氷上雹珂 +0日(5)



「それで、どうたった?」


 ……あまりにも呑気なその問いかけに、思わずぶん殴ってしまいたくなる。しかし上司を殴るの問題なので、ぐっとこらえて我慢する。

 二人への事情調査が終わった後。東上先生にも話を聞いた。とは言っても、事件当日や前日の事は、彼の口からは特に語られなかった。なにせ『超研部』の顧問というのも肩書だけで、実際は少しも関与していないそうだ。

 ただ、重要な証言が一つだけあった。


「『超研部』の鍵ですか? あれは、私も持っていないんです。彼女たちが無理矢理つけたようなものでして。おかげで顧問どころか、警備員の人も持っていないんです。だから、普段から見回りもできない状況でした」


 という訳で、『超研部』に入れるのは部員の五名だけという事が分かった。 

 そして一通りの捜査も終わり、私と過馬さんは警察署に帰って来た。会議室を借りて、資料をテーブルに並べながら、二人で事件について話し合う。


 とりあえず、被害者の死亡推定時刻が出た。昨日の午後五時から七時半過ぎとの事で、兎川さんの証言と合わせると七時過ぎから七時半過ぎが彼女が殺害された時刻という事になる。

 また、部室からは、部員以外の指紋は検出されなかった。鈍器と見られる電気ポッドの指紋はふき取られていて、誰の指紋も検出されなかった。

 とりあえず、必要最低限の情報を手に入れた訳だ。


「ふむふむ、なるほどね」


 そして生徒たち――『超研部』の面々から聞いた事を、そのまま過馬さんに伝えると、過馬さんはしたり顔でうなずく。


「纏めると、兎川さんが鶴来玲さんを最後に見かけた人ってわけだね。そしてそれ以降、他の『超研部』のメンバーにはアリバイが存在すると」

「ええ、そして兎川さんは空君と一緒にいたので、彼女に犯行は不可能です」

「部室の鍵は、結局誰が持っていたんだい?」

「兎川さんに聞いた話では、鍵は部員全員が持っていたらしいです」


 兎川さんに見せてもらった鍵は、鶴来玲さんの遺体から発見されたものと一致した。


「しかも、顧問の先生や警備の人も、その鍵を持っていないらしんですよ」

「ふぅん。ま、あそこの部室には西園寺のお嬢ちゃんがいるんだから。それくらいの我が儘は通ったんじゃないの?」

「え?」

「なんだ氷上ちゃん、知らなかったの? 部員の一人である西園寺舞花さんは、西園寺家のお嬢さんだよ」

「ちゃんは止めてください、セクハラです。西園寺さんって、あの西園寺家の?」


 西園寺家。この町に住んでいる人間ならば、その名前を聞いて思い浮かべる家はたった一つだろう。

 西園寺家は日本でも有数の資産家で、平たく言えばこの町の高額納税者だ。知らなかった、その娘さんが部員にいたなんて。


「あの部室の豪華絢爛ぶりも、あの子がお金を出したんだろうねえ」

「はあ、確かに普通の学校にしてはやけに豪華な部室だとは思っていましたけど」

「ま、そこはどうでもいいや。それで、鍵は部員の五人しか持っていないんだよねえ」


 そこで過馬さんは無理矢理に話を元の流れに戻した。用意した缶コーヒーをぐいっと飲みこむ。


「とは言っても、その鍵は問題じゃないんだけど」

「遺体発見時、部室は施錠されていませんからね」

「しかも兎川さんは、鍵をかけずに部室を出たと」

「入るのも出ていくのも、鍵はいらない訳ですか」


 現実はミステリじゃない。密室なんてそうそう簡単には出てこない。だからこの場合、問題なのはアリバイの方なのかもしれないけど。


「『超研部』の他の人たちにも、話を聞く必要があるねえ」

「そうですね。鶴来玲さんに会っている以上、彼女たちも無関係とは言えません」


 部員が容疑者である以上、彼女たちのアリバイを聞く必要がある。たとえ西園寺家のお嬢さんだとしても、遠慮はしない。


「ただ、今日は止めといた方がいい。友達が亡くなってショックだろうし」

「そうですね。明日にでも話を聞きに行った方がいいかもしれません」


 この時の私は、完全に『超研部』の人間を疑っていた。


「『超研部』の関与を、調べなくては」


 その考えが木っ端みじんに打ち砕かれるのは――『超研部』の彼女たちに確固たるアリバイが存在するのを知るのは、明日の事である。



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