鶴来空 -4日(2)




 電車で三駅、そこから歩いて二十分。閑静な住宅街の中に兎川先輩の家はあった。

 綺麗な、外国の街にあるような家だった。真っ白な外壁に、真っ赤な屋根。周りの家から思いっきり浮いているけれど、それを含めて幻想的な雰囲気を漂わせていた。まるでこの家だけ、汚れた空気から隔絶されているようにすら思える。

 つまり僕が行くにはあまりにも不釣り合いで、しかも女の先輩の家という事で、もう心臓と胃が限界だった。


「ほらほら、あがってあがってー」

「……おじゃまします」


 内装も、外観に違わず美しい。こうして中に入ると本当に違う国に来てしまったようだ。

 そのまま兎川先輩の先導の元、兎川先輩の部屋の前まで来る。

 心臓がドクドクしている。姉さんの部屋とは訳が違う、他人の女の子の部屋。


「ちょっと部屋が汚いけど、気にしないでー」


 兎川先輩はそう言って、部屋の扉を開け放った。それに追従して、僕も部屋に入る。

 そして僕は、急激に現実へと引き戻された。


 ちょっと? そんな形容詞は相応しくない程に、その部屋は汚かった。

 よくわからないオカルトグッズに漫画や教科書、そして服や下着の類が床に散らばっていて、なんというか、床に置いてあるのが当たり前ってくらい、堂々と置いてあってびっくりする。

 生ごみとかがある訳じゃないし、そこまで埃っぽい訳でもないのが救いかもしれない。仮にこの部屋が、男子高校生の部屋だとしたら、これくらい普通なのかもしれない(僕の部屋はもうちょっと綺麗だけど)。


 ただ、この部屋に入るまでが綺麗で美しすぎたし、それにこの部屋の持ち主は兎川先輩なのだ。

 生徒会長を務め、ハーフな美人。まさに才色兼備と呼ぶにふさわしい人間の部屋とは、到底思えなかった。

 この部屋を見たら、我が翆玲高校の男子生徒の内半分は気が遠くなる。実際僕も気が遠くなりそうだ。


「……兎川先輩って、整理苦手だったんですね」

「いやいやー、普段はもうちょっと綺麗だよー」

「……ちなみに普段ってどんな感じなんですか」

「そうだね、漫画は棚にしっかり収まってるよ」

「今の状況と殆ど変わらないじゃないですか!」


 ああ、兎川先輩のイメージが崩れていく。

 兎川先輩が部屋の中央にあるセンターテーブルに向かったので、僕もそれについていく。下着を見ないように、色んなものを踏まないように、気を付けながら進む。


「さあ空君、本題に入ろっか」

「……ええ」


 色々とあったけれど、本来は兎川先輩と真面目な話をするために家に来たのだ。それを忘れてはいけない。

 兎川先輩は机の上に置いてあったA4サイズの封筒を手に取りつつ話を進める。


「さてと、今からする話は、私が事件の後で独自に調べた結果なんだー」

「どうやって調べたんですか」

「警察の人に話を聞いたのが殆どだよー。知り合いに刑事さんがいるんだよ」

「なるほど」


 それは確実な情報だし、普通じゃ知り得ない事も知り得るだろう。警察にまでパイプがあるとは驚きだけど。

 というかその情報、内部機密じゃないだろうか。


「まず、恋歌が死んだのは去年の六月二十日。だからこの間、一回忌があったんだ」

「……そうだったんですか」

「死亡推定時刻は夜の十時頃。だから夜の内に学校に忍び込んで、時計塔の屋上で死んだとみられているね」


 兎川先輩の話し方はいつもの間延びしたしゃべり方と違って、真剣そのものだった。

 

「ちょっと質問いいですか。時計塔の屋上に忍び込んだって、鍵の問題があるじゃないですか。時計塔には鍵がかかっていないんですか?」

「そこら辺は後で説明するよ。ただ、その鍵の問題が、恋歌の死が自殺だって根拠になっているんだ」

「それじゃあもう一つ質問です。死因は何ですか?」


 さっきから気になっていた。兎川先輩は樹村先輩の死について、一度も飛び降りという言葉を使ってない。

 もし樹村先輩の死が、飛び降りじゃないのだとしたら?


「樹村先輩は、?」

「……自殺だったのは事実だよ。少なくとも表面上はね。ただ、その形が違ってた」


 形? 自殺に、形があるのか?

 兎川先輩は急に立ち上がった。そして僕を見下ろして言う。

 



「自殺は自殺でも、首吊りだったんだよ」

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