4 あれだ、あの山だ
「二人とも、無事か?」
「めちゃくちゃだ」ケメコがクレームを入れてくる。「対空火器を制圧しないで、要塞にとりつくなんて話聞いたことない。一体、このあとどうするんだよ?」
「いつもはどうしてるのさ?」ヨリトモがたずねると、ケメコの声のトーンはすぐに下がる。
「前回の要塞ミッションでは、あたしは対空砲火にやられてそれっきり。味方がどうやって攻略したのかは知らない」
「たしか……」ナスタフが肩で息をしながら口を開く。「……、ごめん、ちょっと興奮しちゃって」
「ま、初めてじゃあな」ケメコが顔に似合わず優しい声をかける。「ま、あたしも初めてみたいなもんだけどさぁ、あはははは」
「あたし、こんなキャラですけど、本当は女子なんです」ナスタフは肩を落として告白する。「以前、別のゲームでストーカーみたいな人に付きまとわれちゃって、それからはおっさんのキャラを使用してるんですけど……、ごめんなさい。ここの戦場がこんなリアルだなんて知らなくて。さっきワーグナーさんのカーニヴァル・エンジンの頭が吹っ飛んだとき、本当に怖くなっちゃって」
「あれは、プラグキャラ、削除だな」冷静にケメコがうなずく。「ま、あんたら、もしプラグキャラ削除になったら、あたしに相談しな。こう見えて、あたしゃー、プラグキャラ削除の大先輩だから」
言い切って、盛大に「がはははは」と笑う。
ナスタフもつられて笑った。
「あ、で、要塞の話なんですが」元気を取り戻したナスタフが、なんか可愛らしい口調で続けた。「たしか、要塞の動力源は、対消滅反応炉のはずです。それを破壊すれば、対空砲火はすべて止まる、と。それでミッションクリアですよ」
「ふうむ」ヨリトモは少し考え、左コンソールを振り返る。「ビュート、画像から反応炉の位置は解析できそうか?」
「いえ、おそらく上空からの爆撃を避けるため、斜めに掘った坑道の奥、地下深くに設置されているはずです。その坑道入口を発見するのが理想的ですが、隠蔽され、欺瞞が施されていると推測します」
「なるほどね」ヨリトモは周囲を見渡した。
月面に似た景色。その表面を鉄材で覆い、数々の火砲が設置され、ここからは見えないが、敵戦闘機ナイトメアの発着場もある。
ただし、星間同盟もバカじゃない。反応炉の位置をごまかすために、例えばインパルス砲の真下とかに案外反応炉を置いていたりするかもしれない。
いや、インパルス砲の地下はないか。あそこは人形館軍の攻撃目標だ。
とりあえず、ここでぼうっとしていても、始まらない。
「ケメコさん、ナスタフさん」ヨリトモは戦術リンクに顔を向ける。「とにかく手あたり次第に対空砲火を破壊してください。あと、地上を走る線路があるでしょう? あれきっと、物資の搬入に使うんだろうけど、あの架線を使って地上防御兵器も移動してくると思うんで、こまめに断裂させておいてください」
「おう、わかった」ケメコが鼻の穴を膨らませて顔を紅潮させる。「破壊しまくって、ポイント稼いで、欲しかった大型ショルダー・キャノンを買ってやるぜ。ついでに昇進して、艦内の個室をスイート・ルームにランクアップだ」
「ははは、野望は尽きないな」おっさんキャラに復帰したナスタフが笑う。「んなら、おれもポイント稼いで、新機体購入だ。いっちょ、暴れてやるか」
「んじゃ、よろしく」
「おお」ケメコが曖昧にうなずく。「で、おまえはよ? ヨリトモ」
「おれは、反応炉を探します。おれが見つけて破壊すると、ミッション終了ですから、それまでに頑張ってポイント稼いでおいてください」
ヨリトモは、ベルゼバブに踵を返させると、ゆっくり低重力下で飛行させた。
「でも、ヨリトモさま? 対消滅炉の反応は近くにはありませんよ。といっても、地下深くに施設されているはずですから、近くにあっても反応がないのは当然なんですが。それとも何か見つけましたか?」
「あれだ」
ヨリトモはベルゼバブをゆっくりと飛翔させながら、行く手の尾根を指す。
辺り一面対空火器の架台で埋め尽くされている要塞表面だが、そのすべてが、地表に対して銃口を向けることができない。敵としては、この要塞での地上戦は想定外だろう。
超長射程のマスドライバーで母艦を狙い、ちかづく敵カーニヴァル・エンジンは対空火砲で撃ち落とす。
それ以上は考えていないはずである。
なぜならこの要塞は、守る側にしてみれば超長射程マスドライバーを設置できる有用なポイントだが、攻める側にはなんの意味もない小惑星である。地上戦をしてまで死守する拠点ではない。
「あの山がどうかしましたか?」
ビュートは首を傾げる。
尾根は綺麗な波を打って、夜空に白い影を残している。いくつもの小山が連なった、形の美しい山々の連なりにしか見えない。
「穴を掘れば、なにができる?」
「穴を掘れば、そりゃー、穴ができるんじゃないですか?」ビュートはさらに首を傾げたが、そこではっと気づく。「そうか! 穴を掘れば山ができるんですね。あれがその山だ。すぐに上空からの画像解析をして、山の位置をマップに出します。でも、もしかしたら、あの山がフェイクで、反応炉のある坑道はずっと遠くかもしれないですよ」
「それはないな」低重力下でゆっくりと飛び跳ねるようにベルゼバブを飛翔させるヨリトモは、周囲を警戒して視線を走らせる。「そこまでやるんなら、地上に迎撃戦力があるべきだ。しかし、実際には戦車一台出てこないじゃないか」
「むう、なるほど」
ビュートは低い声で唸りつつ、右のコンソールの戦術マップに砂山の配列を重ねて表示させ、画像解析を進めた。
「ヨリトモさま、ここ。このポイントなんですが、火砲も架線もない、なにやら装甲で覆われた不自然なスペースがあります。何もない平坦な場所で、装甲ばかり頑強です」
ビュートが上空から撮影した画像をズームアップし、目的の場所を矢印で示す。
「ははあーん」ヨリトモはにやにやとした。「これだな。間違いない。不自然すぎるよ。よし、すぐ行こう。今日は早く終わらせて、早く寝たいんだ。明日は大事な用事があるんでね」
「あ、ヨリトモさま、もしかしてデートですか?」
「さて、どうでしょう?」
目的の場所に到達したヨリトモは、ベルゼバブのカメラアイで、地表を覆うカモフラージュ目的の鉄板を見下ろした。
最初は脚で蹴破ろうかと考えたが、小惑星の重力が弱すぎて無理なので、素直に屈んで指をふちにかけ、力任せに引き上げた。
「こういうところ、やっぱ人型兵器は便利だよな。戦闘機だと、地面に敷かれた鉄板を持ち上げるなんて、絶対できないし」
「ですから、人が乗る汎用兵器で、人型以上のものは無いと言ったじゃないですか」
ビュートはまるで自分がカーニヴァル・エンジンを考案したみたいな口調で、自慢げに胸を反らす。
カモフラージュの鉄板の下には、蛇腹式のシャッターがある。これこそが地下坑道への入り口であろう。ヨリトモはベルゼバブの腕力にものを言わせて、シャッターをこじ開けると、坑道の中に侵入した。
急角度で下っているトンネル内部は、整備され、照明によって煌々と照らされている。
「これは間違いないですね」ビュートがうなずく。
「よし、行ってみよう」
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