第5話 敵宇宙要塞を攻略せよ

1 進攻開始


 モスグリーンの塗装に、ソリッドな装甲。角ばったデザインがいかにもロボットめいている。顎のせり出した厳ついフェイスに、斜めに赤いラインが入っている。


「本小隊を指揮する隊長のワーグナーだ。階級は中尉、機体はスカーフェイス」


 自己紹介しながら着艦してくる。綺麗な機動で、いとも簡単に接艦してきた。さすがは中尉。


 左の映像パネルに、三枚のウインドウが開き、そこに『ケメコ』、『ナスタフ』、『ワーグナー中尉』の顔が映る。ワーグナー中尉はクルーカットの軍人面。パイロットスーツは、ジャングルパターンの迷彩服だ。いかにも、軍事が好きそうなキャラ設定である。


「戦術リンクが確立されました」ビュートが伝えてくる。「この画面は消すこともできますし、左コンソールの通信画面に縮小して納めることもできます」


「いま、左の画面に細かい画面が重なったと思うが、これはわれら四人のあいだに確立された戦術リンクというものだ。これがあれば小隊のメンバー同士で連絡をとりつつ戦うことができる」


「そんなの知ってるよ」ケメコが聞こえよがしにつぶやく。


「そうか、でも、今回は初心者もいるので一応説明したんだ」


 さすがワーグナー中尉、落ち着いて対応する。この小隊長なら安心だ。ケメコの態度に不安になっていたヨリトモは、内心ほっとする。


「今回われわれが担当する要塞は、ガルス太陽系第5惑星軌道外に7つ配置されたサテライト要塞のうちの7番目、第七要塞だ。四番艦はすでにこの第七要塞へむけて進路変更を終え、高速で接近中である。が、各艦各部隊、7つの要塞に同時に攻撃をしかける作戦であるため、タイミングが重要になる。わが小隊は、ただちに発進。要塞までの距離があるため、早めに周辺宙域に到達して待機する予定だ。なにか質問はあるか?」


 特にないようだった。


「では、発進しよう」スカーフェイスが前に出て、背中のスラスター・ギミックを展開する。武骨な噴射装置が装甲カバーの中からせり出してきた。

「ゆっくり行くから、焦らずついてきてくれ」


 反物質スラスターをちかっと閃かせて、スカーフェイスが上昇した。


 続いてケメコのインフィニティーがノズルのいっぱい並んだド派手なギミックを展開して離艦する。つぎはナスタフのドラミトン。ヨリトモは最後にベルゼバブを飛び立たせた。



 攻撃開始時刻にはまだ間があるが、ヨリトモにとっての要塞攻略は、たったいま、スタートした。



 ところが、ワーグナーの指揮するこの小隊、離陸直後に足並みが揃わないことを露呈してしまう。







 まず最初にやらかしたのが、ケメコだった。


 要塞へ向けて、先頭を飛行するスカーフェイスが右へ旋回を始めたとき、二番手で追随するケメコの機体インフィニティーが、ずるっと滑り落ちるように外側へコースを外してきた。


 後方で、ブルーの円錐のマークにて表示されている味方機の動きを見ていたヨリトモは、冷静に内側への回避コースをとった。

 が、ケメコの斜め後方にいたナスタフは対処しきれずニアミスし、インフィニティーの噴射炎に接触してしまいそうになる。


 ナスタフが「ぎやぁぁあ!」と野太い声で悲鳴を上げる。さらにニアミスに反応したインフィニティーの敵味方識別良心回路が、急遽スラスター噴射をキャンセルしたため、ケメコの機体は壮大にスピンし、ケメコも「ぎゃああああーっ!」と悲鳴を上げながら、横の方へくるくる回ってすっ飛んでゆく。


 仕方なく小隊は停止して、ケメコがもどってくるのを待ったのだが、編隊飛行に復帰したケメコが開口一番「ナスタフ、てめえ気を付けろ!」と怒鳴ったため、ナスタフもさすがにブチ切れて「なんでよ、あたしが悪いっての!」と言い返し、口論が始まる。


「おい、二人ともやめないか」とワーグナーが割って入り、その場は落着したが、それ以降4機は無言の飛行を続ける。



「いやー、ひどいパイロットに当たっちゃいましたねー」ビュートがやれやれと肩をすくめて小声でつぶやく。


 ヨリトモは舌打ちしつつ、ケメコの画面をタッチして、秘話回線を開く。


「ケメコさん、もしかしてカーニヴァル・エンジンの機体セッティングに無理があるんじゃない? さっきの軌道の外れ方は、ちょっとおかしかったよ」


 おそるおそる、尋ねてみる。


「うるせえなぁ」案の定ケメコの不機嫌な声が返ってくる。画面の中の彼女は、こっちを見もしない。

「うちのインフィニティーカオリンが高機動型で大型兵器と相性が悪いのは知ってるよ。あたしが操縦が下手なのも、自分でちゃんと分かってる。でもさ、テストプレイのイベントで偶然スペシャル機体のインフィニティーを手に入れて、嬉しくて嬉しくて、カオリンって名前付けて、ポイント稼いで強化して、セッティングいじってカスタマイズして……。やればやるほど上手く操縦できなくなってきてさ。だから、高機動型だけど、むりやりでも火力あげて高火力型にするしかなかったんだ」


「カオリンって名前なんだ、その機体」ヨリトモが言うと、ケメコは再びぶち切れる。


「いいじゃねえかよ、名前つけるくらい。カオリンってのはな、あたしの好きなアイドルの名前なんだよ」


 あれ? このおばさん、アイドル好きなのか? ヨリトモは首を傾げる。いや、それとも、リアル体は男なのかも。アイドル好きな、すごい太った男とか。


 なんにしろ、ちょっとヤバい人にはちがいない。ただし、自分の機体に惚れこんで拘るってのは、悪くない。かくいうヨリトモも『エアリアル・コンバット』で、F4ファントムⅡに執着していたことだし、そこは理解できるし、なおかつ親近感も感じられる。



「ヨリトモさま、そろそろ」ビュートが控えめに声をあげる。


 右のコンソールにある戦略マップをのぞくと、目標の第七要塞にかなり接近している。戦略マップはかなり広域の表示が可能で、現在の味方艦隊から出撃したカーニヴァル・エンジンの配置が大まかな光点によって表されている。現時点での味方の配置の完了度は六割弱。攻撃開始は、16時ジャストと伝達されているので、まだまだ時間に余裕はある。


 ヨリトモたちの小隊はかなり早めに割り振られた持ち場に着けそうだった。


 敵の要塞は、ガルス星系の惑星軌道上に7つ存在しており、これらを第六艦隊のカーニヴァル・エンジン部隊が、7つ同時に攻撃する作戦だ。


 各要塞には大型のマスドライバーが設置されており、それが動きの遅い第六艦隊の母艦を狙っている。これから第六艦隊が敵惑星に接近するのに、そのマスドライバーは極めて厄介。そこでマスドライバーごと要塞を破壊しようと各艦からカーニヴァル・エンジン部隊が出撃しており、、同時攻撃を敢行する予定である。


 惑星軌道のこちら側とあちら側では、距離にして16億キロあるため、電波で通信していると一時間以上かかってしまう。そのため通信および命令伝達は瞬間通信機シンクロルが使用され、戦略マップもシンクロル・レーダーのリンクで情報を表示している。



 ワーグナーの指示で、ナスタフのドラミトンのパワーに合わせて最大加速を開始する。


 ドラミトンのシフトは4までしかなく、その最大加速ならこちらは3でついて行けるかとタカをくくったヨリトモは、あまり考えずにペダルを踏み込み、前を飛ぶドラミトンを危うく抜き去ってしまいそうになる。

 しかたなくシフト2で、スロットル・ペダルを半分くらい踏む、のろのろした加速でドラミトンについていくが、正直初級機体とはこんなにも遅いものかと驚いた。



 やがて前方に要塞が、白い三日月のような姿を現す。小惑星を改造して作ったという設定だったので、てっきりゴツゴツした岩に大砲でもくっついているのかと想像したが、ズームで見た要塞は、小惑星というより巨大衛星の印象に近い。

 地球から見上げた『月』に酷似していた。もっとも、データを見る限り、月ほど大きくはないようだったが。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る