鶴来空は、先輩の家を訪問する

鶴来空 -4日(1)



 人に話を聞くというのは、正直嫌いな行為だ。しかもそれに、自殺事件の調査という前提が重なればなおさらだけど。


「樹村恋歌、か……」


 昨日見たノート、あれは一体何だろうか。

 姉さんは誰かを時計塔に呼び出した。それも一年くらい前に。それを樹村先輩に繋げれば、答えはおのずと一つに絞られる。

 姉さんが樹村先輩を時計塔に呼び出した。おそらくは、自殺した日の前後に。

 ではなぜそんな事をしたのか、そして何をしようとしたのか。考えを発展させれば、もっと恐ろしい事実が浮かんでくる。

 


 姉さんが樹村先輩を殺したかもしれない。そんな恐ろしい事実だ。



「……馬鹿らしい」


 僕は『ヤマネコカフェ』のテーブル席でアイスコーヒーを飲む。

 学校の終わった放課後にここにいるのは、兎川先輩と会う約束をしているからだ。とは言っても僕からアポを取ったのではなく、兎川先輩の方から連絡があった。

 向こうが一体どんな用事があるのかは知らないけれど、僕はついでに、兎川先輩に樹村先輩の事を聞こうと思っている。


 正直、兎川先輩に話を聞くのはかなり憚れる。姉さんだって皆月先輩だって西園寺先輩だって、樹村先輩については触れてほしくなさそうだった。きっと兎川先輩だって同じ心境に違いない。


 けれど僕は知らなくちゃいけない。


 本来ならば、僕が関わる理由はどこにもない。樹村先輩が自殺したのは過去の事件だし、それを今更ほじくり返す事だってどこにも無い。

 それに僕は傍観者だ。わざわざ首を突っ込むのもどうかと思う。


 けれどもし。

 もし樹村先輩の死に、姉さんが関わっていたなら。

 弟である僕は、それを知る必要がある。姉さんのやった事を、姉さんの罪を。それは、僕がやらなくてはいけない事だ。

 そんな事をつらつらと考えていると、来店を知らせるベルの音がカランコロンと店内に響く。


「やっほー、空君。今日もばきばき暑いね」

「こんにちは兎川先輩」


 アイスコーヒーが半分くらいに減った頃合いに、兎川先輩はやって来た。

 『ばきばき』という変な擬音語については無視をする。兎川先輩はハーフだからか、こうして時々変な擬音語を口にするのだ。


 鶏の鳴き声を僕達は『コケコッコー』と思っているけれど、国によってそれはまちまちで、例えば『クックドゥードゥルドゥー』だったり『ココリコ』だったりする。そういう類の話で、兎川先輩も日本人とは発音の感性が違うのだろう。


「ごめんねー、生徒会の仕事があって」

「いえ、大丈夫ですよ」


 待ち合わせの時間から十分過ぎているけれど、まあ許容範囲だろう。むしろ兎川先輩は結構時間にルーズだから、十分はむしろ早いくらいだ。南沢ぐらい正確だと逆に怖いけど。

 席についた兎川先輩はコーラを頼んで、姿勢を崩した。


「それにしても暑いね。空君も半袖にしたらいいのにさー」

「それ、友達にも言われましたよ。しかも、この喫茶店の同じ席で」

「へえ、面白いね」

「でしょう?」

「空君友達いたんだ」

「そこを面白がっているんですか!?」


 冗談冗談と、微笑みながら兎川先輩は言う。

 まったく、南沢といい兎川先輩といい、皆して僕の友達の少なさをからかうんだから。というか僕の友達の少なさって、そんなに有名なのか?


「南沢ちゃんでしょー? 知ってるよー」

「既に知り合いなんですか。意外ですね」

「生徒会の手伝いしてもらったんだよー」

「まあ南沢は、交友関係広いですからね」

「生徒会にも誘おうと思ってるんだよね」

「それはいいですね、南沢も喜びますよ」

「空君は生徒会に入ろうとは思わない?」

「僕には難しいですよ。傍観者ですから」

「友達増やせるよ、生徒会に入ったらー」

「南沢を経由して、友達増えましたんで」

「え、なにそれー? どういう意味ー?」


 そんな、取り留めのない会話をしていると、兎川先輩の頼んだコーラがやって来た。それを一口だけ飲むと、兎川先輩は急に真剣な表情を浮かべた。

 本題に入るという事だろうか。


「今日空君に来てもらったのは、調についてなんだ」

「!!」


 兎川先輩の突然の告白に、度肝を抜かれてしまう。

 僕が樹村先輩を調べている事。それを兎川先輩が把握しているのは納得できる。皆月先輩や西園寺先輩に話を聞いているかもしれないから。

 しかしその事について、用事があるというのはどういう事なんだ? 

 樹村先輩の事は、『超研部』にとっては触れてほしくない部分じゃなかったのか?

 更に兎川先輩は言葉を重ねる。僕の動揺を煽るように。


「空君は、恋歌の死が自殺って事は知ってるし、それが『超研部』の誰かの所為だって噂が流れている事も知っている。違うかなー?」

「……いえ、合ってます」


 どうやら僕の行動は、兎川先輩に完全に筒抜けだ。でも『超研部』の誰かの所為だっていう噂は、『超研部』の先輩たちの前ではしていない。

 どうやって兎川先輩はそれを知り得たんだ?


「なんでそれを知っているんだって顔してるね。ぱかんってしてるよ」

「それを言うならぽかんだと思います」

「あれ、そうだっけ。まあいいやー。あのね、私、南沢ちゃんが恋歌の事を調べてるの知ってたんだ。校内で、色んな人に聞き回ってたし。でも何でかなーって、南沢ちゃんと恋歌はそんなに仲良かったかなーって思ってたんだ。でも、それが空君繋がりだとしたら、まあ納得できるかなって。だったら、南沢ちゃんは自分が調べた事を、空君に報告しているんじゃないかなって思ったんだー。どう、合ってる?」

「……」


 つまり、南沢経由でばれたのか。それだったら、確かに納得できる。だが問題はそこだけじゃないのだ。


「……兎川先輩が知っていた理由は分かりました。でもその事で話があるって、一体何なんですか?」


 そこまで話して、僕は一つの可能性を思いつく。今までなんで考え付かなかったのか不思議なくらいだった。


「もうこれ以上、調べるなって忠告をしたいんですか」


 兎川先輩、いや『超研部』の先輩たちからすれば、僕のやっている事は余計な事だ。それを何とか止めさせたいと、そう思うのは至極当然だ。

 だけど、兎川先輩のリアクションは、僕の予想とは違っていた。僕の問いかけに対し、兎川先輩はなぜか複雑そうな表情を浮かべている。


「うーん、むしろその逆なんだよねー」

「逆?」

「そうそう、ぺっちゃり逆なんだー。あのね、私もに入れて欲しいんだ」

「仲間って、樹村先輩の死について調べたいって事ですか?」

「そうだよー」


 兎川先輩はにっこりと微笑む。

 僕には、兎川先輩の真意が分からない。仲間? 樹村先輩の事は、触れられたくない事じゃなかったのか?


「私だって恋歌の死には納得いってないもん。だからー、空君が恋歌の事を調べてるって聞いて、じゃあ私もそれに協力したいなーって思って」

「……気持ちは分かりました。兎川先輩が一緒なら、心強いです」


 とりあえず、僕はうなずいておく。断る理由もない。


「決まりだねー」

「でも、協力って一体……」


 兎川先輩はコーラを思いっきり飲み干すと、僕に顔を近づけた。端麗な顔が近づいて、僕は自然とドキドキしてしまう。そして兎川先輩はいたずらっ子のような、楽しそうでいてどこかあくどい、そんな顔をした。


「情報交換、だよ」

「情報交換、ですか」

「私は、恋歌が死んだ日の詳しい状況を知っている。恋歌が時計塔からどうやって落ちたのか。遺体を発見したのは誰なのか、その他諸々をね」

「なんでそれを兎川先輩が――」

「納得してないって言ったじゃん。私も昔、色々と調べたんだ。兎に角、その情報は空君も欲しいはずだよ」


 ああ、そっか。

 そこまで聞いて、僕は一つの可能性を思い当たった。

 兎川先輩は樹村先輩の死に納得いってないと言った。でも多分それだけじゃない。きっと兎川先輩と僕の考えている事は一緒なんだ。

 姉さんを疑っている。だからこそ兎川先輩は少しでも情報が欲しいんだ。特に、弟である僕の知っている情報を。


「代わりに空君の知っている事を、私に教えてもらう。これでギブアンドテイクの関係だよー」

「……僕の知っている事でよければ」

「決まりだね」


 そこで兎川先輩は顔を離して、僕のコーヒーを指さした。コーヒーに何かあるのか?


「ここじゃなんだからさ、移動しようよ。ほらコーヒー飲んじゃってさ」

「ああ、そうですね」


 兎川先輩の持っている事件当時の詳細な情報にせよ。

 僕の持っている姉さんが疑わしい証拠にせよ。

 こんな人のいる場所でする話ではない。もっと人のいない、邪魔の入らない所でするべきだ。


「でも一体どこに行くんですか」


 公園とかじゃ誰がいるか分からないし、あとはカラオケとか?

 氷が溶け味の薄くなったコーヒーを飲みながら聞くと、兎川先輩が平然とした風で、衝撃的な発言をした。


「ああ、私の家だよー。今家に誰もいないから、こっそり話できるでしょ?」


 僕はコーヒーを吹き出した。


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