第3話 共生生物兵器ヘクトロルを殲滅せよ
1 戦闘開始
アリシア・カーライルがトランスポート・ハンガーに到着したとき、すでに共生生物兵器ヘクトロルは戦闘デッキ内に侵入していた。
アリシアは、巨大な生物兵器の死角を縫って、黄色いラインで囲まれたトランスポート・ハンガーのデスクトップ端末にとりつき情報画面を開く。
現在彼女の愛機グリフォンは移動中で到着予定は4分後となっている。
4分後? なんでそんなに時間がかかるのかと苛立ち紛れに画面を殴りつけたが、移動命令はキャンセルできない。
がしかし、4分後とはタイミングが悪すぎる。
いま現在ヘクトロルは起動していないカーニヴァル・エンジンを、両腕についたドリルで破壊するのに夢中で、背後のハンガーにとりついたアリシアの存在には気づいていない。
さっきまで何もなかったトランスポート・ハンガーを素通りしたヘクトロルは、現在アリシアに背を向けて破壊の痕をデッキの奥へと延ばしているが、果たして4分後、ここに彼女のグリフォンが到着したとき、この巨大生物は、それに気づかずにいてくれるだろうか?
じりじりとカウントダウンする画面の中の到着予定時間を睨みながら、アリシアは息を殺してヘクトロルが遠ざかるのを待つ。
クロノグラフに着信があってぶるぶると震動するが無視する。文字盤をのぞくとヨリトモからだが、いまは相手している余裕がない。
とにかくデッキのエア流出が激しいので、トランスポート・ハンガーに備え付けられたヘルメットを被った。オフィシャルのパイロットスーツはそのまま簡易宇宙服になるのでファスナーをしめるだけで気密は保たれ、生命維持が可能。ヘルメット内のグリーンのランプを確認してから、もう一度デスクトップ画面でグリフォンの到着予定時間を確認する。1分後だ。
われながら正確な時間管理。
クロノグラフの文字盤を開き、グリフォンのヘルプウイザード『ノート』を呼び出す。画面に、黒髪、碧眼、黒い肌の少女が現れ、しずかにたずねる。
「アリシア、どうしましたか?」
「ノート、リモート操作、承認よろしい?」
「了解、アリシア。どうぞ」
「グリフォン、エンジン始動。ライトニングアーマー展開。トランスポート・ハンガーのゲートが開くと同時に搭乗口をあけてちょうだい。外にはヘクトロルがいるわよ。クロス・クォーター・バトルになるわ」
「了解、アリシア」
アリシアはデスクトップから離れて、クロノグラフで時間を確認する。あと30秒。ヘクトロルは今もこちらに背を向けてドリルをふるっている。
アリシアが見守る前でトランスポート・ハンガーにグリーンのランプが輝き、黄色いラインで区画された床が左右に割れて開き始めた。下から架台に固定されたメタリックグリーンの機体がゆっくりせり上がってくる。
よし。アリシアが自機の姿を確認してちいさくうなずいた瞬間、さっきまでこちらに背を向けていたヘクトロルが振り返った。小さい目と、頭いっぱい横に裂けた口が残忍そうな笑みを浮かべている。まるでトランスポート・ハンガーが開くのを、ずっと背中ごしに伺っていたみたいだ。
アリシアはぎょっとして駆け出した。
まだ開き切っていない床の上を走り、艦体構造部の中に埋没している機体の上に飛びのる。ヘクトロルが巨体をのたうたせてアリシアに迫る。
走るヘクトロルの衝撃で床が揺れて動きにくい。そうでなくても宇宙服を着用で、平坦でないグリフォンの装甲プレートの上だ。つんのめるように足をすべらせつつ、それでも搭乗口のある腹部まで走る。
すぐにノートが搭乗口をあけてくれるが、視線をあげたアリシアの目には、着陸する旅客機みたいな勢いで飛んでくるドリルが、視界いっぱいに広がっていた。
アリシアは自分の体が恐怖に硬直し、まったく動けないことに呆然とする。
ばん!と叩きつけるような衝撃が艦体構造を震わせ、突きこまれたドリルごとヘクトロルの巨体が横ざまに弾かれた。ぎょっと目を見開くアリシア。
床の上から土埃が一斉に舞い上がり、デッキ内に漂う黒煙が攪拌される。
黒いカーニヴァル・エンジンが脇から体当たりしてきて、ヘクトロルがたたらを踏むように一、二歩よろける。見たことのない機体だ。バランスを崩したヘクトロルは思わずドリルを振りまわし、尻尾でバランスをとると、その場に踏みとどまった。
ヘクトロルは通常のカーニヴァル・エンジンの二倍近い身長がある。
デッキ内では機体のパワーは制限されているため力比べをしても勝ち目はない。巨大な化物はにやにや笑いを口元にたたえたまま、タックルしてきた黒いカーニヴァル・エンジンをぐいぐい押し切ろうと前進し、その
とにかく、今がチャンス。
この黒い味方が踏ん張っているうちに、グリフォンに搭乗してしまう以外にない。
アリシアは、ノートが開けてくれた腹部ハッチの中へ飛び込んだ。
シートに飛び乗り、そのまま上のコックピットまで駆け上がる。
神経接続はすでに開始されており、グリフォンのカメラアイから外の様子が確認できる。
「トランスポーターの拘束具とロックボルトを引き千切る。良心回路を一時的にキャンセルしろ」
「了解。しかし人形館にバレたら懲罰ものですよ」
「かまうもんか。ノート、あの黒いカーニヴァル・エンジン、後姿だけだとよく分からないが、なんて機体だ?」
「わたしも見たことのない機体です。初期データベースにはありません」ノートは淡たんとこたえる。「さきほど六番艦からきた更新データに該当機種がありました。あ」いつも冷静なノートが目を見開く。「これはすごい。あれはカテゴリー・ユニーク! アリシア、ご存知ですか? ユニーク機体というものを」
「ユニーク機体」アリシアも瞠目し、映像パネルで機影を確認する。「ヨリトモか……」
「伝説のデーモンシリーズ、ユニーク機体、ベルゼバブです。あれはあれ一機しかこの世に存在しない代物です」ノートがかすかな興奮をともなった口調で伝えてくる。「あんな伝説みたいな機体が実在するなんて……」
「ノート、発進するわよ」アリシアは厳しい声で告げる。「ベルゼバブと通信リンク確立。番号はあたしのクロノグラフに入っているわ」
グリフォンの駆動系が獣のように咆哮した。
トランスポート・ハンガーに固定されていたメタリックグリーンの機体が身震いし、まだ外れていない拘束具とロックボルトを引き千切って立ち上がる。
ベルゼバブのカメラアイを通してみると、共生生物兵器ヘクトロルは、両腕に長大なドリルを嵌めたティラノサウルスに見えた。遠目にはサンショウウオだったが、拡大映像で見ると、顎の突き出したかなり凶暴な面構えをしている。
ただし、ティラノサウルスみたいに毛は生えていない。
兵器に改造された生物を組み合わせて作られたのが共生生物兵器ヘクトロルであり、腕に嵌まっているドリルは、アームナイトという根元に生体モーター素子を埋め込まれた巻貝の一種。
そして、喉元にはシリウス・ホタルを改造したレーザー発振器が埋め込まれているとのことだった。
さらに腕のドリル、アームナイト内部には、別の生物兵器が寄生している。刺激を受けると腹腔内にため込んだ液体燃料に点火してロケット噴射で飛び出してくる、監獄星カブトムシというのがいるらしい。
宇宙母艦ヒパパテプス級の艦内に侵攻したヘクトロルは、腕に嵌められた巨大なドリルを高速回転させて、ハンガー上のカーニヴァル・エンジンを次々と破壊してきた。鋭く頑丈なドリルが、巨大な人型兵器の腹部装甲を破壊し、内部機構を引き裂き、掻き回して息の根を止める。
人形館側も、防御のためにハンガー上の機体を順次ハンガー内部に収納しているが、ヘクトルの破壊活動は、その対応よりも迅速だった。
「ヨリトモさま、アリシアさんはここです」正面パネルの中で四角いコンテナ型カーソルが動き、ハンガーの列の隅を示す。「そしてこのスペースに寝ている機体がアリシアさんの乗機『グリフォン』です」
「くそ、これ、間に合うのか?」
一歩踏み出したベルゼバブは、前につんのめるように走り出した。
コックピットが揺れているはずだが、ショック・アブソーバーと反重力スタビライザーが効いていて振動は感じない。映像パネルの画像も補正が働いて揺れない。メインの視覚であるベルゼバブのカメラアイは、ヨリトモの中枢神経を経由したフィードバックにより、すなわち普通の人間が走るとき眼球が自然に動くように、明瞭な視界をヨリトモに与えてくる。
初めの二歩、さぐるように走り出したベルゼバブを、ヨリトモは三歩目からは全力でダッシュさせていた。
700メートル先ではヘクトロルがドリルを振り上げて、横たわるグリフォンの腹に狙いをつけ、いまにもその高速回転する先端を突き下ろそうとしている。
とても間に合わない。そう感じたのは、ヨリトモの肉体感覚であった。しかし、鋼の装甲に包まれ、人工筋肉と機械化骨格によって構成されたカーニヴァル・エンジンのボディーは、まるで肉体改造が施されて強化手術を受けたサイボーグそのものだった。
数百メートルの距離を一気に駆け抜けたベルゼバブは、ドリルを振り上げるティラノサウルス様の怪物の腰に、思いっきりタックルをぶちかました。
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