鶴来空 -6日(2)
西園寺先輩にもっと質問をぶつけていれば、他にも情報を手に入れられたかもしれない。だけど、あの雰囲気ではそれも憚れた。それに、あれ以上聞いても西園寺先輩は何も答えてくれなかっただろう。
僕は方向転換して、別の場所を調べる事にする。
部室で西園寺先輩に別れを告げ家に帰ると、姉さんは幸いにも出かけていて、家には僕一人だけだった。
僕は姉さんの部屋にこっそり忍び足で潜り込む。忍び足の必要は無いけど、それはまあ雰囲気作りという事で。
「さて、と」
僕の考えた、別の調べる場所というのは、ずばり姉さんの部屋だ。
ずばりというか、他に調べられる程心当たりのある場所もないから、必然的に姉さんの部屋を調べるしかないというものあるんだけど。
「とりあえず、クローゼットを調べようかな」
部室以上に、何か手がかりが出てくる可能性は低い。ただ何もしないのももどかしいし、それに姉さんの部屋ならある程度熟知しているので、部室よりは探索が楽だ。ついでに調べても損はないだろう。
実際、家探しにかかった時間は、部室を調べる時間の半分くらいで済んだ。
例えばクローゼットを調べれば、色々なものが発掘できた。だた、それらは樹村先輩の件とは関係ないものばかりだろう。
洋服、登山用具、下着、漫画、CD……。整理整頓をしない姉さんの部屋からは雑多なものがこれでもかと溢れているが、どれも大したものではない。
「クローゼットは外れかな」
とすると、この部屋にある収納スペースは、本棚とか机くらいなものか。
ただ、本棚は一目で何もない事が分かった。漫画と教科書、それと小説が漫然と置かれているだけだ。残るは机くらいだろうか。
僕は机の前に立ち、躊躇なく机の引き出しを開ける。幸いにも鍵はかかっていなかった。
机の引き出しはクローゼットと同じで、殆ど大したものは入ってなかった。シャーペンや消しゴム等の文房具、単語帳、クリップ、ノート……。
「……ん?」
ノートに違和感を覚える。そのノートは表紙に何も書いておらず、一冊だけポツンと引き出しの中に置いてあった。
なんだかおかしい。そのノートは、周りとは明らかに違うように見えた。なんというか、置き方が丁寧というか。ざっくばらんに言えば浮いていた。
ノートを開いて、パラパラとめくってみる。中身は真っ白なページが続いているだけで、新品同然にきれいなままだった。
「でもこれ、今年のじゃないよな」
ノートの表紙はデザインがおしゃれで、右下の方に小さくキャラクターが書いてある。確かこのノートは、海外の子供向けアニメのキャラとコラボして発売されたやつだったはず。僕は買ってないけど、本屋の文具コーナーで結構目についたから覚えていた。
そして、そのノートは去年しか売ってないはずだ。
去年買ったノートを、使わずに机の中に放置している。これはあきらかに不自然だ。
姉さんがこのキャラのファンだったら、ファングッズとして取ってある可能性もある。けど姉さんは、このキャラは別に好きじゃない。というか姉さんはそんな可愛らしい趣味じゃない。基本的に人を殴る事が趣味の人だ。
じゃあなんで、机の中にそんなものがあるんだ。
僕は不信に思って、もう一度ノートの中身を確かめる。
「……あ」
よく見るとそのノートには使った形跡があった。最初の一ページ目に、破られた形跡があった。
ノートへの違和感は余計に膨れ上がる。最初の一ページだけ破り取って、後は放置? しかもそれは去年のノートだ。
一体破り取られたページには何が書いてあったのか。それが分かれば話は早いが、しかし今となってはそれを知る術はない。切り取られたページに書かれていた事が何かなんて、知る由もない。
と、そこまで考えて、僕はある方法に気づいた。
僕は引き出しの中から、杜撰に置いてあった鉛筆を取り出す。そして破かれたページではなく次のページを、鉛筆を寝かせて黒く塗りつぶす。
「古典的って言うか、小学生じみた行為だけど、っと」
鉛筆の筆圧が高ければ、次のページまで圧がかかる。そのページを黒く塗れば、自然と文字が白く浮かび上がる。小学生の時によくやった記憶がある。
勿論失敗する確率の方が高かったが、姉さんの筆圧が高かったのが幸いした。僕は黒い背景の中から、辛うじて白い文字を読み取る事に成功する。
「えっと……?」
目を凝らして、ノートの文字をじっくりと検分する。
最初の方は残念ながら、読み取れる程文字はくっきり浮かび上がっていない。けれど後半はまだ辛うじて読める。
読めた文字は、以下の通りだった。
『明日の、放課後に、時計塔まで来てほしい』
つまり姉さんは、誰かを時計塔に呼び出した事があるという事だ。おそらく去年のどこかで。
そういえば、樹村先輩が自殺したのも時計塔で、それは去年の出来事だった。
「……え?」
繋がった二つの事実に、思わず僕は持っていた鉛筆を落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます