鶴来空 +14日(3)
「君がお姉さんの殺害現場から隠した凶器、返してくれないかな?」
僕は何も答えない。
ただ、床に置いてあったスクールバッグを机の上に出して、その中身をまさぐった。
もしかしたら、こんな事になるんじゃないか。万が一の可能性を考慮して持ってきたものだったけど、本当に使う事になるとは思わなかった。
お目当てのものは、すぐに見つかる。僕がスクールバッグから取り出したのは、大きなビニール袋だ。半透明なビニール袋は口が縛られてあって、中身が何か見えない。もっともその中身だって新聞紙にくるまれているから、ビニール袋が透明だろうが半透明だろうが、どっちにしろ中身は見えないけれど。
「それが凶器かい?」
僕が右手に持っているビニール袋を指さして、過馬さんは言った。
僕はうなずいて、ビニール袋を破いた。新聞紙を一枚一枚はがすと、中身が出てくる。
鉄の匂いがした気がした。洗ったはずなのに、こびりついているのだろうか。あるいは、精神的にそう感じるだけなのかもしれない。
新聞紙の中から出てきたのは、奇妙な形をした、大きなナイフだった。
「兎川先輩が持ってきたんですよ。オカルトグッズだと思うんですけど、意外と切れ味が鋭くて」
こんなものが部室に放置されていたのだから、『超研部』おそるべしと言った所か。もっと危険なものが転がっている可能性も高い。
姉さんが死ぬ前に、部室で見つけたものだ。それが姉さんを殺す凶器になるなんて、あの時の僕は想像もしていなかった。
「これが、鶴来さんの遺体の傍にあったんだね」
「ええ、あの朝姉さんの死体を見つけた時、拾いました」
姉さんの死体を見つけたあの時、僕は姉さんの死体に駆けよった。それはあの場にあった凶器を隠すためだった。
結果として姉さんの周りを荒らす事になってしまったけれど、それは姉の死体を見つけた時の焦りって事で何とか誤魔化せた。
実際あの時は大変だった。短い時間で電気ポッドの血痕を拭いて、兎川先輩に連絡を取らなくてはいけなかったら。
「でも、なんで過馬さんは僕のやった事が分かったんですか」
警察の見解はさっき教えてくれた。つまりそれは、警察は真相に到達していないという事だ。
なのになんで、過馬さんは気づいたんだ? そしてなんで、それを僕だけに言うのか?
あふれ出る疑問を短くまとめて伝えたけれど、過馬さんはにっこりと微笑むだけだった。あるいはそれは、嘲笑なのかもしれない。
「いや、俺としてもあんまり確証があった訳じゃないんだけどさあ」
そして過馬さんは、自分の推理を披露し始めた。
「そもそも、最初は小さな疑問だったんだよねえ。西園寺さんが兎川さんを殺した時、彼女はこう言っていたんだ。『教えてもらった』ってねえ。つまり彼女は、二人が鶴来さんを殺した事実に、自分でたどり着いた訳では無かったんだ。誰かに教えてもらって、ようやく気付いたんだ。そういう事らしい」
「……」
「事件の真相をつかんでいた誰かが、西園寺さんをコントロールした。事件について教えて、西園寺さんが皆月さんや兎川さんを殺すように仕向けた。そう考える事は、難しい事じゃあ無かったねえ。問題は、それが誰かって話になるんだけどさあ」
「事件の犯人である、皆月先輩や兎川先輩じゃないんですか」
「事件の真相を一番知っているからって事かい? でもそう仮定すると、犯人は自分で言っておいて殺されているって話になる。それはありえないだろう」
「ありえない事もないでしょう。たまたまの事故だったとか、本人もそうなるとは思ってなかったとか」
「それよりも、犯行に加担していない風を装った人間が、鶴来玲さんを殺した犯人の事を、西園寺さんに言ったって考えた方がそれらしい」
「……」
「事件の真相を、というよりも事件の全貌そのものを知っていて違和感が無く、西園寺さんと近しい人間。それは消去法で、君しかいないのさ」
「……でも、本当にそうですかね」
意味のない事と分かっていても、つい僕は反論してしまう。
「別に僕だけって限らないじゃないですか。あるいは他に真犯人がいて、その人間が兎川先輩や皆月先輩に罪を着せたとか」
「役者は他にはいないだろう。『超研部』の関係者で、事件の真相を掴んでいるであろう人間。それは君しかいない。それに君だったら、西園寺さんも耳を貸すだろうしねえ。なにせ、依存相手の鶴来玲さんの弟だ。仇を取ってほしいとか言えば、彼女は動いたかもしれない。そんな所だろう?」
「……」
「じゃあ、なんで君が事件の真相を知っていたかって話になるけれど」
ああ、そうだ。姉さんが死んだあの日。姉さんの死体を見つけたあの時。
僕はその時、真相に気づいたんだ。
そして僕は――するべき事をしたんだ。
「君は共犯者だったんだ。犯行に加担していたんだよ」
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「おそらく、お姉さんを殺した人間を庇っていたってところかねえ」
淡々と、何事もないかのように話を進めていく。
飄々とした過馬さんからは、いったい何を考えているのかが掴みにくい。結果として、この人の次の言動が読めず、この人はすべてを知っているんだろうという事だけを思い知らされる。だからこそ、こちらは言い難い不安感に襲われる。
きっとこれが、この人の刑事としての腕前なんだろう。
「そう考えると、部室の扉に鍵がかかっていなかった理由も何となくわかる。いくら下校時刻で人が少ないと言えども、部屋の鍵をかけないなんて事あり得るのかなってね。普段ならまだしも、人を殺した後だ。遺体が誰かに発見されるかもしれない。そんな状況で不用心すぎるよねえ。それよりは君が嘘をついて、かかっていた鍵をかかっていなかったって事にした方が理にかなっているよ」
「……」
「あの朝、君は朝早くに学校に来ていた。それは第一発見者になるためなんだろう? じゃなきゃ、わざわざ朝早くに学校に来る理由があるとは思えないんだよねえ。ましてや、禄に活動していない『超研部』になんて、来るとは思えない」
「……そこだけは、間違ってますよ」
別に僕は、姉さんが知っていると分かっていながら学校に朝早く来たわけではない。兎川先輩がもしかしたら姉さんを殺したんじゃないか、そんな予感がしたからこそ、朝早く学校に行って、部室の確認をしたんだ。
そしてその嫌な予感は、的中したわけだけど。
「あの日、僕は姉さんが死んでいたなんて知らなかったんです。本当は、兎川先輩が第一発見者を装う予定だったんだと思います」
「ああ、彼女も朝早く来ていたんだもんね」
「だからこそ、部室の鍵はかかっていたんです」
鍵は掛けた方が安心するのは当然だ。中に死体が入っている部屋に鍵を掛けないのは、いくら何でもリスキーだろう。
でもだからと言って、鍵がかかっていては密室になるのも事実だ。そしてそれは、『超研部』の中に犯人がいる事を示してしまう。
実際は鍵をかけても、鍵はかかっていなかった事にした方がいい。
だからこそ兎川先輩は第一発見者になろうとして、僕と同じように朝早く学校に来ていたのだ。結果として僕が第一発見者になってしまったものの、鍵がかかっていないと証言した事で事なきを得たわけだけど。
「つまり、鍵がかかっていなかったって君の証言はでたらめで、本当は鍵がかかっていたんだね」
「だって、そう言わないと『超研部』である僕達が犯人になるじゃないですか」
「実際にそうだろう?」
「……」
「さて、そう考えると、今までの前提はひっくり返る。君が共犯者である以上、君の証言はでたらめでしかない。すると、兎川さんと皆月さんの共犯関係はなくても事件は成立する」
「つまり、過馬さんはこう言いたいんでしょう」
僕は、ゆっくりと口を開く。
「僕と兎川先輩が共犯だったと」
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