氷上雹珂 +1日(2)




「やっほー氷上ちゃん。元気してた?」

「……なんでこんな所にいるんですか」


 二人への聞き込みを終えると、突然扉が開き、過馬さんが顔を覗かせた。


「いやー、順調かなって思ってねえ」

「そう思うんなら、手伝ってくださいよ」

「いやいや、うら若き女の子たちにとって、俺は刺激が強いよ。それに万が一、惚れでもしたら困るって」

「……過馬さんの外見はともかく、内面を見たら失望すると思いますけど」

「あれ、外見は褒めてくれるのかい? 意外だね」

「過馬さんは、アメリカの車みたいな人ですから」

「すごくかっこいい、スーパーカーって事かい?」

「燃費が最悪で、乗るには忍耐が必要って事です」

「『忍耐が成功をもたらす』。耐える事は大事だ」

「過馬さんと関わったら、成功とかあるんですか」


 少なくとも私は成功を感じないんだけど。

 過馬さんは私の言葉を気にもせず、目の前の椅子に座った。


「それで、どう? 『超研部』の人達のアリバイは」

「……良いと言えば、良いのかもしれないですが」


 私は、『超研部』の面々から聞いた事を、そのまま過馬さんに伝える。彼女たちのアリバイが完璧な事も含めて。


「なるほどなるほど」


 過馬さんは、やけにオーバーなリアクションを取りながら、相槌を打った。


「纏めると、兎川さんが鶴来玲さんを最後に見かけた人ってわけだね。そしてそれ以降、他の『超研部』のメンバーにはアリバイが存在すると」

「ええ、そして兎川さんは空君と一緒にいたので、彼女に犯行は不可能です」

「つまり、部員の人たちにはアリバイがあるんだから、犯行は不可能って事ね」

「……本当にそうですかね」

 

 過馬さんの決めつけは、時期尚早なのではないと思う。

 アリバイがある。だからと言って直に容疑から外してしまうのは暴論ではないか。そう言えば過馬さんは昨日から、部員には犯人がいないと言っていた。この人なりの考え方がそこにはあるのかもしれないけれど、私にはどうも納得いかない。


「例えば兎川さんのアリバイは完璧ではありませんが。彼女は空君と一緒に居ましたが、部室に入ったのは一人です。その間に犯行を行う事だって――」

「いや無理だって。一、二分で人を殴って気絶させて刺し殺して。あとは証拠を隠滅してっていうのは無理がある。それに人を待たせていて、いつ入ってくるか分からないような状況じゃあ人は殺せない」

「……それは、そうかもしれませんが」

「昨日も言ったでしょ。自分たちの部室で部員が人を殺したりしないってさ」

「…………」


 確かに過馬さんの言っている事は一理ある。一理どころか十理くらいはある。

 状況を考えれば、部員が怪しまれるのは必須だ。そんな状況で部員が犯行を行うのはリスキーだし、それに部員には全員確固たるアリバイがある。これを覆すのは無理だろう。


「……じゃあ、過馬さんはどう考えているんですか」

「だから、今朝も言ったじゃないか。外部の人間だよ。学校外の不審者って可能性だってあるし、校内の誰かかもしれない。まあ学校外の人間だと目立つし、校内の誰かだろうけど」

「……それでも、納得しにくいものがあるんですけど」

「そうかい?」

「だって、外部の人間からすれば部室には鶴来玲さんしかいないなんて分からないじゃないですか」

「呼び出されていたのかもしれない。今の時点では、なんとも言えないさ」


 私はため息を一つ吐く。

 少なくとも過馬さんの論理は間違っていないのだから、個人的な感情で口出しするべきじゃない。むしろここは、切り口を変えるべきだ。

 そう思い、私は西園寺さんから聞いたある生徒について切り出す。


「……じゃあ、恋歌という生徒について、過馬さんはどう思いますか」

「ああ、樹村恋歌さんの事かい?」


 ……え?

 ちょっとまて、樹村恋歌? 私は恋歌という生徒の苗字について話はしてないけど。

 なんで過馬さんが知っているんだ?


「……なんで俺が知っているんだって、そう言いたいんだろ」


 過馬さんはしたり顔で私の方を見る。綺麗な瞳で見られると、内面を見透かされているような気がして面白くない。

 いやそれよりも、なんで過馬さんが恋歌(本名は樹村恋歌というのだろうか)という生徒について知っているのかだ。

 顔の筋肉をこれでもかと使って疑問符を投げかけると、過馬さんはにやりと笑った。


「簡単だよ、その事件は俺も去年小耳に挟んでてさ。帰ってから資料を調べていたんだよ」

「あ、そうだったんですか」

「あと、昨日生徒に対して聞き込みをしてた。だから噂話がどんなのかってのも知ってる」

「何してたんですか!?」


 まさか私が『超研部』から話を聞いていた時にそんなことをしていたとは。というか、随分と勝手な真似である。無暗矢鱈とそんなことを吹聴して周って、余計な噂が流れたらどうするつもりなんだろうか。

 私の動揺なんて素知らぬ顔で、過馬さんは話を続ける。


「ま、それで大体の事は掴んでいるよ。去年自殺した生徒がいたってことも、その生徒が『超研部』所属だったってことも、その自殺の原因が『超研部』の誰かにあったかもって事も」

「……実際に、どうだったんですか。警察は、その自殺の原因を掴んでいるんですか?」

「いや? というか去年の事件、結構捜査に邪魔が入ったというか」

「それって」

「西園寺家だよ。あの家の力で、自殺って事で捜査を打ち切りにしたらしい。まあ学校側から、西園寺家を頼ったんだろう。学校としても殺人事件にはしたくないしね。そうで無くても、自殺事件の詳しい調査なんてしないさ」

「……そんなの、可笑しいですよ」

「でもしょうがないだろ。それに自殺現場の資料を見せてもらったけど、あれはだよ」


 過馬さんがそう断言するという事は、自殺で間違いはないのだろう。


「まあ、ちょっとはあったけど。ただ現場はだった訳だからね」

「……それで、過馬さんはどう思っているんですか」

「ん、何が?」


 とぼけた顔で過馬さんは聞き返す。そのやる気のないような手ぶりに、私は少し腹立たしくなる。

 こんなにも特殊な、物語のような事件を前に、どうしてもっとやる気が出ないのか――。


「……だから、過馬さんの意見です。過馬さんはその自殺事件と今回の殺人事件が、どの様に関係していると思うんですか」

「……うーん、難しいね」


 手を組んで、空を仰ぎ見る。考え事をするときのこの人の癖だ。


「普通に考えれば、自殺事件とこの事件の犯人は同一だと思うけど」

「それはつまり、樹村恋歌さんの自殺を唆した人間と、今回鶴来玲さんを殺害した人間は一緒という事ですか?」

「ああ。二つの事件を完全に別個にして考える事も出来るのかもしれないけど、それだと些か距離が近すぎる。何かしらの共通した思惑がそこにはあると思うな」

「じゃあ、共通要素である『超研部』の人間が怪しいという事に――」

「だから、それは無いって。まあ関係性が無い事はなさそうだし、そこらへんの調査もしてみるべきなのかもねえ」


 そういいながら、過馬さんは机の上の資料を片付け始める。話はこれでお終いと言わんばかりだ。というか、もう帰りたくてしょうがないのかもしれない。


「兎に角、このままじゃあ容疑者が多すぎる。とりあえず鶴来さんがなんで殺されたのか、それをまず探るべきだろうね」

「……そうですね」

「おいおい、落ち込まないでよ」


 いつの間にか立ち上がった過馬さんは、私の肩をバシバシと叩く。三回目も叩こうとしたその手を、逆にパシッと叩き落す。面食らった顔をしているが、私は罪悪感を感じない。


「……セクハラって、何回言えばわかるんですか」

「別に胸とか触ろうとしたわけじゃないんだけど」

「肩も胸も一緒です。同じ肉の部位という意味で」

「いや同じってのは大分強引な気もするけど……」


 肩を竦めて、ため息を吐く過馬さん。私の顔を覗き込むようにして、調子を伺おうとする。


「……氷上ちゃん、結構気負ってない?」

「ちゃんは止めてくださいって言ってるじゃないですか」

「まあまあ、それは置いておいて。どうなの? 実際」


 過馬さんの表情は真剣で、決してふざけながら言っている事でないと分かる。その眼を直視できず、つい目を逸らしてしまう。

 気負う。過馬さんに言われるまで気づかなかった自分の内心。今の私の心境を一言で表すのならば、そうなのかもしれない。


「……違いますよ、過馬さん。気負ってないです」

「そうかい? そう見えたんだけどねえ」

「気合入っているのは事実ですけどね。だから過馬さんも、もっとキビキビ働いてく下さい」

「それがねえ、俺が真面目に働くと迷惑かかる人がいるんだよ」

「そんな人はいません」


 軽口をたたき合いながら、私たちは会議室を出ていく。

 気負っているという過馬さんの発言は、残念ながら少しも正しくない。

 私は、何かを発散したいのかもしれない。でもそれは何?

 自分の頭の中で、事実を入れ替えていく。すると、ふと自分で気づいた事があった。


「ああ、そっか」


 私は、気負っているんじゃない。

 興奮しているんだ。非日常的な殺人事件について。


「……はは」


 繋がった自分の真意に、思わず私は持っていた手帳を落とした。

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