4 ケメコとナスタフ


 要塞攻略当日。

 アリシアはやはり来ていなかった。


 本日は『スター・カーニヴァル』発売以来、初の作戦行動。ベータ版からプレイしているカシオペイアみたいな連中はどうだか知らないが、発売日から素直にプレイしているヨリトモみたいなプレイヤーにとっては、特別な日である。


 であるにもかかわらず、アリシアはボイドに接続していない。


 なにがあったのだろう? まさかとは思うが、前回ヨリトモとプレイしたとき、彼が何か、彼女の気に障ることでもしたり、言ったりしてしまったのだろうか?



 が、一方、リアルでは、霧山アリスにデートに誘われた。『スター・カーニヴァル』の初の作戦も興奮するが、アリスとのデート!などという人生の一大事に比べれば、ささいなイベントである。


 やはりアリシアとアリスは別人なのだろうか? アリシアが怒っているのなら、アリスの態度と矛盾するし、アリスが怒っていないのなら、アリシアが来ない理由がない。やはり二人は別人で、いろいろと共通点があるのは、単なる偶然か。


 まあ、そう考えるのが普通であろうし、そしていまヨリトモにとって、アリスとアリシアが別人でも、それはもう、どうでもいい事象であった。


 なぜなら彼は、明日、アリスとデートするのだから。



 でも、こうも考えられる。


 アリスはヨリトモと近づくために、アリシアとして彼の前に現れた。そして一緒に『スター・カーニヴァル』をプレイし、前回の戦闘で腹を立てたのではなく、ヨリトモのことを認めた。

 ヨリトモ自身のことをあれで好きになってしまい、もうアリシアとして正体を隠して会いに来る必要もなくなったので、アリスとしてデートに誘った。だからもう、アリシア・カーライルというプラグキャラは不必要になったのだ。


 うん、そういう可能性も十分考えられる。



「ヨリトモさま、なにニヤついているんですか?」


 ビュートに指摘され、慌てて顔をシリアスに引き締める。そして表情を読まれないように、ヘルメットのバイザーを下ろした。


 本日は宇宙戦ということで、ふだんはトランクスペースに収納されているヘルメットを被っている。戦闘機のヘルメットとマスクが一体型になったようなデザインで、宇宙服にも転用できる。もっとも、バイザーの透明度は高いので、下ろしてもあまり顔は隠せない。


「あれが合流ポイントか」


「はい。C165。間違いないです」ビュートがガイドラインを映像パネル上に表示してくれる。


 ヨリトモはシフトを落とし、画面に描かれた光のラインに沿ってベルゼバブを旋回させた。



 今回の『要塞攻略戦』では、人形館より小隊規模以上の部隊に所属しての攻略が求められていた。チームを組まないと参加できないのだ。


 ヨリトモは当然、ムサシとアリシアの三人で参加するつもりでいたのだが、アリシアは姿を見せないし、ムサシは早々にレベルの高い他のプレイヤーと組んでしまっていた。


 あぶれたヨリトモは、艦隊の自動配属を選択し、それによってAIが選んだ彼にとって最適のプレイヤーたちと部隊を組み、参戦することになった。隊長を含めた四機の小隊。その集合場所が、四番艦の艦体外殻。つまり艦の外側である。



 ヒパパテプス級の表面装甲は、通常時、力場装甲が作動しておらず、カーニヴァル・エンジンが自由に着艦できる。広大な装甲表面は、ゾーンごとにラインで分割され、ナンバリングが施され、カーニヴァル・エンジン同士の待ち合わせに使用される。



 ヨリトモが指定されたゾーンに近づくと、すでに二機のカーニヴァル・エンジンが艦隊装甲に接脚させて立っていた。

 ゆっくりと姿勢制御し、上下を入れ替える。ゾーンの位置が艦腹側なので、第一印象で二機とも逆立ちしているように感じるが、宇宙に上下はない。ここでの逆立ちは、艦隊展開面という第六艦隊が進軍するのに設定している架空の平面に対しての逆立ちだ。


 ベルゼバブの上下を入れ替えて、頭の中の上下も切り替えると、艦上に立つ二機のカーニヴァル・エンジンは普通に立っているように見える。

 ヨリトモは減速させたベルゼバブを慣性飛行させながら、反重力バーニアで鉛直方向に高度を下げて綺麗に着艦させ、足部のマグネットをアナログスイッチでオンにすると、小走りに待っている二機に近づいた。



「おまたせしました」


 オープンチャンネルのローカルモードで挨拶してみる。


「おせーよ!」いきなり怒鳴られた。チャンネルが開き、画面に太ったおばさんの顔が大写しになる。「こういうのは五分前行動が基本だろうが」


 ええーっ、ヨリトモは心の中で叫ぶ。


 なにやら強烈な人がきた。



 おかっぱの髪に、ぷっくり膨らんだ顔。乾燥して割れた大福もちみたいな、大きな口。黒縁の丸眼鏡をかけ、獅子鼻に皺をよせて、画面の中からこちらを憎々しげに睨んできている。太っているのに、パイロット・スーツはピンク。すなわち最強の膨張色。


「まあ、いいじゃねえかよ」画面が二分割され、片側に、今度はひげ面の親父が顔を出す。


 今度はおっさん? ヨリトモは首をかしげる。このゲーム空間は、普通のプレイヤーはいないのか?

 これ、二人とも、リアルにおっさんおばさんなんだろうか? もしキャラを作っているにしても、この太ったおばさんと髭面のおっさんというのは、どうにもセンスが分からない。



「よろしく、頼むぜ、若いの」ひげ面が自己紹介する。

「おれはナスタフ、この空間じゃあまだまだ初心者だから、いろいろ教えてくれ。あんた、ベテランみたいだしな」


「いやいや、おれも初心者ですよ」慌てて否定するヨリトモ。

「おれはヨリトモ。一応初日からプレイしてますけど、それほど大したことはないです」


「初日から参戦?」ナスタフと名乗ったひげ面親父が目を丸くする。

「だのに、あんたもう軍曹か? まだ一度も、大きな作戦がなかったのに? おまけに、見たこともないカーニヴァル・エンジンに乗ってるじゃないか。一目見ただけで、並の機体じゃないと分かるぞ」


「戦技訓練とか、チュートリアル・クリアとか、何度も回してちまちま稼げば、軍曹なんてすぐさ」

 吐き捨てるように太ったおばさんが介入してくる。

「あたしは、ケメコ。こう見えて、ベータ版からプレイしている。おまえ、知らないかもしれんが、あたしの機体はスペシャル・レアのインフィニティ―だ。高機動戦闘型の機体だから、戦闘が始まったら頑張ってついて来ないと、おいてくからな」


「あ、はい。気をつけます。えーと、おれはヨリトモです。機体はベルゼバブ、これも結構レアです」


 横の画面でビュートが、口パクでなにか言っている。なんだ?と思ったら、画面の下に字幕が出てきた。


『ユニーク機体だって言ってやりましょうよ。そっちこそ、遅れるなよ、デブって』



「まあまあ」ヨリトモはマイクを切って、しずかに声をかける。

「ああ見えて、凄腕のプレイヤーかもしれないぞ。いろいろと参考にさせてもらおうと思っているから、いまは黙ってついて行こう」


 ケメコの乗る機体インフィニティ―は、赤い塗装のスリムなボディーで、ナイフのような小翼カナードや、鋭いエッジの立った装甲が、いかにも高機動型といった形だ。蜂のようにくびれたウエスト、両肩から突き出す細い翼。


 これはこれで、かなりカッコいい。


 ただし、なぜか腕には大型のレーザーバルカン、肩には三連装バスーカと九連ミサイルポッド。両脚に追加兵装の迎撃ミサイル・ランチャー。あきらかにバランスがおかしい。スズメバチのようにスリムなボディーに、上半身の過剰武装。どうみても重心が高すぎる。



 一方、ヒゲ親父ナスタフの機体は、なんかアポロ計画に使われた宇宙服のロボット版みたいな、ダッサい青の機体。手には、子供のおもちゃみたいな『宇宙ピストル』的な銃を持っている。


「ナスタフさんの機体、それは?」ヨリトモがたずねると、ケメコが反対側から怒鳴りつけてくる。


「おめーは、ドラミトンを知らねえのかよ。初期機体のドラミトンだ。出現率六十パーセントだから、始めた奴の六割がお世話になる、遅い、重い、カッコ悪いの三重苦機体、ドラミトンだ。ヨリトモとか言ったな、おまえドラミトンを知らずに『スター・カーニヴァル』に来るとはいい度胸だ。かく言うあたしも、最初はお世話になったくちだがな」


「あ、これがドラミトンなんだ」

 ヨリトモは妙な感動を覚えた。

 そうか、本来なら、こんなカッコ悪い機体からスタートするのか。これが最初なら、きっと新しい機体を手に入れたときの感動はひとしおだろうなぁ。


 甲板上を見回してみると、すこし距離を置いてあちこちで待ち合わせしている小隊があり、たしかにこの、潜水服を青く塗ったみたいなダッサい機体の比率は大きい。各小隊に最低一機、下手すれば小隊まるまるドラミトンという場合もあるようだ。



「おまたせした、諸君」

 声が上から響き、一機のカーニヴァル・エンジンが降下してくる。


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