鶴来空は、姉の秘密を垣間見る

鶴来空 -6日(1)



 次の日。

 土曜日になり、翆玲高校に人気は少ない。白球を追いかける球児とかはいるけども。

 校門をくぐると、運動部が校庭で練習をしている。一際大きい声を出すのは野球部で、威勢のいい掛け声が学校の外まで響いている。そんな声を後目に、僕は真っすぐ部室棟へ向かう。

 我が校の部室棟は、校舎と同じような造りをしていて、入口は施錠できるようにしてある。今日は休みだけど、幸いにも入口の鍵は開いていた。休みと言えども活動している部活は多いのだから(文化系体育会系限らず)、当然の話ではあるけど。

 『超研部』の部室に向かい鍵を開ける。この鍵は西園寺先輩が金に物を言わせて特注させた特別製で、正直かなり浮いているくらいしっかりとした鍵になっている。窓の錠も特別製だ。

 金持ち、おそるべし。

 というか学校は怒らないのだろうか。


「さて、と」


 昨日の話し合いの結果、樹村先輩の死について、南沢に協力してもらえる事になった。

 しかし、現時点で彼女にしてもらえる事はないし、僕に出来る事もない。ただ、何もしないのも時間の無駄だ。

 なので思いついたのが、とりあえず部室を漁るという行為だった。

 女だらけの我が『超研部』では、私物も当然女子のものが多くなる。それを漁るなんて、なんだか後ろめたい気持ちが溢れてくるけど、しかし僕にだって目的がある。

 かつて『超研部』に所属していた樹村先輩。彼女の私物があれば、何等かのきっかけになる。そう考えたのだ。

 仮に怒られたとしても、部室に変なものを置いている人間が悪い。内心で、そんな言い訳をする。


 実際に物品を漁ると、部室の棚には色んなものが乱雑に置いてある。そこから、適当に段ボール箱を引っ張り出す。

 そう言えば、この前も整理のために棚をいじくったっけ。そう考えると、この棚に何かを置いてある可能性は低いのかもしれない。

 そしてその嫌な予感は完璧に的中してしまった。


「……はあ」


 整理を始めて二時間が経ったけれど、禄なものが出てこない。

 UMAの置物、参考書、ダンベル、やけに高そうな食器、儀式用ナイフ、グローブ、英英辞書、小さな壺などなど……。完璧にどれが誰のか分かりやすい物品の数々が続々と出てくる。しかしそれらは使わないものだし、樹村先輩の事件の手がかりにはなりそうもない。

 そして案の定、樹村先輩の私物は一つも出てこなかった。


「時間の無駄だったな、これ」

 

 嘆いていても、使った時間は戻らないけど。

 僕は疲れた体を休めるために、お茶を淹れる事にした。西園寺先輩が持ってきた高い茶葉を勝手に拝借して、これまた高いティーポッドを使って適当に淹れる。高い茶葉と食器の無駄遣いだけど、まあ別にいいだろ。気にしない、気にしない。

 淹れ終えた紅茶は、西園寺先輩が淹れてくれるものに比べると美味しくないけれど、まあ素人が淹れたらこんなもんだろと無理矢理納得して、僕は椅子に座った。


 常日頃、僕は長袖で過ごしているので、今日みたいな暑い日はとても堪える。なので紅茶をコップに移し、氷を溢れんばかりにいっぱい入れてアイスティーにした。それを一口飲む。僕は椅子にゆったりと腰かけて、全身の力を抜く。

 しっかしまあ、今までの二時間は無駄だった。失った時間の大きさと、対価に何も得られなかった事実に、思わず愚痴がこぼれる。


「僕は一体何をしていたんだろうか」

「何をしていたんですか?」

「――って、うわっ!?」


 いつの間にか僕の横から西園寺先輩が顔をのぞかせていた。不意打ち気味の登場に加え、顔の距離がかなり近くて僕は思わず飛び起きた。

 

「って、一体いつ来たんですか!?」

「普通にさっき来ましたが……。空君ったらぼーっとして、私に気付かないんですから。何事かと思ったんです」

「ああ、そっか。この部室の扉は音出ないんですもんね」


 まさか皆月先輩とやった事を、もう一度繰り返すとは思ってなかった。


「それで空君は、どうして部室にいるんですか? それにこの散らりようは一体……?」

「まあちょっと、調べものというか」

「いやらしい物は出てこないですよ」

「なんで皆発想が一緒なんですか!」

「だって玲が男子高校生はいや――」

「いやらしい物は持ってないです!」

「じゃあ、何を調べていたんですか」

「……この部活の成り立ちとか歴史」

「この部活去年できたばかりですよ」

「ま、いいじゃないですか、それは」


 僕は無理やり会話を終わらせる。西園寺先輩が訝し気に見てくるが、華麗に無視する。


「そういう西園寺先輩は、どうしてここに?」

「私はちょっと、忘れ物がありまして」


 と、そこで西園寺先輩は、眉をひそめた。なんだろう、やっぱりさっきのでは誤魔化せなかったのだろうか。


「……もしかして空君、恋歌ちゃんの事を調べているんですか?」

「……!」


 突然の西園寺先輩からの告白に、思わず動揺してしまう。

 まさか、樹村先輩の事を探っていた事まで、西園寺先輩に見抜かれてしまうとは。

 でもなんで。

 なんで西園寺先輩が、その事を知っているんだ?


「……誰が、そんな事でも言ってたんですか?」

「玲から聞きました。なんでも空君が恋歌ちゃんの自殺の件を調べていると」

「……」


 西園寺先輩は姉さんとかなり仲が良い(もはや依存していると言っても過言ではないくらい)から、僕がここで自己弁護した所で、西園寺先輩は聞く耳を持たないだろう。姉さんを信じるに違いない。

 むしろここは、正直に話した方がいいのかもしれない。そう僕は判断し、謝る事にした。


「……すみません、西園寺先輩」


 立ち上がった状態から、僕は西園寺先輩に頭を下げる。西園寺先輩は、忙しなく身体を動かして焦り始める。


「な、なんで謝るんですか?」

「……先輩たちの心情に配慮せず、勝手な真似をしました。先輩たちだって、昔の事件をほじくり返して欲しくないはずなのに」

「別に気にしてないからいいですよ。気になるのはしょうがないですから」


 それだけ言って、西園寺先輩は椅子に座る。僕が今まで座っていた椅子とは、机を挟んで反対側だ。

 

「それで、恋歌ちゃんの事をどれくらい調べたんですか?」


 手を机の上に出し、リラックスした姿勢を取りながら、西園寺先輩は柔らかな笑みを浮かべる。


「……僕の友達から聞きました。去年、樹村先輩が時計塔から自殺した事。そしてその死には、『超研部』の人間が関わっている可能性がある事。そんな話を聞きました」

「おおまかに言えば、合っています」


 そういって微笑む西園寺先輩は、いつもと違って見えた。

 普段の西園寺先輩は、もっとポヤポヤとかオドオドしていて、こんな事を言うのは失礼だけど、気が弱そうに見えていた。けれど今の西園寺先輩には、どこか余裕が感じられる。

 正直意外だ。『超研部』の人間にとって樹村先輩の事は一種の禁忌というか、触れられたくない部分だと思っていた。だからこうして話をすれば、少なからず西園寺先輩だって動揺すると思っていた。あるいは悲しんだり、怒ったり。

 けれど今の西園寺先輩は違う。何の動揺もしておらず、言ってしまえば普通に見える。

 だから、僕は思わず身構えてしまう。そんな僕の警戒心を知ってか知らずか、西園寺先輩は自ら樹村先輩の事について切り出した。


「恋歌ちゃんは確かに去年、そこの時計塔から自殺しました。屋上から飛び降りて、即死したって聞いてます」


 西園寺先輩は、昨日の皆月先輩と同じように、窓から外を見る。

 時計塔の屋上は三方向を壁に囲まれていて、ここからでもそれがしっかり確認できる。ただし時計盤は見えなくて、それが見えるのはグラウンドからだけだ。

 西園寺先輩が屋上を見る顔は、皆月先輩のそれとは違って見える。そこに過去を偲ぶ感情は見えず、何というか、過去の事を過去の事として割り切っている、そんな風に見えた。


「でもその原因は、決して私たちの所為じゃないですよ」

「でも」


 そんなの、分からないじゃないか。もしかしたら知らず知らずの内に、樹村先輩を傷つけていたかもしれないじゃないか。


「――そんな事、断言は」

「断言できますよ」


 切りつけるような鋭さで、西園寺先輩は断言した。


「私達と恋歌ちゃんは、仲良しでしたから。というよりも、恋歌ちゃんは皆と仲が良かったんです」

「あの、樹村先輩ってどんな人でしたか」

「魅力的な人でしたよ。ある意味じゃ雨鷺ちゃんよりも人気があって、なんというか、人を惹きつけるタイプでした」


 兎川先輩の人気は、我が校では一番人気と言っても過言ではない。そんな兎川先輩以上に人気があるなんて、にわかには信じがたい話だった。

 僕の知っている樹村先輩は、あの写真の中で無邪気にピースをする彼女だけだ。一体、樹村先輩はどんな人間だったのだろう。

 

「私たちも、彼女の事が好きでした」

「……」

「今でも正直信じられません。恋歌ちゃんが自殺したなんて、命を自ら落としたなんて、そんな理由、無い様にしか思えないのに」

「自殺の理由は、西園寺先輩も知らないですか」

「知らないです。気付きもしませんでした。せめて何か相談をしてくれてば良かったのにって、今でも思ってます」


 西園寺先輩は、話はこれでお終いと言わんばかりに何も喋らなくなる。僕もどうしていいのか分からなくって、部室には痛い沈黙が流れる。


「あの、西園寺先輩」


 樹村先輩の事を聞けるのは、これが最後のチャンスだろう。僕は一つだけ質問をぶつける。それは大した質問では無かったけれど、聞いておかなくてはいけないと思った。


「西園寺先輩は、樹村先輩の事をどう思ってましたか」

「……それはさっき言いましたけど」

「なんというか、先輩の主観的な評価が知りたいと思って」

「……そうですね」


 西園寺先輩は自嘲気味に少しだけ微笑んだ。


「嫌いじゃなかったですけど、正直少しだけ苦手でしたよ。少しだけですけど」


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