2 敵襲
「ベルゼバブ? 聞いたことないぞ、おい」ムサシが反対側からのぞきこんで、眉をしかめる。そしてさらに乗り出し、左目の眼帯をずらして両目で画面を睨む。「デーモン・シリーズってなんだ? こんな機体が出たりするのか? しかも初期機体で」ページをステータス画面に切り替える。「パワーA、モビリティーA、アーマーAって、Aばっかだ。なんじゃこのステータスは。スタビリティーD、アキュラシーDって、極端だな。そしてなんだこの、スピードSにアクセルSSってのは。Sなんてステータスがあるのか? 初耳だぞ。なんだこの機体は」
ムサシの声が興奮に震えている。
「これ、カテゴリーは? スペシャル機体になるの? それともレア機体?」アリシアがヨリトモを押しのけるように画面をのぞきこみ、そして息をのむ。「こんなステータスあり得ないわ。なにこのレア度ゼロって。レア度は出現確率の分母だから、100なら百分の一、1000なら千分の一なんだけど、ゼロじゃあ分母0で発散して出現しないってことになるじゃない」
「いや、おれに言われても」
「しかも、スタビリティーDでアクセルSSなんて機体、それ、操縦できるのか? しかも初心者に」ムサシの指が画面の上を走る。「……えっと、カテゴリーはどこでみるんだっけ? 次のページか?」
「いえ、最初のページの一番下に……」アリシアが指を伸ばす。「カテゴリーは……、ユニーク!」大きな声をあげた。そして囁くように、小声でつぶやく。「ユニーク機体……。これがあの、ユニーク機体なの?」
「なんだ、それ?」ムサシがヨリトモごしにアリシアを睨む。「ユニーク機体なんてもの、聞いたことないぞ」
「ユニーク機体っていうのは」アリシアは口ごもる。うまく説明できないらしい。「ユニークって言葉の意味は、たった一つのって意味で、えっと、つまり、この機体は、これ1機しか存在しない物、ということよ」
やはりアリシアの唇と声は一致していない。彼女も外国人なのか? が、ヨリトモはあることを思い出す。アリスは帰国子女なのだ。国語は苦手。幼稚園の頃から、イギリスにいた。もしかすると、会話は英語が主なのかもしれない。お父さんは日本語がうまく喋れないらしいから、家では英語だという話を噂に聞いたことがあった。
「たった一機しか存在しない機体!」ムサシが叫んだ。「そんなものがあるのか。ユニーク機体。すげー、そんなんが出現する場面に出くわすとは、こりゃすげーや」
「そうね」アリシアも興奮気味にうなずく。「さすがに、あたしも、ユニーク機体の実物に出会うのは初めてだわ。本当に存在していたなんて……」
ヨリトモは、あれ?ちょっと変だな、と思った。
アリシアは本日初めて『スター・カーニヴァル』に接続したのではないのか? 先日の『エアリアル・コンバット』での会話では、そんなことを言っていた。ヨリトモはてっきり彼女はベータテストには参加していないと思い込んでいたのだが、勘違いだったろうか。
「ヨリトモっ!」ムサシが、がっしとばかりにヨリトモの肩をつかんでくる。「おまえ、今日ここで、人生の運、全部使い切ったぞ、きっと」
「まあ、もっとも」アリシアが苦笑する。「ユニーク機体だからといって、特別高性能かどうかは未確認なんだけど。このベルゼバブって機体は、かなり扱いにくそうだし。ねえ、ヨリトモ。このユニーク機体、ハンガーの上に出してみない? 実物を見てみたいんだけど」
「ああ、いいよ」ヨリトモは快諾した。「出してみて、さっそく乗ってみたいし」
「いやきっと、これ、いきなり乗るのは無理だぞ」ムサシが笑う。「自転車に乗れない奴が、F1に乗るようなもんだ。あ、そのボタンね。それを押すんだ。おまえじゃないと、押せないぞ」
「乗れなかったとしても、他に無いじゃないか」ヨリトモは口を尖らせつつ、画面の決定ボタンに指を伸ばした。が、指先が触れるか触れないかのうちに、画面が赤く反転し、激しく明滅を開始する。
「ん? なに?」
横から赤い文字がでっかく「緊急事態発生、緊急事態発生」と流れてきて、ボタンが消える。ヨリトモはびっくりして指を引っ込めた。
「なんか、やっちまったか?」
「いや、敵襲だな」
ムサシが冷静に答える。
「ヨリトモ、ユニーク機体のお披露目は、お預けにした方が良さそうだぞ。ろくに操縦できない機体で実戦に参加して、撃墜されたら目も当てられない。戦死したらプラグキャラ削除だが、機体大破で補修不能となれば、このユニーク機体は削除されちまう。はっきり言って、この機体を失うのは、プラグキャラ削除なんかの比じゃねえからな。これはこの世に一機しかない機体なんだからな」
「ああ、まあ、それは」
たしかに、それはつらい。何といっても、ヨリトモはこのベルゼバブを、選択画像を見ただけで気に入ってしまったからだ。
失いたくない。
もっとも、乗ってみたら、操縦が難しくて嫌になってしまうかもしれないが、『エアリアル・コンバット』でずっとファントムだけ乗り続けてきた自分にそれはない、という自負もある。どんな難しい機体でも、乗りこなしてみせる。自分はそういうパイロットだと信じていた。
「んじゃあまあ、おれは出撃するから」ムサシは手首のクロノグラフを確認すると、階段手前に取り付けられた手すりをつかむ。さっきは全く気付かなかったが、こんなところにもシューターの入り口があったようだ。「アリシアさん、あんたの機体はどこにパーキングしてあるんだ?」
問われたアリシアもクロノグラフを確認する。
「ここって、66番デッキよね」周囲を軽く見回して、クロノグラフの文字盤を開き、マップを操作した。「違うデッキに駐機してあるから、トランスポーターを使って、ここの一番奥のパーキング・スペースに移動させるわ。それでもここから700メートルは離れた場所への移動だから、シューターを使う」
「よし、じゃあまた会おう」言いつつクロノグラフを操作するムサシ。どうやらアリシアにフレンド申請を送ったらしい。アリシアは不機嫌な顔で睨みつけたが、ムサシは動じることなくにやりと笑ってシューターに飛び込んで行った。
「じゃ、あたしも出撃するわ」アリシアはヨリトモの肩をぽんと叩く。「ユニーク機体は、こんど見せてね」
「あ、ああ」やっと二人っきりになれたので、ヨリトモは素早く彼女に話しかける。「今日は、ごめん。学校で」
「なにが?」笑顔で問い返された。
「怒ってない?」
「別に怒ってないけど、なんの話?」アリシアは心底分からないという表情で首を傾げる。やはりアリスではない……、のか?
「じゃあ、行くわ。あたしにも今度、ユニーク機体を見せてちょうだい。約束よ」言いつつ走り出し、手を振りながら片手でバーをつかんでシューターに飛び込んでゆく。
ヨリトモは唇を噛んで、閉じてしまったシューターの扉を見つめた。
が、とりあえず今はこのゲーム空間から一時退避した方が良さそうだ。セーブボタンとかは特にないようなので、ログアウトすれば、オートセーブされるんだろう。急いで画面を終了して立ち上がる。クロノグラフを開いて、ボタンを操作する。
初めてのゲーム空間はとまどうことが多い。ログアウトボタンは、いったいどこにあるんだ? しまった、それくらい聞いておけば良かったか。ヘルプ画面から探すしかないか?
そう思って指を伸ばした瞬間、ヨリトモの身体は、見えない巨大なトレーラーに轢かれたみたいに跳ね飛ばされ、階段の手すりを超えて空中に放り出されていた。
あっと思ったときには、地上二階と同等の高さに放り出されていた。
やばい。ヨリトモは思った。この高さから落ちて、この身体は無事なのか?
まさか、ここでプラグキャラ削除となるのか? ここまでのゲームデータはどうなる? ユニーク機体は、失われてしまうのか?
弧を描いて吹き飛ばされた身体が、放物線を描いて地上へ向けて落下していった。
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