3 地球にもそれはある
ベルゼバブのコックピットでヨリトモは必死に呼びかけた。通信モードをコマンダー通信に切り替え、現在作戦遂行中の全カーニヴァル・エンジンに届くようにして、言葉を投げかける。
「惑星カトゥーン攻略に参加している全プレイヤーに告げる。これから話すことは、とてもとても、重要なことです。みなさん、どうかおれがこれから言うことを、嘘や冗談ではなく、本当の、真実の話であると信じて聞いてください。いまおれたちがプレイしていると思っているこの『スター・カーニヴァル』というゲームは、……これは、ゲームではありません。ゲームではないんです。信じられないかも知れませんが、いまおれたちが行っている行為は、地球から何万光年も離れた、実際に存在する惑星上で行われている侵略戦争なのです。嘘ではありません。お疑いでしたら、どうか、どうか一度試してみて下さい。コックピットを出て――」
「クロノグラフを外した状態で周囲の景色を……」
それまで通信画面から流れていたヨリトモ自身の声が生み出すエコーが消え、突然彼のことばが、空しくベルゼバブのコックピット内だけで響いた。
通信画面の下のモード・セレクターがパチンと音を立てて、コマンダー通信からOFFに勝手に切り替わった。
ヨリトモは「え?」と思って、ビュートを振り返る。
彼女は画面の中で、両手で顔を覆ってすすり泣いていた。
「……ごめんなさい、ヨリトモさま……」やっとそれだけいう。「……もう、勘弁、してください」
「ビュート……」
「無理です、これ以上、は……」
ビュートが手で覆った顔、左半面の銀仮面の下から、一筋の血が流れている。その雫があごの先で滴った。
ヨリトモは指を伸ばし、通信モードのONを選択しようとするが、スイッチを押しても電源は入らない。
がちゃがちゃいじっていると、ピーという警告音がなって、通信画面にカシオペイアの顔が映った。赤い文字で「秘話」と表示されている。他の者に盗聴されることのない暗号回線による直接通信だ。
画面の中で、苦虫を嚙みつぶしたような顔の白髪の将軍が口を開く。
「いいかげんにしろ、ヨリトモ。おまえ、なにを考えているんだ」
「聞いてくれ、カシオペイア」ヨリトモはすがるように必死に訴えた。「いまおれたちがやっているこれは、ゲームじゃないんだ。本当の戦争なんだよ。嘘だと思ったら、コックピットから出て、クロノグラフを外してみてくれ。ここがゲーム空間なんかじゃなくて、遠い惑星の、本当の戦場であるとわかるはずなんだ。おれたちは、ゲームだと騙されて、実際の戦争行為をさせられているんだ」
「分かっているよ、そんなことは」カシオペイアはうんざりと肯定した。
「え?」
虚を突かれた。まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかった。
「だから、分かっていると言っているだろう」イライラとカシオペイアが舌打ちする。「あまりおれを舐めてくれるな。これがゲームでないことなんか、百も承知だ。実際の戦争行為、いまこうして、おれたち地球のプレイヤーが、遠い宇宙の果てで何の罪もない人間たちを大量殺戮していることは、おれもちゃんと理解している」
「じゃあ、どうして……」
「おまえは、見たのか、ヨリトモ? この惑星の本当の姿を。死体で埋め尽くされた、ここの世界の惨憺たる有様を?」
ヨリトモはがくがくとうなずくことしか出来なかった。カシオペイア、こいつ、一体なにを言ってやがるんだ。おまえ、頭がおかしいんじゃないのか。
「だったら、わかるだろう」
「なにがだ?」かすれた声しか出なかった。
「もしおれたちが、無能であると人形館から評価されたら、今度はおれたちがああなる番だってことがだ」
「いや、ちょっとまて」反論しかけて、二の句が継げなかった。
今度はおれたちが、ああなる?
「わかるだろう、ヨリトモ。頭のいいお前のことだ。理解できるはずだ」
「カシオペイア、おまえ……」
「おれは開発段階から、このゲームに携わっている」画面の中のカシオペイアが諭すような口調で語りだした。「だから、これがただのゲームではなく、高度に発達した知的生命体が生み出したハイパーテクノロジーによる、武装された遠隔操作兵器のコントロール・システムだということには、かなり早い段階で気付いていた。カーニヴァル・エンジンという代物が遠くの宇宙に実在し、そのコックピットに収まっているのは、ボイド空間で使用されるプラグイン・キャラクターなんぞではなく、優秀な通信機で接続されたアンドロイド、ここの言葉でテロートマトンと言ってもいいが、とにかく高性能な操縦用の人型マリオネットであることも気づいていた。だから、パイロットがゲーム上で戦死すれば、プラグキャラ削除というペナルティーが発生する。それなくして、遊び半分で、高価なカーニヴァル・エンジンや、精巧なマリオネットを壊されたら、たまらないからな」
「カシオペイア、おまえもクロノグラフを外して、外の景色を見たのか?」
「もちろん、見たさ。ここもだが、この前の宇宙要塞もひどいものだった。千切れた人間の身体が、スペース・デブリとなって無数に漂っていたよ。ただし、それらは、カーニヴァル・エンジンのカメラアイにも、コックピットの映像パネルにも映らない。そういう都合の悪い物は、映らない仕組みになっている。カーニヴァル・エンジンの左胸に仕込まれた良心回路がすべて検閲および改竄してしまうからだ。なあ、分かるだろう、ヨリトモ。おれには、おれたちには、実は地球の運命が掛かっている。おれたちがこのゲームの優秀なプレイヤーであると証明し続けることができれば、おれたちの地球は安泰なんだ。逆におれたちが無能なパイロットだと判定されれば、ここのやつらのようにたった一日で地球なんか壊滅させられてしまうぞ。だから、おまえも頑張って戦え。人形館の尖兵として。そしていい成績を残すんだ。おまえにはそのベルゼバブがある。いい成績を残すことが、地球を救うことになるんだ」
「だが、しかし……」
「ヨリトモ、お前がコックピットでスロットル・ペダルを踏んでから、カーニヴァル・エンジンが上昇を開始するまで、どれほどのタイムラグがある?」
「え?」ヨリトモは一瞬、何の話だろう?と思った。
が、次の瞬間、もの凄く大変なことに気づいた。
もし本当にここが何万光年も離れた場所なら、自宅の寝台に横になっている頼朝が、プラグキャラのヨリトモに命じて、コックピットのペダルを踏んでから、カーニヴァル・エンジンが上昇を開始するまでに、普通なら何万年もかかるはずなのだ。
ところが、実際にはそういったタイムラグを一切感じさせず、カーニヴァル・エンジンは瞬間的にレスポンスしている。これはどういうことか?
「あるのか……」ヨリトモはつぶやく。
あるんだ。地球に。瞬間通信機シンクロルが。何万光年も離れた場所へ、まったくのタイムラグ無しで通信できる、超次元通信機シンクロルが地球に少なくとも一基、ことによると何基もあることになる。それはこの地球に、すでに人形館の手が伸びていることを意味していた。
「わかったろう、ヨリトモ」カシオペイアはことさら静かに語りかける。「選択の余地はないんだ。おれたちはここで、人形館のために働かなくちゃならない。そうしないと、地球は滅亡する。おれは戦うぞ、地球のために。地球のみんなを守るために」
ヨリトモはだまってうつむく。
「分かってくれたな」一度だけ念を押すと、カシオペイアが部下たちに命令を下したようだった。
ムサシがニンジャのアームを上げて合図し、クレーター内で待機していた数機のカーニヴァル・エンジンが進み出る。
うち二機が前へ出て、アリシアのグリフォンを高層ビルの根本へ引き立ててゆく。
アームを二本とも切断されたグリフォンに抗う術はなく、アリシアは素直に従った。
これから銃殺刑に処される死刑囚のように、壁際に立たされたグリフォンは、足を開いてしっかりと直立する。
銃を構えた何機かが、グリフォンの前に、横一列に並び、思い思いのデザインの銃を向ける。
なぜだろう? ヨリトモは首を傾げた。なぜ、アリシアが死刑に処されなければならないのだろう?
彼女がなにをしたのか? なんの権利があって、おれたちは彼女の命を奪うのか?
ニンジャがアームを一振りし、それを合図にカーニヴァル・エンジン部隊の銃口が火を吹いた。
激しい光と灼熱の炎の奔流が、グリフォンの緑色の機体へと襲い掛かる。
プラズマが爆ぜ、大気が焙られ、陽炎が揺らめく。限界を超えた熱が大気を煽り、突風が巻き起こり、上昇気流が生まれた。
フルオートで連射されるプラズマ弾が、グリフォンのライトニング・アーマーを砕き、その下の金属装甲を引き裂く。内部構造が露出し、部材が蒸発し、煙となって流れる。
ベルゼバブの映像パネルにぱちんという火花が走り、ちょっとだけ画質が変化する。
グリフォンの装甲が剥がされ、内部に収まっていた惑星ブラックビーストの巨人獣の肉体が覗けた。正確には、肉体を原子置換されて、骨は機械化骨格へ、筋肉はデミマッスルへ入れ替えられているのであろうから、それは機械化率九割を超える巨獣のサイボーグであり、肉体部分はほとんどないはずの、生物の残滓なのだが、それでも一瞬、燃え上る巨人獣の姿が見えたような気がした。
はっとして振り返ると、画面の中のビュートが激しい痛みに耐えている表情でこちらを睨み、嚙み締めた唇から一筋の鮮血を垂らしながら、小さくうなずく。
最後の最後、検閲改竄なしで、グリフォンの、そしてアリシアの、真実の姿をビュートが見せてくれているようだった。
グリフォンの鋼鉄の機体は、バーナーに焙られた蝋人形のように溶け落ちて、やがて中核にあるコア・キューブが、表面を覆う反重力ユニットとともに姿を現し、そしてあの中にはアリシアが……。
そう思った瞬間、ヨリトモはベルゼバブを飛び出させていた。
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