鶴来空 +14日(4)
「僕と兎川先輩が共犯だったと」
僕がそう言うと、過馬さんはにやりと笑う。僕が自分から共犯関係に触れた事が面白いのか、あるいは別の理由か。
「そう、君と兎川さんが共犯だとすれば、事件は単純化する。鶴来さんが死んだあの日、兎川さんは部室に寄っている。君はその立ち寄った時間を、一分もかからなかったって言っていたよね」
「ええ、そういいました」
「でも、実際は違っていた。本当は、もっと時間がかかったんじゃないのかい?」
部室棟の前で、兎川先輩を待っていたあの時。僕はしばらくぼーっと待っていた。
時計を見ていたわけじゃないから具体的な時間はわからないけれど、確かあの時は十分とか十五分くらい待っていたんだっけな。
「具体的にどれくらい時間がかかったかは知らないけれど。ある程度時間があれば、人を殺すのは簡単な事だ。つまり、兎川さんが鶴来さんと出会っていたと証言したあの時、兎川さんは鶴来さんを殺していたんだ。早業殺人というやつだね」
「……」
「案外、突発的な犯行だったのかもね。手元にある電気ポッドで殴って、部室にあったナイフで殺害した。凶器も放置して、部室に鍵だけかけて、君と一緒に帰った。そんなところだろうね」
「……本人が言ってましたよ。樹村先輩の事を問いただしたら、知らぬふりをされた。ついかっとなって電気ポッドで殴って、その後ナイフで殺したって。実際、血のついた電気ポッドとかは、放置されていましたからね。翌朝に、僕が処理したんですよ」
姉さんの死体を見つけた後。
僕はなるべく証拠を隠そうとしたわけだ。あからさまな凶器を隠したり拭いたりして、だからあの時、兎川先輩に連絡するまで時間がかかった。
「その日の朝に兎川先輩に連絡して、口裏を合わせてもらうようにしたんですよ。共犯関係っていうなら、その時に初めて成立したんだと思います」
「だと思っていたよ。死体を発見して先輩に電話するなんて、いくら何でも不自然だ」
「通話履歴は辿れますから。嘘ついてもしょうがないと思ったんですよ」
「そして、結果として君たちは犯行を隠した」
過馬さんは二杯目の紅茶を飲む。僕もいい加減喉が渇いたので、つられるようにして自分の紅茶を飲む。
味はよくわからない。緊張のせいだろうか。
「後は、君が西園寺さんに事件の事を伝えて、皆月さんと兎川さんを殺してもらった」
「……僕が嘘をついたって事ですか」
「ああ、そうだ。君は、嘘をついて西園寺さんを騙したんだ。少なくとも俺はそう思っているよ。だって君は、凶器という分かりやすい証拠を持っているんだから、説得力は増えるはずだ」
「……」
「大方、『凶器が部室に落ちていて、思わず拾ってしまった。このナイフを知っているのは部員しかいない。そう考えると、犯人は兎川先輩と皆月先輩しかありえない』とか、そんなことを言ったんじゃないかい」
「……僕は、別に皆月先輩や兎川先輩を殺してもらうつもりはありませんでしたよ。別に西園寺先輩に嘘をついてもいません。ただ僕は、西園寺先輩に聞かれたんですよ。樹村先輩を殺したのが姉さんだって、他の人に言ってないかって」
「……それは、どういう意味だい」
「そのままですよ」
樹村先輩の死の真相に気づいた時、僕はその真相をノートに残した。
あれにはしっかり意味があった。誰かに見せるという、大切な意味が。
「そもそも僕は、樹村先輩を殺したのが姉さんだって『超研部』の人たちに言っていたので。兎川先輩に言って、その後に姉さんに言いました。皆月先輩や西園寺先輩に伝えたのは、姉さんが死んだあとですけどね」
「……驚いた。まさか君も知っていたとはね」
君も知っていた? つまりそれは、過馬さんの方でもその真相には気づいていたという事か。
そんな素振りを見せていなかったから、てっきり気づいてはいなかったのだと思っていたけれど。
「つまり、君がそうやって兎川さんに、樹村さんを殺したのが鶴来さんだって言ったからこそ、兎川さんは鶴来さんを殺したんだ。それは、君の所為だって言い換えてもいいだろう」
「……どうでしょうかね。僕が言わなくても兎川先輩は姉さんを疑っていたと思いますし。案外そのうち――」
そのうち殺していたんじゃないですかね。
そう言おうとして、僕は口を噤んだ。それは、鶴来さんの表情が怖いと思ったからだ。ぱっと見では気づかない違い。でも確かに、過馬さんは僕に対して怒っていたように思えた。
そんな表情には気づかないように、僕は話を続ける。
「――だから僕は、姉さんが死んだとき、兎川先輩が殺したんだってすぐに気づいたんですよ。あの時の時点で、知っている人間は兎川先輩しかいませんでしたから。その後西園寺先輩は、姉さんが殺されたのは樹村先輩の仇討ちが原因だと思い込んだ。それで僕に聞いたんですよ」
「……君は、正直に言ったんだね」
「ええ。皆月先輩と兎川先輩に言ったと、そう言いました。それで西園寺先輩は、二人が共犯だと思い込んだんでしょうね。いや、まさか僕も、西園寺先輩が二人を殺すとは思ってませんでしたよ。そうと分かっていれば、不用意な事は言わなかったんですけど」
「本当にそう思っているのかい?」
「もちろん」
本当に、兎川先輩や皆月先輩には死んでほしくはなかった。
兎川先輩は姉さんを殺してくれたんだし、皆月先輩なんて無関係だ。でもあの時の僕は、西園寺先輩のあの雰囲気に気圧されてしまった。
怖かった。大事な人間を殺された人間の放つ恨みの感情が。
いや恐怖の理由はそれだけじゃない。あそこまで恨むほど姉さんの事が大切だったというその気持ちが、僕には理解できなかったんだ。理解できないものは、恐怖の対象だ。
「でも僕は、こう思ってもいるんですよ。僕が何か言ったところで、あるいは言わなかったところで、この事件の結末はそう対して変わらなかったんじゃないかって」
「……」
「一見仲良しな部活に見えますけど。結構亀裂が走っていたと思いますよ。正直僕がいてもいなくても、誰かが誰かを殺して、また殺し返して。そんな事は起こっても不思議じゃなかった」
僕がやったことは、情報を伝えただけだ。
真相を知って、その上で殺人という行動を行ったのは彼女たち自身の事なのだから、そこに僕は関与していない。あくまでも彼女たちは、自分の選択で人を殺した。
きっと僕がいても、姉さんが樹村先輩を殺していた以上、いつかその仇を討たれていただろう。そしてその仇を討とうと、西園寺先輩は人を殺しただろう。
結局のところ、僕の役割なんて狂言回し。物語を加速させるための役割であって、誰でもよかった役割なのだ。
いや、狂言回しですら役者不足だろう。あるいはただの、モブでしかない。傍観者でしかないのだ。
「『輝くものが、全て金ではない』、だねえ」
「なんですかそれ」
「ことわざだよ。物事は見た目では判断できないって意味のね」
過馬さんの言いたい事は分かる。
『超研部』の先輩たちは、みんな光り輝く人たちで。傍から見たら、眩しい存在に見えるのだろう。当然だ。彼女たちには『力』があったのだから。『財力』、『権力』、『知力』、あるいは『暴力』。
だが実態は違っていた。あまりにも脆く、汚く、醜く、弱く、そして人間的だった。
だからこそ、罪を犯した。
「……皆、人を殺す理由を持ってた」
それは、動機と言ってもいいのかもしれない。
「彼女たちの動機が、事件を引き起こしたんですよ」
「だけど君の動機も、事件を引き起こしたんだから」
過馬さんは紅茶を飲み干して、カップを乱暴においた。その体制のまま、僕の目をじっと見てくる。
綺麗な瞳だった。宝石のようだと思った。
「俺は、どうしてもそこが分からなかった」
ぽつりと、喋り始める。
「一体どうして、君は兎川さんを庇ったんだい? どうして君は、自分のお姉さんの犯した罪を隠しておかなかったんだい?」
「……」
「なあ、もしかして君は、自分のお姉さんの事を――」
「それ以上言わないでください」
ばっさりと、切り捨てるように僕は告げる。
その言葉の続きを、誰かに言ってほしくはなかった。
「……おっしゃりたい事で、大体合ってますよ。過馬さん、僕は」
僕は、自分の長袖をまくる。夏でも僕は、ずっと長袖を貫いていた。それは、そうせざるを得ないからだ。
そうじゃないと隠せないから。
「――それは」
過馬さんは、あらわになった僕の右手を見て、息をのんだ。
赤と青、『暴力』の痕で彩られた僕の腕を。
「僕は、姉さんが憎かったんですよ」
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