鶴来空 -7日(2)



 皆月先輩からはそれ以上何も言わなかったので、僕は一人部室を退出した。というより、追い出された。出て行ってほしいと皆月先輩に言われたのだ。


「……色々と想い出したから」


 真剣な表情でそんな事を言われて、気にせずに居座れる程、僕の神経は図太くない。それがなくとも、一緒にいるのはかなり気まずい。

 聞いてはいけない事を聞いてしまった。そんな風に反省したって、遅いけれど。

 知らなかったとは言え、人の――友達の死を遠慮なく触れるだなんて、デリカシーが欠けているにも程がある。

 

「はあ」


 思わずため息がこぼれる。

 しかし反省した所で動き出したものは止めようがない。具体的には、既に南沢に調査を依頼しているのを止めようがない。

 南沢から、今日の放課後にでも話を聞く予定だった。が、南沢に用事があって、集合時間が遅くなるとの事なので、ついでに放課後、どこかの喫茶店で話をしようという事になった。


 そんな訳で、学校の傍の喫茶店、『ヤマネコカフェ』に僕は来ていた。店名から猫カフェのように思えるけれどそんな事はなくて、本好きの店長が『注文の多い料理店』に出てくる『山猫軒』から命名したそうだ。正直、縁起でもないと思う。

 やっぱり店名が悪いのか客はそんなにおらず、人目を憚る際にはピッタリの隠れ家的喫茶店なのである。姉さんお気に入り。


「すみません、アイスコーヒーひとつ」

「かしこまりました」


 適当に注文しながら、僕は南沢を待つ。店内は予想通り客が少なく、僕の他には会社帰りのサラリーマンや、私服の男がちらほらいるくらいである。採算は取れているのだろうか。

 時計を見ると、時刻は六時一分前。南沢と待ち合わせしている時間は六時なので、そろそろだろう。僕は時計をじっと凝視して、六時になるのを待つ。

 五十五秒。五十六秒。五十七秒。五十八秒。五十九秒。六十秒。

 秒針がてっぺんを向いたその時、カランコロンという音が店に響いた。


「や、鶴来」

「よぉ、南沢」


 六時ぴったりに南沢は喫茶店に現れた。

 南沢は時間にかなり正確で、待ち合わせをすればその時間ぴったりに現れる。それどころか毎朝の登校だってHRが始まるまさにその時に教室に現れるのだから驚きだ。最早超能力の一種ではないかと僕は思っている。

 昔、南沢にその事を聞いてみた。すると彼女は「超能力ってより、奇跡みたいなもんよ」と言った。「私が望む事は、全部叶うの」と。

 僕はそれを信じていないし、それでは聖人だろう。


「いやー、悪いねこんな時間に集合で」

「気にしてないよ」

「しかし外は暑いね。鶴来も長袖止めて半袖にすればいいのに。いっつも長袖じゃん」

「宗教上の理由で、半袖禁止なんだよ」

「その宗教、北極にでもあるの?」


 南沢はシャツの首元をはためかせながら僕の前に座る。シャツの隙間から胸元が見えるけれど、南沢には気にした様子はない。時間には神経質なほど気にするのに、そういった周りの視線は驚くほど気にしない。あるいはそれは、僕を信用してくれているという事だろうか。

 そう言えば、僕の周りの女の子は気にしない人が多い。姉さんは家族だから除外しても、兎川先輩、西園寺先輩、皆月先輩、そして南沢。みんな距離感が近いように思う。

 僕が男として意識されていないのだろうか。傍観者である僕の視線を気にする人はいないのだろう。ちょっと傷つく。


 席についた南沢は、店員さんにアイスティーを注文する。

 アイスティーが来るのをしばらく待ってから、南沢は本題を切り出した。


「えっとさ、鶴来。まず報告が遅れて申し訳ないんだけど」

「報告? 遅れるって、今日報告する予定だったじゃないか。むしろ早いくらいだよ」

「いやまあ、報告っていうか、隠してたって言うか……」

「隠してた?」

「ごめん、鶴来。


 その言葉に僕は強いショックに受けた。最もそれは、南沢が僕に樹村先輩の事を隠していた事実であって、南沢がなぜか知っていた事にでは無い。むしろ南沢が樹村先輩の事を知っていたのは、すんなり腑に落ちた。

 南沢は、兎川先輩ほどではないが友達の多いタイプだ。あるいは、先輩あたりから聞いていてもおかしくない。


 そもそも自分の学校の学生が死ぬような事件があったら、大なり小なりその事をしていても可笑しくない。南沢でなくても、樹村先輩の事を知っている人は多いだろう。

 僕の耳に入らなかったのは、友達が少ないからだろうか。……言ってて悲しくなるが、もうそれは諦めている。あんなにも個性的な人間が勢ぞろいしている部活の一員ってだけで、クラスメイトからは遠巻きに見られているのだ。僕を、あの人達と一緒にして貰っても困る。

 僕は普通の高校生だというのに。周りがすごいといだけなのに。

 普通どころか、非力なただの傍観者でしかないというのに。

 

「でもさ、なんで言ってくれなかったのさ」


 僕が南沢にそう問いかけると、渋い顔で答える。


「その、樹村先輩が『超研部』の人だったっての、知らなくてさ。去年死んだ先輩がいたってくらいで。それに何というか、あんまりみんなその事を話したがらないんだよね」

「話したがらない?」

「そうそう」


 南沢は一旦アイスティーのストローに口をつけ、中身を一気に吸い上げる。豪快な飲み方だ。


「樹村先輩の件は去年の事だったからさ。先輩たちに聞いたら、大概の人が知っていたよ。情報に差はあっても。ただ皆喋りたがらないんだよ。緘口令が敷かれてるんじゃないかってくらい」

「って事は、よっぽどショッキングな出来事だったって事か」

「あるいは、口止めされてるとか。実際さ、鶴来はどこまで知っているの? その、樹村先輩について」

「去年まで『超研部』に所属していて、去年死んだって事くらい」


 この時の僕は、正直これ以上の会話はしたく無い気持ちで一杯だった。罪悪感と、後悔。それに得体のしれない恐怖があった。

 僕は、余計な事に首を突っ込んでいるのではないか。何か、踏み込んではいけない領域に足を踏み込んでいるのではないか。そんな考えが頭をよぎる。


 ただだからと言って、ここで南沢から話を聞かずに、はいさよならとお別れする訳にもいかない。既に首を突っ込んでいる訳だし、それに南沢がせっかく調べてくれたんだ。話を聞くだけ聞いた方がいいと思う。

 そんな僕の心境なぞ素知らぬ顔で、南沢は調べた事を報告してくれた。


「実際、そんなに大した情報は手に入らなかったよ。とりあえず調べられた範囲で話すけど」

「それで充分だよ。ありがとう、南沢」

「まだお礼を言うのは早いって。えっとそれで、樹村先輩だけどさ。去年死んだのは間違いないよ。それで死因だけど」


 南沢は平然と、まるで歴史上の人間について言うかのように淡々と「だったって」と言った。




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