氷上雹珂 +0日(4)
「――兎川雨鷺です」
私の目の前で彼女――兎川さんはそう言った。
空君への事情聴取を終えた後、今度は兎川さんへの事情聴取を開始する事になった。事件の目撃者であり、鶴来玲さんを最後に目撃した可能性が高いであろう彼女の証言は重要だ。何よりも彼女は『超研部』の部長でもある。つまり、容疑者候補でもなのだ。
「私は氷上と言います。兎川さんには、今朝や昨日の事を教えてほしんだけど、いいかしら」
「……はい」
目の前に座る兎川さんの顔や全身を、間近で眺める。
こうしてみると、本当に美人だ。おそらく地毛なのだろう、美しいその金髪は、日本人離れした顔立ちに調和しているし、体つきだって高校二年生とは思えない。名前は純粋な日本人のようだけど、おそらくハーフかクォーターなのだろう。
過馬さんも美形だが、彼女はそれ以上だ。
気を抜くと、そのまま間抜けにぼーっと眺めてしまいそうになる。いけない、いけない。刑事として、あまりにも油断しきっている。
自分の首を振って気を取り直し、私は本題を切り出す。
「えっと、兎川さんに色々と聞きたい事があるの。協力してもらえるかな」
「……私に話せる事があればー」
私の問いかけに、兎川さんは呟くように、間延びした返事をする。声色からも顔色からも、生気というものを感じさせない。
友達の死がショックなのだろう。今にも泣きだしそうな、それでいて何かに対し恐怖しているような、そんな表情を浮かべていた。不安そうに、右手で肩を抱いている。
質問するのが酷に見えるが、刑事として手を抜くことはありえない。それに、彼女が犯人という可能性だって、十二分にあり得るのだ。厳しく詰問するくらいの心持で臨まなくては。
「じゃあ時系列順で聞かせてもらえるかしら。まず、昨日の事をまず聞きたいんだけど。昨日の放課後、授業が終わってからのあなたの行動を教えてほしい」
「……授業が終わったら、私はそのまま『超研部』の部室に向かいましたー。曜と一緒でした」
「曜というのは?」
「えっと、皆月曜です。同じクラスで、『超研部』の所属です」
新しく出てきた皆月曜さん。彼女からも話を聞く必要がある。
「それで、部活に顔を出してー。普段、特にこれといった行動はしていないので、
「『超研部』には誰が来たのかしら」
「私と曜が来た時、部室にいたのは舞花と――玲でした」
そこで彼女は言葉を詰まらせる。
「――それで、私は途中で切り上げて、図書室に行きましたー。そこで空君と、あと南沢ちゃんに会いました」
「時間は、いつなの?」
「部室を出たのが、確か五時半とかです。図書室に着いたのは、すみません分かりません」
空君の証言では、兎川さんが図書室に来たのが五時半過ぎとの事なので、二人の証言は一致する。
そしてその後、図書室での行動と帰宅した時の話も、空君の証言と一致した。ただ興味深かったのは、彼女が部室に忘れ物を取りに行ったときの話だ。
「私が部室に入ると、中には玲がいました」
「彼女はその時、何をしていたの?」
「……本を読んでいました。私は二、三言だけ言葉を交わして、部室を出ていきました」
「忘れ物っていうのは何?」
「傘です」
「雨は降ってなかったよね」
「ずいぶんと前に忘れたものなのでー。大事な傘なんです」
「なるほどね。ちなみに部室を出ていくときに、鍵はかけてないよね」
「……玲が中にいるのに、かける訳ないじゃないですか」
これで鶴来玲さんの、生前の行動がかなり絞られた。七時過ぎ、その時間まで彼女は生きていたことになる。これはかなり有力な情報だ。
「ちょっと話を戻すけど。最初に部室に入ってから図書館に出かけたとき、他の人たちはどうしていたの?」
「舞花は顔だけ出してすぐに帰りました。確かそれが、四時四十分くらいの事です。私が部屋を出ていくとき、曜はまだ中にいました」
「鶴来玲さんも、ってことね」
「……はい、そうですー。私が忘れ物を取りに行ったときにはいなかったので、どこかのタイミングで帰ったんだと思います」
今までの話をまとめると、兎川さんが最後に鶴来玲さんを目撃した人間で、そしてその時の彼女にはアリバイが存在するということだろう。
何せその時の彼女は、ほんの一分程度しか滞在していない。それでは殺人を行うのは不可能だろう。
その後質問したのは、今朝の彼女の行動だった。その内容も、空君の証言した内容と一致した。
彼女曰く。
駅で電車を待っている時に、空君から電話を貰った。如何せん分かりにくかったけれど、何か深刻な事情のようだったので、急いで学校に向かった。そして部室に向かうと、先生と空君がいるのを見つけた。先生に静止されたけど、事件のあらましを知っている事を告げたら先生が動揺して、その隙に部室の中へと入った。
そして、遺体を発見した。
まとめてしまえば、そんな所だった。
「それじゃあ、最後の質問なんだけど。その、鶴来玲さんが殺される理由とか、そういうのに心当たりはない?」
「……」
兎川さんは何も喋らず、下を向いてしまう。気まずい沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは、兎川さんの方だった。
「……玲は、恨まれる人間じゃないです」
「ええ、それは分かってるわ」
それきり、兎川さんは何も喋らなくなってしまい、結局、兎川さんへの事情聴取はそれで終了した。
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