第6話 そして本当の戦争が始まる

1 敵のカーニヴァル・エンジン


 ヨリトモはベルゼバブを反重力バーニアで軽く浮かせながら、スロットル・ペダルで微速前進させた。トンネルの大きさは、カーニヴァル・エンジンが余裕で通れる程でかい。

 勾配は急だが、重力が弱いため、あまり急な坂には感じられない。


 姿勢制御とスラスターのコツがつかめてきたので、ヨリトモは坑道内でベルゼバブを加速させる。こんなに地下深くに隠す必要あるのか?というくらい下ったところで、巨大な扉に突き当たった。


 特にエアロックというわけでもないようだが、開閉用の操作ボタンが、人間用のサイズとカーニヴァル・エンジン用のサイズでふたつある。ちょっとした親切設計だ。ヨリトモはベルゼバブの指でボタンを押して、扉を開いた。



 中は球場のような広大なドーム状の空間。あまりに広すぎて、一瞬カーニヴァル・エンジンに乗っているのに、鋼鉄の巨体が人間サイズであるかのように錯覚してしまう。それほどまでに、広大だ。


 ドーム空間の中央、ちょっと高くなった場所に、円筒形のタンクがある。画面のコンテナ表示によると、あれが反応炉。


 ただし、その前に立ちふさがる鋼鉄の騎士。戦術マップには赤い光点。ベルゼバブのカメラアイの中で緑色のコンテナがそいつを囲み、敵であることを示している。だが、あれは……。


「カーニヴァル・エンジンだ……」


 横幅のあるがっちりした機体。まるで鋼鉄の城塞のようだ。カラーは晴れた青空のようなスカイブルー。大きなショルダー・アーマーの間に隠れるように、小さな頭部がある。

 その頭部の中央に、赤く光る単眼モノアイ


 腕組みして、まるでヨリトモがくるのを待っていたかのような余裕の態度を見せるその重カーニヴァル・エンジンの傍らには、巨大な剣が突き立っている。両刃の大剣は、身幅があり、まるで墓標のようだった。


「ヨリトモさま、ご注意ください。敵のカーニヴァル・エンジンです!」




「敵のカーニヴァル・エンジン? 敵もカーニヴァル・エンジンを持っているのか? そんなの初耳だぞ」


「ブラックリストに名前があります。パイロット名『ラプンツェル』。すでに百人以上のパイロットを屠った裏切り者です。乗機は『サイクロプス』。使用する剣は『アースブレイカー』!」


「プ、プレイヤーキラー! そんなのがいるのか」


 サイクロプスは鷹揚に立ち上がり、突き立ててあった大剣を引き抜くと、問答無用で斬りかかってきた。背中のスラスターから青い火花を撒き散らして、ミサイル・ダッシュで飛び込んでくる。


 ヨリトモは背中のカスール・ザ・ザウルスを抜き放ちつつ、一刀薙ぎ払い、入れ違う様にフロント・ダッシュで回避した。


 ガキン!と鋼がぶつかり合う衝撃と火花が走り、二機のカーニヴァル・エンジンがすれ違う。


 危なかった。ヨリトモの背筋を戦慄が走る。うかつに止めようとしたら、受けきれずに押しつぶされて、あの巨大な大剣で胴を絶たれていたろう。


 ヨリトモは姿勢制御で振り返って一重身ひとえみにとり、カスール・ザ・ザウルスの切っ先を向ける。刀身の長さでは負けていないが、持っている質量が段違いだ。


 サイクロプスは背後からの追撃を外すために、軽くスラスターでホバーして距離をおいてから、大剣の慣性質量を使って振り返る。


 使い慣れていやがる。それがヨリトモの印象。あいつは手ごわい。この微弱重力下での機動も見事だ。


 振り返ったサイクロプスは、大剣アースブレイカーを腰だめに構え、柄頭のレバーを引く。ライフル銃のボルトを操作したみたいに、排莢口から空薬莢が飛び出す。


「なんだ?」


 ヨリトモの疑問にビュートが答える。

「アースブレイカーには、カートリッジ式の宇宙銃バーニアがついています。その薬莢です」


 言っている意味が一瞬分からなかったが、相手は容赦なし。ヨリトモの理解を待ってはくれない。


 上体を45度前傾させ、メイン・スラスターのノズルを真後ろに向けてロケット・ダッシュ。大剣の切っ先を向けて強烈な加速で突っ込んでくる。


 そんな手があるのか!と感心している場合ではない。


 サイクロプスの突き出したアースブレイカーの切っ先がわずかに左にずれているのを見て取ったヨリトモは、ぎりぎりで右に躱してカスール・ザ・ザウルスで薙ぎ払おうと水平に構え、サイド・スラスターのペダルに足をのせた。


 サイクロプスがホバーで突進し、その切っ先がベルゼバブの胸に突き刺さる寸前で、ヨリトモは右に躱し……、


 罠だ!


 何かの直感が告げた。ヨリトモは反射的にペダルを踏まずに、操縦桿のトリガー・レバーでフット・スラスターを噴射して、その場でジャンプからの前方宙返り。間一髪、逆方向から魔法のように切りつけてきたアースブレイカーのぶ厚い刃を、忍者のように空中で一回転して躱した。


 どうなってやがる! どこから斬りつけてきた!


 激しく動揺するが、空中でそのままカスール・ザ・ザウルスを相手の背中に向けて、横に薙ぐ。その切っ先が、サイクロプスのメイン・スラスターの片方を捉えた。


 ばちっと火花が散って、おそらく反物質スラスターのガンマ線アブソーバーがやられたはず。ガンマ線漏れを起こしたなら、もうあのスラスターは吹かせない。しめた。相手を片肺にできた。

 

 ヨリトモは様子を見つつ、ベルゼバブが小惑星の重力でゆっくりと降下するに任せる。


 サイクロプスはするすると後退し、距離を取る。このまま撤退してくれればいいがと思っていると、いきなり通信画面に映像がきた。


「やるな。おまえ、なまえは?」


 金髪の男が映っている。が、顔はモザイクがかかって見えない。なんだこのフザケた演出は。


「おれは、ラプンツェル。故あって星間同盟にくみし、おまえら人形館の尖兵どもと戦っている」


 名乗られたのなら、名乗り返さねばなるまい。


「おれは、ヨリトモ。おまえ、なぜプレイヤー・キラーみたいなことをやっている。そんなことして、楽しいのか?」


「楽しいね。強い奴らと戦えて、ぞくぞくするよ。ヨリトモとか言ったか? おまえ、腕もいいし、ハートも強い。案外おまえみたいな奴が、こっち側に来たりするもんなんだぜ」


「おれは道理に反することは嫌いだ。おまえのやっていることは、みんなの楽しい遊び場を破壊する行為だ。テロリストと変わらない。おれはお前みたいな奴を絶対に許さない」


 ラプンツェルはくくくと喉にこもる笑い声をこぼした。

「ここでの説得は無意味だな。だが、こちらも『はい、そうですか』と退散するわけにはいかない。行くぞ、ヨリトモ!」


 サイクロプスが、下ろしていた大剣をふたたび構える。

 腰の高さで切っ先を後ろ向きに構え、そのまま片肺のスラスターでダッシュしてくる。

 逃げる気はないようだ。


 ヨリトモは半身の中段で迎え撃つ。


 間合いに入るや否や、サイクロプスは大剣のトリガーを引いて、柄に、鍔のように装備された迫撃砲みたいな砲身から燃焼ガスを噴射させ、その勢いで剣を振るった。


 そういうことか。


 燃焼ガスの反動で大剣を回し、そのまま機体ごと回転してくる。


 ヨリトモは下がって躱そうとするが、弱重力下では、脚をつかっての運動が難しい。


 アースブレイカーの刃を、カスール・ザ・ザウルスの刀身で受けながらサイド・スラスターを噴かして威力を殺し、きわどく横に逃れる。が、すかさずサイクロプスはトリガーを引いてアースブレイカーにガス噴射させ、逆向きに回転して、反対方向から斬りかかる。


 くそっ、手ごわい。このラプンツェル相手にこのまま斬り合いを続けて、いつまでも持ちこたえることは難しい。が、離脱はもっと難しい。この狭い空間内ではスラスターが片肺というのはハンデにならないし、逆にパワーが弱い方がここでは扱いやすい。


 再びヨリトモは鍔元で受けつつサイド・スラスターで威力を殺し、操縦桿を開いて反重力スラスターで機体を地面に押しつけ、アースブレイカーの横薙ぎをなんとか受け止める。


 が、相手は大剣。機体重量もある。このまま鍔迫り合いから、力任せに押し込もうとしてくる。力くらべで負ける気はしないが、太刀合わせでは重たいアースブレイカーに利がある。


 カスール・ザ・ザウルスの鍔とアースブレイカーのギミックを仕込んだ柄元が絡み合い、すぐそばに噴射ギミックのトリガーが見えた。


 これか!


 貫き手のように素早く指を突き込んだベルゼバブが、アースブレイカーのトリガーを叩いた。


 どん!という燃焼ガスの噴射が暴発して、突然にアースブレイカーが跳ね飛び、サイクロプスは大剣の唐突な回転に虚をつかれ、後ろに仰け反りながらバランスを崩した。


 姿勢制御を試みたラプンツェルは一瞬サイクロプスの操作がおろそかになる。その寸毫の隙をついて、ヨリトモはカスール・ザ・ザウルスを一刀、相手の真正面に斬りつけた。


 辛うじてフット・スラスターを吹かして下がったサイクロプスは、胴体の両断こそ免れたものの、左のアームを切り落とされる。

 一瞬切断箇所から赤い血が吹き出るようなエフェクトが見えた気がしたが、見間違いかも知れない。というか、ヨリトモが未成年だから、そういうエフェクトは規制がかかっているのだろうか?


「くそっ」ラプンツェルが通信画面の中で悪態をつく。「やるな、ヨリトモ。相当なものだ」


 負け惜しみをいいつつ、サイクロプスを大きくバックダッシュさせた。


「それほどの腕があるんだ、ヨリトモ」ラプンツェルは嬉しそうに笑いながら、サイクロプスの背中を見せると、片方だけのスラスターを噴射して逃走に入る。「いずれはこっち側に来てもらうぞ。是非ともだ!」



 ぶつんと音を立てて、通信画面の映像が切れる。

 ヨリトモは、ほおっと大きく息を吐いた。

「強敵でしたね」ビュートも、緊張を解いたような声を洩らした。


「正直危なかったな」ヨリトモはバイザーを跳ね上げる。「次に会ったらどうなるか分からないぞ。それまでにこっちも腕を磨いておく必要がありそうだ。さて、ビュート。とっとと、反応炉を破壊して、作戦を終わらせよう。今日はもう十分に遊んだよ」


「了解いたしました、ヨリトモさま。あそこにある反応炉本体ではなく、脇にある制御キュービクルを破壊してください。対消滅反応がしずかに暴走を始めます。暴走した反応炉は止められませんが、爆発までは15分以上かかります。その間に、ケメコさんとナスタフさんを連れて離脱しましょう。たぶん今回もMVPだと思いますよ」


「そういうのは、別にいいよ。ポイントも要らない。もう最高の機体を手に入れているしな。ただおれは、楽しいゲームができて、操縦する機体との一体感を楽しめれば十分さ。じゃ、とっとと終わらせますか、明日はデートだし」


「やっぱり!」


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