されている。そして、残りの一面は、超巨大なガラス張り。外の景色、すなわち宇宙空間が一望できた。
赤や青、緑の星が、それぞれの大きさでクリアな光を放っている。宇宙という設定のため、まったく瞬いていない。まさに本物の星空。書き割りのドット絵ではない。この辺りは、ずいぶんリアルだ。
ガラス窓の右の方に、四つの巨大な青い恒星が強い光を放っており、それを濃い煙のような星雲が包んで、青白く光を反射している。天の川の乳色が、大河のように分厚く全天に広がって流れていた。
設定として、ここが銀河系の深部だということだ。つまり、おれたちのいる太陽系から最低でも一万光年は離れた宇宙空間。SF考証が細かい。
そして、見ていて飽きない。
窓外に映し出されているのは、美麗な外宇宙の景観だ。星空があまりにも美しすぎる。まさに、ぶちまけられた天然の宝石箱。この天球を描いたクリエーターのセンスは凄い。絶対これ、ハッブル望遠鏡とかの天体写真を参考にして、画像変換しているにちがいない。
これは確かにすごい。プラネタリウムなんかより、ずっとこっちの方が美しかった。それこそ、一日中眺めていてもいいくらいだ。
フロアのあちこちには、休憩スペースや情報端末、あとはシャワーブースみたいな謎の円柱が多数ある。少し奥には、バー・カウンターがあり、バーテンダーとおぼしきアンドロイド、たしか『スター・カーニヴァル』ではテロートマトンという単語を使っていたはずの機械人間が、動き回って客のオーダーを受けている。
ヨリトモは、壁にならぶ色とりどりの酒瓶に興味をそそられて、そちらへ近づいた。
酒瓶はどれも、本当にある銘柄ではないか? 詳しく知らないが、うちの親父が持っているウイスキーの、よく目にするラベルがいくつもあった。
これを混ぜ合わせてカクテルを作ってくれるみたいだ。ただし、ゲーム内通貨が必要。
プラグキャラで酒を飲んでも酔わないはずだが、実は有料の『飲食プラグイン』というものをつければ、ボイド空間内で食事は楽しめる。もちろん実際に腹は膨れないが、おいしい物を食べた感じになれるらしい。
ヨリトモはもちろんそんな馬鹿なプラグインはつけていないが、最近はボイド空間内で食事して、食べずに満腹感を得てダイエットするとかいう『ボイド空間ダイエット』が話題になっているらしい。
と同時に、逆に、かえって腹減ってしまって、さらに食べてしまうという『仮想リバウンド』というのもちらほら耳にする。いったい人間は、何やってんだか。
「あれ? おまえ、ヨリトモ?」
カウンターに腰かけて新聞を読んでいた男が声をかけてきた。
ぎょっとして振り向く。知り合い?
黒い髪を背中まで伸ばし、それを後ろで縛っている。体格はいいが、案外細身。黒いパイロットスーツの胸元を大きく開け、下に着ている網目のシャツを見せている。ニンジャのつもりらしい。頬には刀傷、左目には眼帯。背中に斜めに日本刀を背負っている。
一目見て、バカだと分かるプレイヤー。
ムサシだ。ムサシ・スレイヤーズ。
こいつとは、以前『エアリアル・コンバット』でずいぶんお世話になった。悪い意味で。
ちっ、嫌な奴と会っちまった。
「おい、おまえ、ヨリトモだろ。久しぶりじゃねえか。『エアリアル・コンバット』の方はどうしたよ。おまえのご自慢のF4ファントムがあまりにもポンコツなんで、とうとう見切りをつけてこっちに来たのか?」
いじわるい笑みをうかべて、ヨリトモのことを揶揄してくる。
唇の動きと声が一致していないのは、自動翻訳を介しているからであり、それはムサシが日本人ではないということを意味している。いんちきなサムライ装束といい、布製の鎖帷子といい、あきらかにこの男は日本かぶれの外国人。そもそも宮本武藏は忍者ではない。
そいつが、わざわざJPサーバまで足を運んでゲームしているというわけだ。こいつも、なにやってんだか。
『エアリアル・コンバット』でもJPサーバだったし、ここ第六艦隊も、ヨリトモがなんの選択もせずログインできるということは、JP専用サーバであるはずだ。わざわざ日本にきて、日本人に嫌味言ってるんじゃねえよと、ヨリトモは辟易する。
ムサシは、『エアリアル・コンバット』では、高額課金とおぼしきF22ラプターという高性能機に乗って、自分より性能の劣る機体に乗ったプレイヤーを狩りまくっていた、いわゆる弱い者いじめ専門のパイロットである。
基本、敵の射程の外から、長射程の中距離ミサイルを撃って素早く離脱する戦法をとっており、のちにこの戦法は「フライドチキン」と呼ばれて、みなに嫌がられる卑怯な戦法の代名詞ともなった。そしてその戦法がやりづらくなると、ムサシは早々に『エアリアル・コンバット』から足を洗ってしまったのである。
「ムサシか」ヨリトモは嫌な顔を隠そうともせず、言い返す。「そっちこそ、『スター・カーニヴァル』でもチキンな戦法をとってみんなの鼻つまみ者になっているのか?」
「へん、言うねえ」ムサシは歯を剥いてにやりと笑う。「でもよ、戦場では卑怯なくらいが丁度いいっていうぜ。正々堂々なんて言ってると、ここじゃあ戦死してプラグキャラ削除というオチだぞ」
ヨリトモは聞こえよがしに舌打ちして立ち去ろうとした。
「ヨリトモ、おまたせ」と、そこに現れたのはアリシア・カーライル。タイミングが悪い。もう10分経ったのかよ。
「おや」と目を丸くしてムサシが立ち上がる。「ガールフレンドかい? いい女だねえ。紹介しろよ、ヨリトモ」
「なに、ヨリトモ、この人。お友達?」
「いや、そういうわけじゃないけど」とりあえず二人に対して同時に否定しておく。アリシアはガールフレンドではないし、ムサシも友達ではない。が、出会ってしまった二人を紹介しないわけにはいかない。「えっと、こちらムサシ・スレイヤーズ。『エアリアル・コンバット』で昔よく対戦した人。で、こちらがアリシア・カーライルさん。つい最近『エアリアル・コンバット』で知り合った人」
「ヨリトモ、おめーは」ムサシは深刻そうな顔で腕組みする。「『エアリアル・コンバット』しかやってねえな」
アリシアがくすくすと笑いだした。
「いや、そういうわけじゃない。いまは……」
「で、ヨリトモ、おめー」ムサシがヨリトモの言葉を遮って、彼の胸を指さす。「階級章がブランクなんだけど、まだハンガーで機体登録してないってことか?」
「え?」ヨリトモはムサシが指さした胸のバッチに目を下ろす。横に長い透明な板状のものが、パイロットスーツの右胸に張りつけられている。透明ということが、ブランクということなんだろう。
「とにかく、急いだ方がいいわね」アリシアがため息まじりに説明する。「この『スター・カーニヴァル』は、初ログイン三時間以内にハンガーに行って機体特定しないと、登録抹消されちゃうからね」
「そうなの?」ヨリトモは再びおどろいた。プラグキャラ削除に登録抹消。どれだけ偉そうなんだ、このゲームは。
「まあ、おしゃべりしてないで、とっとと出撃して戦えってことなんだろうな」ムサシが壁の方を指さしてヨリトモたちを促す。「んじゃま、行きますか」
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