鶴来空 -7日(3)
自殺?
僕はもう一度、写真の中の樹村先輩の顔を思い浮かべる。楽しそうな笑顔で、ピースサインを両手でしていた先輩。今という人生がとても輝いていそうで、楽しそうで、まさに主役と呼べるような華々しさを感じる先輩。
美しいし、華憐だし、綺麗な人だった。生きる気力に溢れていたと言ってもいい。
写真でしか知らないけど、とても自殺しそうな人間には思えなかった。いや、それは勝手な思い込みか。誰だって悩みを抱えて生きているのだから、外側を見て勝手に幸福を推量するのも失礼極まりない。
だとしても、僕にとっては、自殺という真実はすんなり受け入れにくかった。
「自殺、か……」
昨日の姉さんのあの表情の理由がようやく分かった気がした。あの時の姉さんの表情は、友達が病気とかで死んでしまったとか、そういう時の表情とは違うと思ったんだ。
自殺した友人を悼んでいた。そういう表情だったのだ。
「自殺したのは、去年の今頃、六月二十日。時計塔から夜の内に飛び降りたらしいよ」
「時計塔って、うちの学校の?」
「そう。次の日の朝に倒れているのを発見されたんだって。ニュースとかにはならなかったから、私たちは知らなかったけどさ。まあ学校としても話したがらない情報ではあるし」
「……そっか、時計塔か」
皆月先輩が樹村先輩の話をする時に、窓の外を見ていた理由も分かった。きっと彼女は時計塔を見て、樹村先輩への思いを巡らしていたんだ。
色々と想い出したから。
彼女のその言葉は、樹村先輩が生きてる頃の思い出だろうか。それとも、死んだ時の思い出だろうか。
「それで、樹村先輩の件で噂話があってさ」
「噂?」
「あー、その、なんていうかさ。樹村先輩の自殺の原因について色々と言ってる人がいたりするのよ」
「それってどんなだよ」
「まあ色々なんだけど」
「歯切れが悪いじゃん」
「言い辛い事なんだよ」
「別に気にしないって」
「私が気にするんだよ」
「もうここまで聞いちまったんだから、最後まで話せよ。樹村先輩はなんで自殺したんだ?」
「……自殺したその理由は、結局分からなかったよ。けどさ、その理由に関して、鶴来の部活の人たちが関係しているんじゃないかって噂があって」
「……それってつまり。姉さんか先輩たちの誰かが、樹村先輩の自殺の原因になったってことか?」
いや、それだけじゃないかもしれない。それだけなら、南沢もそこまで言い澱まないだろう。
南沢が言い澱むほどの、最悪のパターン。
「……誰かが、樹村先輩を自殺に追い込んだって事か?」
「……噂話の範疇じゃ、誰もそこまで具体的には言ってなかったけどさ」
そこで南沢はアイスティーをぐいっと飲んだ。喋りすぎで、あるいは緊張で喉が渇いたのだろうか。
アイスティーを置くと、南沢はさっきまでの迷った顔つきから、覚悟を決めたような表情をする。
「けど、そう思っている人もいるみたいだった。もっとひどい人だと、樹村先輩は自殺じゃなくて他殺だって言う人もいたよ」
「……」
「そんな事はないけどさ。警察だって自殺と断定したらしいし」
「けど、誰かが原因を作った、かもしれない」
姉さん、兎川先輩、西園寺先輩、皆月先輩。
あの写真に写っていた誰かが、樹村先輩の自殺の原因を作った?
部活の誰かが、樹村先輩を殺した?
「……鶴来の考えている事、当てよっか」
「……」
「この事件の事、もっと調べようと思っているでしょ」
「……まあな」
「いいの? 私が言うのもなんだけどさ。これ以上首突っ込んでもしょうがないと思うんだよ」
「どういう意味だよ」
「だって、去年の話を調べた所で、あっと驚く新事実が出てくるとは思えないし。それにもし調べてさ。それで部活の人が樹村先輩の自殺に関与していたって事が事実だったとしたら」
どうするの?
南沢は窘めるような口調でそう言った。
確かに、調べてもしょうがないのは事実だ。何かが分かるとは限らないし、それに分かった所でその真実は、多分禄でもない。
事実、人が死んでいて。それから一年経って、ようやく皆それを忘れる事が出来ていて。なのに外野の僕がそれをほじくり返して、誰が喜ぶんだろうか。
古傷をえぐるような行為はきっと誰だって幸せになれないし、皆が悲しむだけだ。
しかもそれを、傍観者の僕がやるなんて、最悪だろう。
だけど、それでも。
「それでも僕は調べるよ」
「……なんで? 樹村先輩の事は知らないんでしょ?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
確かに僕は忘れてしまったけれど、それでも樹村先輩と僕は知り合いだったかもしれない。
勿論僕だって、それだけでわざわざ調べようとはしないだろう。だから理由は他にもある。
「南沢。僕はそれでもやっぱり、知る必要があると思うんだよ」
「それは、『超研部』の一員として?」
「うん。それを知っておかないと、僕は今までみたいには先輩たちと話せないと思うし。それにやっぱり先輩たちがそんな事をするとも思えないから。『超研部』の人間が不当に疑われているんなら、そんな悪評を晴らしたいと思うんだよ」
「……そっか。そういう事なら、協力させてもらうよ」
そこで南沢は、残っていたアイスティーをぐいっと飲み干した。
「私に出来る事があったら何でも言ってよ。私、交友関係広いからさ。鶴来と違って」
「最後の言葉は余計だ」
「じゃあ友達多いの?」
「おいおい、南沢。何を言っているんだ。友達の友達は友達だろ? つまりお前の友達も俺の友達に入るんだ。これで友達がいっぱいになる」
「私の友達を頼りにしないで。大体、私の友達って女の子多いんだけど、それも友達に含めるの?」
「お前と姉さんで女性耐性はばっちり」
「自分の姉を女の子にカテゴライズしないで」
僕達はそうやって、他愛もない話を始めた。さっきまでの悲しい話を忘れるように。
その後も他愛も無い話を続けて、僕達は喫茶店を出た。会計は僕が持った。
「『超研部』の人達の無実を証明しないとね」
店先で南沢はそんな事を言ってくれた。僕は力強く頷いたけれど、内心は違う事を考えていた。
正直、僕は先輩たちや姉さんが本当に無実だと信じている訳ではない。可能性としては、むしろ噂が正しいのではと思っているくらいだ。
だからこそ、確認したかったのだ。
傍観者として、真実が知りたかった。
「……ああ、そうだね」
僕は力なく笑う。
「姉さんたちの無実を、証明しなくちゃな」
その発言が木っ端みじんに打ち砕かれるのは――無実の証明どころか、より疑いが濃い事を知るのは、明日の事である。
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