第2話 その機体、ベルゼバブ

1 これがカーニヴァル・エンジン


 ゲームの説明は、ムサシが簡単にしてくれた。あれ、もしかして彼、案外いいやつなのかもしれないとヨリトモは内心この変な外人を見直す。


 彼によると、われわれは『人形館帝国 ラシーヌ解放軍 第六艦隊 六番艦』所属の兵士という身分らしい。で、ここはその六番艦、巨大な宇宙母艦であるヒパパテプス級の内部であるとのこと。艦内は、人口重力が効いているが、外に出ると無重力であるそうだ。いや、そこは説明されなくても知っている。


 母艦の全長は8000メートル。中央に巨大な空洞があり、それが射出用の巨大カタパルト。その周囲に合計20の飛行甲板群ピラーがあり、ひとつのピラーは6つの飛行甲板デッキで構成されている。各デッキには200基の格納庫ハンガーがあり、ハンガーは一人のプレイヤーに一つずつ与えられ、そこに複数の機体を保持できる。



「全長8000メートルもあるのか?」ヨリトモはおどろいた。「そりゃ旅客機が飛ぶときの高度にちかいぞ」


「まあ、宇宙母艦だからな」よくわからない理由を挙げるムサシ。「にしても、全部飛行機にこじつけるな。他の話題はないのか? ここは宇宙だぞ」



 とにかくハンガーに行くことになった。


 通常機体に乗り込むときは、緊急発進用のシューターといって、ロビーの壁や柱にある穴から中に飛び込むと、そのままウォーター・スライダーみたいに透明パイプの中を圧搾空気とともに滑り落ちて、一気にコックピットまで運んでくれて、ダイレクトに搭乗できるらしいのだが、今回は三人そろっての移動でもあるし、またシューターはハンガーにて初期機体が確定していないと使用不可である。よって、艦内見学をかねて、リフトを使用することになった。



 リフトとは、すなわちエレベーターのことなのだが、ここの艦内エレベーターは、上下ばかりでなく左右にも動くらしい。


 ロビーを上下に貫く透明パイプのボタンを押して、ゴンドラを呼び、やってきたガラス張りの箱に、三人でのりこむ。タッチパネルの操作はムサシがしてくれた。


 最初はエレベーターのようにすうっと下降していた透明ゴンドラは、数十メートル降りると、巨大なデッキの天井に到達した。


 デッキは、幅が50メートルくらいだが、長さは1000メートルもある細長いもので、天井の高さは目測で30メートルほどか。中央を通路ランプが走り、その左右に巨大な台座、すなわちハンガーが規則正しく並んでいる。そしていま、その規則正しく並んだ台座の上には、巨大な人型の、鋼鉄の巨神がずらりと並んでいた。



「これが、カーニヴァル・エンジンか……」ヨリトモは大きく嘆息する。「すごい」


 いま、ヨリトモたちを乗せた透明ゴンドラは、デッキの天井をロープウェーのようにゆっくりと奥へ奥へと進んでいる。


 床に並ぶ金属の架台の上には、色とりどりにカラーリングされた、巨大な鋼鉄の人型兵器が死んだように眠っていた。


 身長18メートルから20メートル。鋼の装甲板に覆われた鋼鉄の騎士たちが、色もデザインもまちまちの個性的なスタイルで、ハンガー架台の上に固定されている。



 ある物は、西洋の騎士のようなデザイン。

 ある物は、甲冑武者のようなデザイン。

 またある物は、スポーツカーのフェラーリを擬人化したようなデザインである。


 他にも恐竜の骨を纏ったような死神っぽい機体や、鋼鉄製のヒグマを想起させる機体、金属ブロックで積み上げられたゴーレムのような機体、足の長い細身の宇宙人みたいな機体まである。


 これはまるで、世界中のデザイナーたちが一堂に会して巨大人型兵器のコンペティションを行っているようだ。恐ろしいほどの機体バリエーションである。



「これ、みんな、カーニヴァル・エンジンなのか?」ヨリトモはかすれた声でたずねた。


「みんなカーニヴァル・エンジンだぜ」ムサシがさも自分のことのように自慢げに答える。

「ただし、その一部だけどな」


「機体自体のバリエーションも多いんだけど」アリシアが下を見下ろしながら、つぶやくように説明する。「拡張パーツや追加装甲、機体強化などで、同じ機体でも似ても似つかないカスタマイズが可能だから、実質同じ機体は二機とないと言われているわ」


「ふうん」


 感心したようにうなずきつつも、いまヨリトモはアリシアの赤いルージュが引かれた唇を見つめていて、あることに気づいた。



 ……アリシアの口と声が合っていない。



 それはつまり、アリシアは自動翻訳を使って話しているということだ。迂闊にも、彼女の顔がアリスに酷似しているため、ヨリトモはそのことに今まで気づかなかった。アリシアは日本人ではない……のか?


 やがて透明ゴンドラがぴたりと止まり、直角にカーブして壁に向かう。


「着いたな」ムサシが下を顎でしゃくり、そちらを見ると、ゴンドラの真下に、機体が載っていない空白のハンガーがあった。

 ゴンドラが壁まで移動し、そこから壁のレールに沿って床までゆっくりと降下していった。


 扉が開き、三人は空白のハンガーへ向けて歩き出す。



 上から見たときに平べったく見えたハンガーは、床上から見ると、ちょっとした建築物、二階建ての倉庫と同じくらいの大きさがあった。


 脇についた階段をあがり、途中にあるクレーンの操作席みたいなシートに、ヨリトモは促されて腰を下ろした。


 正面にある画面に、クロノグラフをかざし、本人認証をする。

 起動アニメーションが流れ、操作画面が立ち上がった。


『ようこそ、ヨリトモ様』の文字が表示されている。ムサシの指示にしたがい、簡単な利用規約をろくに読みもしないで、『イエス』、初期チュートリアルをここでも飛ばして、『機体確定』に進む。



「初期機体は、ランダムなんだ」ムサシがざっと説明してくれる。「通常出てくるのが、ドラミトン、アザス、エアリーの三種で、まあ青くてダサい機体か、赤くてダサい機体か、黄色くてダサい機体かのどれかが出現する。で、まれにレア機体で、強行偵察型か高機動型がでるな。そのボタンを押せば、ルーレットが回る。で、次のボタンでストップ。それでめでたく機体決定だ。やりなおしは出来ないが、初期機体はどれも似たような性能だから、諦めろ」


 ヨリトモが言われた通りにボタンを押すと、黒いシルエットになった人型兵器たちの影がいくつか、画面の中でくるくる回りだす。


「これって、ストップボタンのタイミングでちがったりするのか? 多少は選べる?」


「検証したプレイヤーがいてな」ムサシは冷たく告げる。「もうこの段階で、機体は確定しているらしい。ストップボタンを押すタイミングは、なんの意味もないそうだ」


「できれば、強行偵察型がいいんだけど」諦めつつ、ヨリトモは気持ちを込めてストップボタンを押した。ボタンが押されたあとも、シルエットたちはしばらく回り、やがてぴたりと止まった。


 ふいに、画面の中に光が差し、シルエットだった人型兵器がその姿を現す。

「お」ヨリトモは快哉の声をあげた。「かっこいい」


 ぐっとくびれたウエスト。キックボクサーのような逆三角形の体躯。割れた腹筋のような腹部装甲。盛り上がった筋肉を思わせる、曲線を描いて複雑に絡み合う肩と腕の装甲。

 頑丈そうな大きめの拳。


 太い首の上に乗る頭部は、尖ったあごと、こけた頬、さらに鋭い眼光を放つようなカメラアイは細く吊り上がって、精悍かつ凶暴なイメージだ。飾りの角や小翼は一切ない。そのくせ全身を走る曲線のカーブが、禍々しい迫力を醸し出している。


 初期機体で、こんなにかっこいいのか? ヨリトモはさすがに驚きつつも、すっかりこの機体に惚れてしまった。


 表示された機体名称は、『ベルゼバブ』。デーモン・シリーズとある。ベルゼバブとは地獄のナンバーツー。蝿の王の通称を持つ、魔王ルシフェルに次ぐ大悪魔だ。いきなりこんな凄そうな機体が出たりするんだ。さすが『スター・カーニヴァル』。



「なにこれ」アリシアが掠れた声を出した。「こんなの見たことない」


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