氷上雹珂は、聞き込みを続ける
氷上雹珂 +1日(1)
次の日。
土曜日になり、翆玲高校に人気は少ない。後始末に追われる先生方はいるけども。
普段ならば部活動に明け暮れる生徒がいてもおかしくはないが、今日はそれもいない。昨日の事件のせいで、今日は生徒の立ち入りが禁止になっているのだ。
校内で死者を出した翆玲高校は、臨時休校となった。鶴来玲さんが死んだ事は、生徒には休み明けに公表すると聞いた。ただ、もう噂話は広がっているだろう。
そして私が、翆玲高校に足を運んだ理由。それは、事情聴取の続きを行うためだった。
「こんにちは、西園寺舞花さん。私は氷上雹珂って言います。よろしくね」
「……」
目の前で座っている女の子は、びくびくと震えてしまっていた。友達が殺されて、しかも自分が事情聴取を受けるというは、誰だって怖いだろう。
ここは翆玲高校の一室、昨日事情聴取を行った進路指導室である。
事情聴取を行うにあたり、なぜ署内の取り調べ室を使わなかったか。それは過馬さんの提案によるものである。
「警察なんて行ったら、委縮しちゃうでしょ。なんの罪も犯してない一般生徒なんだから、最大限配慮しなきゃ」
と言った本人は、またしても私をほったらかしてどこかに行った。本当に、真面目に仕事をする気があるのだろうか。
彼の代わりと言ってはなんだけど、私だけは真面目に仕事をしなくては。目の前の西園寺さんに向き合う。
「えっと、西園寺さん……?」
「……」
私が呼びかけても、西園寺さんはずっと俯いている。視線を下げて、表情も青白い。
参った。これでは話を聞けない。
と思ったとき、
「あの、玲は、本当に死んだんですか!?」
西園寺さんは急に大声を上げて、そう聞いて来た。上げたその顔には、涙が溢れている。きっと西園寺さんにとって、鶴来玲さんの死はよっぽど堪えたのだろう。
さて、私はどう答えるべきか。
少し迷ってから、正直に話す事にした。
「……ええ。昨日の早朝に、遺体が発見されたわ」
「!!」
私の言葉にショックを受けたのか、目を見開いて驚愕する西園寺さん。そのまま気が抜けたようにうなだれてしまう。
「……そうですか」
てっきり取り乱すかと思ったが、意外な事に彼女は冷静だった。
彼女もきっと、この事態を予測していたのだろう。噂話で、鶴来玲さんの死を知り。しかもこうして警察に呼び出されている。
だから覚悟はしていたのかもしれない。
「玲が、死んだなんて」
「……鶴来玲さんは、誰かに殺されたみたいなの」
「……誰かって、誰ですか」
西園寺さんが、きつい視線を私に向けてくる。射殺すような、殺意のこもった恐ろしい目。
きっと彼女の中には、驚きを通り越して怒りが湧いているんだろう。ともすれば、鶴来玲さんを殺した人間を、殺してしまいそうな勢いだ。
「それを解明するのが、私達の仕事なの。だから西園寺さんには、知っている事を教えてほしい。それがきっと、犯人逮捕につながるから」
「……わかりました」
私がそう宥めると、西園寺さんも冷静さを取り戻した。前のめりだった姿勢を正して、姿勢よく座る。
こうしてみると、彼女が鶴来玲さんを殺したとは思えない。だがそれが演技の可能性だってある。
私は刑事として、彼女が犯人である可能性を考えなくてはいけないのだ。
「それじゃあ、一昨日のあなたの行動を教えてほしいんだけど」
「一昨日、ですか? 玲が死んだのは、昨日じゃあ……」
「一昨日に亡くなったみたいなの」
私は西園寺さんに、鶴来玲さんの死がどのようなものだったかを説明する。勿論すべてを明かすわけにはいかないけれど、最低限亡くなった時間くらいは教える必要がある。
「――だから、一昨日のあなたの行動によって、鶴来玲さんの行動が分かるかもしれない」
「……分かりました」
言葉をこぼすようにして、西園寺さんは語り始めた。
途中で言葉を詰まらせたりしながらだったけど、何とか聞き終えて。話をまとめると次のようになった。
西園寺さんは授業が終わった後、『超研部』の部室に顔を出した。そこにいたのは、鶴来玲さん、皆月曜さんの二人だった。その後兎川さんがやってきた。
西園寺さんはすぐに部室を出て、習い事のため学校を出て行った。何でも別の日に入っていた予定をズラした結果、その日になったらしい。
「同じ日に別の習い事が二つも入ってしまったので。その日は移動が大変でした」
「ちなみに、何で移動したの?」
「普通に車ですけど。運転手に学校まで来てもらって移動しました」
「……そう」
さすがはお嬢様、話のレベルが違うな。感心してしまう。
ちなみにその習い事もピアノと琴らしい。なんで西洋と東洋の楽器を一度に学ばなくてはいけないのか、私には理解できない。
それはさておき。話を纏めると。
「つまり西園寺さんは、殆ど学校にはいなかったって事ね」
「そうなります」
彼女は授業が終わってすぐに学校を出ていき、そして夜の八時まで習い事をしていたらしい。
裏を取る必要はあるが、もしそのスケジュール通りに行動していたら、学校に戻る事すら不可能だろう。これで彼女のアリバイは完璧という事になる。
しょうがない。アリバイが無いよりはある方が考えやすい。私は思考を切り替えて、次の質問をぶつけた。
「ありがとう、西園寺さん。最後に一つ、鶴来玲さんについてなんだけど」
「それって、私を疑っているって事ですか……?」
「違うから」
なんて卑屈なんだろうか。人生順風満帆なお嬢様とは思えない発言だ。
「その、鶴来玲さんが殺された理由について知りたいの。心当たりはある?」
「……それだったら、恋歌ちゃんの事かもしれないです」
「え? 恋歌ちゃん? 西園寺さん、それって一体……」
「去年まで『超研部』にいた人です」
私の言葉を遮るように、西園寺さんは真っすぐ私の眼を見てそう言った。さっきと同じ目だ。何かを憎んでいるような、そんな――。
「恋歌ちゃんは自殺しました。その原因が玲にあるなんて無責任な噂が流れてて。その噂を真に受けた人間が、玲を殺したんです」
「えっと、ちょっと待って。その恋歌って人が、自殺をしたの?」
「そうです。……私は、許せないんですよ」
ただでさえ話題に追いつけてないのに、重ねなれたその言葉で私の脳みそは付いていけない。
そんな私を放置して、西園寺さんは続ける。
「……玲を殺した人間を、私は憎みます」
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自殺したという、恋歌という生徒に関しては、こちらでも調べた方がいいだろう。彼女の死が鶴来玲さんの死に関係しているのなら、犯人も自ずと見えてくるかもしれないのだから。
しかし、今するべき事は事情聴取の続きだ。今日は、他にも話を聞かなくてはいけないのだから。
西園寺さんが教室を出て行って、次に入って来たのは小さい女の子だった。中学生か、あるいは小学生と見間違えてしまうような、まるで小動物を思わせるような小ささだった。
「……皆月。……曜です」
「私は氷上雹珂です。今日はよろしくね」
「……よろしくおねがいします」
うーん、またもやりにくい。冷静というより、控えめと言った方がいい雰囲気だ。感情が表に出ないタイプなのか、こちらを警戒しているのか、どっちだろうか。
こちらとしても、動揺されたり混乱されたりするよりは会話をスムーズに進められる。だが逆に、会話のテンポや主導権を掴みにくい。
どうやら『超研部』には、中々に変わった人間が多いようだ。そう思いながら、私は質問をぶつける。
「一昨日のあなたの行動について教えてほしいの。放課後、どんな事をしていたのかとか、玲さんをいつ見かけたとか」
「……はい」
その後の彼女の発言は、中々興味深いものだった。
一昨日授業が終わった後に『超研部』に寄った彼女は、五時半まで部室にいた。その後兎川さんと西園寺さんが来た。その時刻は、二人の証言と一致した。
その後は普通に、友達と一緒に帰ったらしい。その友達にも話を聞く必要があるかもしれない。
なんにしても、彼女にもアリバイがある。彼女が部室を出て行ったあとに兎川さんが鶴来玲さんと会っているのだし、その後は友達を行動を共にしている。
「じゃあ、皆月さん。最後に一つだけ。鶴来玲さんの死に、心当たりはない? 何か彼女がトラブルに巻き込まれていたとか、そういう話を聞いた事は?」
「……ありません」
「じゃあ、恋歌って人について心当たりはある?」
そこで初めて、皆月さんの表情が変わった。驚愕によって、眼を見開く彼女。
「……恋歌の自殺と。……玲の死に何か関係があるんですか?」
「いえ、そこまでは。ただ、彼女の自殺の理由について知っている事があれば教えてほしいな」
「……知りません」
言いよどんだように思えたけれど、結局彼女は何も喋らなかった。そしてそのまま、皆月さんへの事情聴取は終了してしまった。
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