鶴来空 -8日(2)
誰もいない部室で、僕は物品の整理をしていた。
結局UFO降臨の儀は中止となり、代わりと言わんばかりに、来年の文化祭はUFO焼きを提供する事になった。
そして僕は、兎川先輩が準備したまま出しっぱなしにしていたUFO召還用の怪しいグッズやらなにやらの片付けを命じられ、ついでに物品の整理をしようかなと思い立ち、こうして掃除をしている訳である。
近づいて来た期末試験に対する現実逃避と言われればそれまでだけど。
「ゲホゲホッ」
部室の棚は案外ほこりっぽくて、マスクを持ってくれば良かったなと少しだけ後悔する。しかし今更後悔してもしょうがない。そもそも自主的にやっている事なんだし、適当な所で切り上げよう。
そう思いながら謎のファイル(きっとUFO関係だろう)を棚から出すと、何かが宙を舞い床に落ちた。
「……?なんだこれ」
どうやらそれは写真のようだった。裏には日付が手書きで書いてあり、その日付は去年の今頃、僕がまだ中学三年生だった頃の写真だ。
ひっくり返して、表を確認してみる。そこに写っていたのは、当然と言えば当然だけど姉さんたちの姿だった。ホワイトボードに『祝 超常現象研究部設立』と書いてあって、その手前に姉さん達が中腰だったり座ったりで二列になって集まっている。笑顔とピースサインからは、初々しさを感じる。
奥で中腰なのが、右から西園寺先輩に姉さん。手前に座っているのが、右から皆月先輩に兎川先輩に――。
「――あれ」
そこで僕は遅まきながら気が付いた。その写真に写っているのは五人。今年の部員は、僕を入れて五人。そして写真には僕はいない。
つまりそれは、僕の知らない部員が、写真に写っているという事で。
「――この人は、誰だ?」
顧問の先生という訳でもなさそうだ。普通に制服を着ているし。
髪は明るい茶髪で、濃いめのメイクといいなんだか遊んでいそうな感じがする。姉さん含めこの部活の先輩方は髪を染めていない(兎川先輩の金髪は地毛だし)ので、なんだか浮いている。
僕の知らない部員である彼女。彼女が誰なのか気になる所だけど、僕はそれ以上に気になっている事があった。
「なんか、見た事あるような……?」
知り合いではない。それは断言できる。
でもなんか、どこかで見た事がある気がする。一体彼女は誰だ?
思い出せないものはしょうがない、僕は思い出す事を諦めて、その写真をポケットに入れた。
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「姉さん、これを見てよ」
その日の夜。僕は姉さんの部屋にその写真を持ってきていた。
姉さんはベッドの上で横になって、お菓子を口に咥えながら小説を読んでいる。姉さんはミステリが好きで、身体を動かさない時は大概小説を読んでいると言っても過言じゃない。人を殺せる身体能力を持っててミステリにも精通しているって、存在が危険なんじゃないだろうか。ライオンが武装しているようなものだろ。
「何よ?」
姉さんは返事をしたものの、視線を小説から少しも離さない。これはつまり、『何か見せたいものがあるなら私の目の前に持ってきなさい』と暗に伝えているのだ。
しょうがない。僕は椅子から立ち上がり、写真を姉さんの目の前に突き出した。
「……これって」
写真を見せると、姉さんの顔色はみるみる内に青くなった。露骨に動揺していて、まるで恐怖しているような表情だ。
いつも勝気で、怖いものなんてこの世に存在しない。そんな姉さんが青ざめた表情を浮かべているのを、僕は初めて見た。
姉さんは身体を起こして居住まいを正し、ベッドに腰かける。それに押されるようにして、僕も座っていた椅子に戻る。
そして姉さんは、鬼気迫る表情で僕に質問をする。
「……あんた、これどこで手に入れたの」
「どこって、部室だけど」
「なんでこんなものを」
「たまたまだよ。部屋の整理をしていたら勝手に出てきたんだ。それよりも姉さん、この写真に写っている人って一体――」
「どう見ても私でしょ」
あからさまにはぐらかそうとしている。
「姉さんも西園寺先輩も兎川先輩も皆月先輩も見れば分かるよ。そんな事が聞きたいんじゃなくて、見て分からない人を聞いているんだよ。姉さん、はぐらかさないでよ。去年まで、姉さんたちの他に誰がいたの?」
僕の問いかけに、姉さんは一瞬言葉を詰まらせる。
「……」
「この人は一体誰?」
「……
樹村恋歌。
その名前を頭の中で反復しながら、もう一度手元の写真を見る。
名前を聞けば思い出せるかもしれないと思ったけど、結局思い出せやしない。
「恋歌は去年までうちの部活――『超研部』にいたわ」
「今は?」
「……退部したわ」
そこで姉さんは顔を伏せた。まるで僕に表情を見せたくないように。隠したい事があるように。
それ以上、僕は何も聞けなかった。姉さんが、それ以上聞く事を拒絶していたように思えたから。
一体樹村恋歌とは誰なんだ?
なんで退部したのか?
今は何をしているのか?
それらの疑問を口に出せず、部屋には沈黙が流れる。
「……退部した人間の事を気にしてもしょうがないじゃない」
「まあ、そうだけどさ」
「そんな事よりも、空。そろそろ寝る時間よ」
はっと気付いて、部屋の時計を見る。時刻はもう十二時を過ぎて、寝る時間が近づいていた。
姉さんは、話をはぐらかした。あからさまに。
けれど僕は、それに気付かないフリをした。それが、弟としての役目なのかもしれない。それに姉さんは、僕がいくら聞こうとしても聞く耳を持たないだろう。
「さあ、空」
姉さんはベッドに横になると、薄い布団を広げながらベッドを手で叩いた。蠱惑的な大人の表情と、おもちゃを目の前にした子供のような表情。それらをごちゃまぜにした、恐ろしい表情を浮かべて、姉さんは僕を待つ。
早くベッドに入れと言いたいんだろう。段々とベッドを叩く力が強くなっている気がする。
これからする日課が待ちきれなくなって、つい力が篭っているようだ。これは早く行かないとどうなるか分かったものではない。
「早く来なさい。いつものように、愛してあげるから」
僕は内心でため息をつく。口には出せない。
誘われるまま、僕は姉さんのいるベッドにもぐりこんだ。
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