2 ダブルソードのムサシ


 かつてアリシア・カーライルと名乗っていた少女は、グリフォンのコックピットで歯ぎしりしていた。


 すでに惑星のほぼすべてが制圧され、全人類が根絶やしにされようとしている。これは彼女ひとりがどれほどグリフォンで暴れても覆らない一方的なゲームだった。が、しかし、座して滅亡を待つわけにはいかない。一機でも多くのカーニヴァル・エンジンを撃墜し、良心回路を破壊して敵味方識別を混乱させ、敵の陣形を乱す。まあ、陣形が乱れたところで、敵としては痛くも痒くもないのだが。


 自分たち惑星カトゥーンの人間も、かつては人形館にたばかられて、この戦争ゲームに加担していた。お遊びだと思わされて、遥か何百光年の向こうで、なんの恨みもない星間同盟の星々を蹂躙してきた。そのツケがいま回ってきたと思えば、この滅亡を自業自得ととらえることもできるだろう。騙す方が悪い、騙される方が悪いと論じ合ったところで、彼女自身もゲームと信じて何百、何千という人の命を奪ってきていたのだから。


 だが、しかし。これはあまりにも酷い。


 役に立たなくなったから、もっと都合のいい手駒が見つかったから。そんな理由であたしたちは捨てられ、削除されようとしている。あたしたちは、果たして滅亡させられるほどのことをしたのだろうか? とくに、人形館にとって。


「ノート、疑似の敵味方識別信号を発信して」

「了解、アリシア」

 黒髪に、黒い肌の女性が画面の中で答える。


 アリシアって名前はもういいよ、とも思ったが、否定せずにおく。本名は大嫌いだ。まだアリシアの方がいい。



 彼女は低くグリフォンをジャンプさせながら、ヘルプウィザードのノートの解析に従って、高層ビル群の向こうに逃げた敵を追跡する。


 逃げ足の速い機体だ。表示では、強行偵察型のサターン。あれはこういった入り組んだ場所での運動性は抜群。乗っていたことがあるからよく分かる。


 しかしカーニヴァル・エンジンとは、ほんとうによく出来た侵攻兵器だ。


 人型のため、無限に近い汎用性をもち、宇宙空間も地上も同一の機体で攻略できる。しかも手に持つ武器を切り替えれば、その戦略は自由自在。しかも敵地で活動するだけで、反物質スラスターからのガンマ線照射で、付近の生命をすべて焼き払う。おまけに、苦労して撃墜すれば、今度は反物質漏れを起こして、強力な核爆弾に早変わり。


 そんな兵器を完全に遠隔操作で戦場に投入させる人形館とは、ほんとうに頭がいい。

 それを彼女は、いまさらになって嫌というほど思い知らされた。



 敵のサターンの反応がビル群の向こう側に出た。

 あそこは中層の建築物が整然と並び、市街戦にはもってこいの場所だ。


 彼女──アリシアということにしよう──は、グリフォンのスラスターを全開にし、距離を詰めた。


 高層ビル群の向こう側に回ったアリシアは、しかし息を呑む。


 地形が変わってしまっている。


 ここは旧庁舎や旧大使館といった歴史的建造物が立ち並ぶ地区だったはず。そこを戦場にするのは忍びないとは思っていたアリシアだったが、いざ到達してみると、すでに歴史的建造物が立ち並ぶ一角は、周囲のオフィス街とともに綺麗さっぱり一掃され、巨大なクレーターがあるのみだった。


 そしていま、その直径数キロにおよぶクレーターの中には、関節ロックをかけて電源を切られたカーニヴァル・エンジンたちが無数に立ち尽くしていた。その数、戦術レーダーのカウントによれば300機以上。ちょっと一人で相手するには、多い敵数だ。


 やられた。罠か。


 電源を切って待機していたカーニヴァル・エンジンが、おそらく指揮官からのクロノグラフ通信によってだろう。一斉に起動しはじめた。赤、青、緑のカメラアイが灯り、スポイラーや肩先の安全灯が光る。


 コックピットの戦術マップに敵をしめす赤いマークが表示され始め、それらがあまりにも多く、かつ密集しているため、マップ画面の中央が赤く潰れてしまった。

 被ロックオン警報が鳴り響き、コックピット内が騒がしくなる。うるさいので警報を切った。


 300対1では、勝ち目はなさそうだ。

 どうやらここがあたしの死に場所らしい。


 だが、地球、たしか地球だったか、惑星地球の地球人どもよ。調子にのるなよ。


 いまお前たちは人形館にとって有用なプレイヤーだ。しかし、その座を他のだれかに奪われたとき、お前らの惑星の空は、お前らがゲームで使っていたこのカーニヴァル・エンジンの無数の機影によって埋め尽くされることだろう。


 そして思い知るがいい。この人型兵器の凶暴さを。

 走るだけで街を崩し、飛ぶだけで大気を汚染するその破壊力を。

 そしてそれらが、綺麗に統率され、一致協力して攻めてくるときの恐ろしさを。


 アリシアは手にした魔剣グレイプニルを一振りして蛇腹モードに展開すると、刃の連なる鞭を地に垂らした。勝ち目はないが、むざむざやられる気もない。一機でも多く倒し、一人でも多くのプラグキャラを破壊してやる。そんなことしても、明日には綺麗さっぱり復旧して蘇ってくることは百も承知だ。もうどんなに抵抗しても戦局が覆らないことも理解している。


 しかし、これはあたしの矜持だ。戦士としての生き様だ。



「アリシア・カーライルか?」

 通信画面に映像が来た。


 長い髪を後ろで結わえた男が映っている。左目に刀の鍔の眼帯。ヨリトモの友達の、ムサシとかいう男だ。が、ちょっと曖昧なので、確認してみる。


「ムサシでよかったか?」


「覚えててくれたかい、光栄だね。ん? そんな顔だったか?」


「申し訳ないね」アリシアは肩をすくめる。「すっぴんはこんなもんなんだ」


「カシオペイアから伝言だ。投降するなら、それ相応の対応をするとのことだが」


「投降はしない。ここで討ち死にする」


「んじゃまあ、そういうことなら、おれがお相手するよ」


 ずらり並んだカーニヴァル・エンジン部隊の中から、一機出てきた。

 黒いニンジャ。手に持っていたアサルトライフルを背中のラックにもどすと、同じラックから別の武器、ビーム・ソードを抜き放った。


 超高励起プラズマ力場域で構成される鋼鉄より頑強な刃は、突くのも切るのも得意だ。おまけに敵の実剣系武器を受け止めることもできる。相手の武器が脆弱な材質だったら、そのまま熱で溶かすことも出来た。かなり高性能の武器だ。だが、エネルギー消費が激しく、長時間の使用は困難という欠点もある。


 一騎打ちということか。面白い。相手にとって不足なし。


 アリシアはグリフォンを一歩踏み込ませると、手にした蛇腹ソード・グレイプニルを振るった。刃の連なった鞭が走り、ムサシのビーム・ソードの光線刃を絡めとる。ムサシは一瞬ビーム・ソードの熱パワーでグレイプニルを焼き切ろうと考えたようだが、いかなビーム・ソードといえどグレイプニルは切れない。逆にアリシアのグリフォンがパワーにものを言わせて蛇腹ソードを強く引くと、ムサシのニンジャはたたらを踏んでバランスを崩す。ビーム・ソードを握った右の手がゆるんだ。

 

 チャンス!


 右手のゆるみに付け込んで、一気にグレイプニルを引き戻す。ムサシのビーム・ソードが巻き取られ、ニンジャの手から奪い去られる。ぶーんと唸って数千度のプラズマの刃が飛んでくるのを、正確にグリップを選んでキャッチし、さて相手は?と視線を向けると、黒いムサシの機体はアリシアの眼前に迫っていた。


 しまっ……!


 ニンジャが左アームで抜き放ったもう一本のビーム・ソードが、アリシアの機体、グリフォンの右腕を鮮やかに切り落としていた。


 腕ごとグレイプニルが地面に落ちる。すかさずもう一方のアームで掴んでいた、いまムサシから奪ったビーム・ソードで斬りかけるが、返す刀のムサシの斬り上げの方が速い。右腕につづいて、グリフォンの左腕も切り落とされてしまった。



 アリシアは舌打ちした。

 負けるときは、こんなもんか。もう少し暴れたかったが、我ながら案外あっさりやられたもんだ。


 アリシアはため息をつくと、グリフォンの切り落とされた両腕を広げた。降参ということだ。


「やれよ、ムサシ。おまえの勝ちだ」


 闇のような漆黒の機体、ニンジャが肩をすくめる。やれやれと言いたいらしい。


「ま、そういうことなら、遠慮なくトドメを刺させてもらう。カーニヴァル・エンジン撃墜のポイントは高いし、プレイヤーキラーの討伐ポイントはもっと高い。ここはひとつ、お前さんを退治して、昇進させてもらうとしますか」


 ニンジャは両手でビーム・ソードを振り上げると、一瞬溜めて、一気に切り下した。


 大気が割れるような衝撃波が走り、一瞬グリフォンの映像パネルが歪んだ。

 ムサシのニンジャが切り下したビーム・ソードが弾かれ、グリフォンの眼前に、鋼の刀身がのびている。波打つ刃紋が走った美しい刀身。鍛え抜かれた地金ときりりと走る鎬、磨き抜かれた刃。カーニヴァル・エンジンの身の丈ほどもあろうかという大太刀、カスール・ザ・ザウルスだ。


 一瞬の間に、グリフォンとニンジャの間に割って入ったベルゼバブのガンメタリックのボディーが、青い陽炎を残滓のように放っていた。


 滅点ダッシュか。アリシアは目を見開いた。噂でそういうものがあると聞いたことがあるが、実際に確認するのはこれが初めて。機体の時間の流れを加速して、異様な高速移動を可能にするという一種の加速装置タイムマシン。ベルゼバブはそんなものまで装備しているのか?


「ヨリトモ、てめえ、なんで邪魔しやがる」ムサシがオープンチャンネルで吐き捨てるように言う。「友達のアリシアを庇いたいって気持ちはわかるが、この女は悪質なプレイヤーキラーなんだぞ。そしておれは、そのプレイヤーキラーの討伐をカシオペイア将軍直々に命じられ、この件に関しては全権を委託されているんだ」


「待ってくれ、ムサシ。そうじゃないんだ」同じくオープンチャンネルで答えたヨリトモの口調は真剣だった。「少しだけ、おれの話を聞いてくれ。これはとても重要なことなんだ。信じられないかもしれないけれど、いまおれらがやっているこれは、ゲームなんかじゃないんだ。本当の、本物の戦争なんだ。そして、アリシアは、おれたち地球から何万光年も離れたこの惑星の人間なんだ」


 コックピットで黙って聞いていたアリシアは、ため息をついた。


「ヨリトモ……」アリシアは呆れてつぶやいた。「おまえは、バカか。そんな話、いきなりしても、誰も信じないっての」


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