鶴来空 -4日(3)
兎川先輩が立ち上がったのは僕を威嚇しようとかそんなんではなく、単純に飲み物とお茶請けを持ってくるためだった。
トレイの上に載せ兎川先輩が持ってきたのは、コーラとポテチだった。これはあれだろうか、僕が男子高校生ゆえのチョイスという事だろうか。
しかし真相は違っていて、
「私コーラとポテチ好きなんだよねー」
と、兎川先輩本人が言った。だからと言って、ポテチなんて手の汚れそうな物、この場に出すだろうか。というかあなた、さっきの喫茶店でコーラ頼んでいたじゃん。今日二杯目じゃん。どんだけ好きなの?
……とは言えず、黙ってコーラを受けとる。ポテチは袋の側面を開いて食べやすいように開けた。そしてなぜか割りばしを渡された。
「手が汚れるからねー」
と言われたけれど、だからそう思うならポテチを持ってこないでほしい。
僕達二人は、ポテチを一通りつまんでから本題に戻る。
「恋歌の遺体を見つけたのは、朝練のために学校に来ていた男子学生。当時一年生で、名前は
「その時の遺体って、どんな状態だったんですか」
「あたりは血まみれで、遺体の損傷もかなり激しかったらしくて。おかげで遺体の外傷がよくわからなくなったとかなんとか。それで最大の特徴が、首元のロープ」
首元のロープ。
さっき兎川先輩が言っていた、首吊りという言葉と関係があるのだろう。
「何でも恋歌は、首を吊っていたらしいんだよね。それで時計塔のフェンスにロープを結んで、首吊りをした。そのロープがほどけて、落下した。結果として飛び降りみたいになった。だから噂話も、飛び降り自殺になったんだよね」
「しかし、なんでまた、屋上まで行って首吊りをしたんでしょうね」
「それは本人に聞いてみないとね。とにかく、その加藤君が恋歌を見つけて、先生に連絡。そこから警察が来て実況見分をした。大まかにはこんな感じ」
「それで、警察は自殺と判断したんですか」
「うん。だって時計塔は密室だったから」
それはさっき濁された、時計塔の鍵についてだろうか。
でも密室だなんて、まるでミステリのようだ。
「まず時計塔の鍵だけど、二つあるんだー。一つは職員室で先生方が管理しているの。もう一つが生徒会で管理している」
「事件当日に、これらの鍵が使われなかったってことですか? だから密室だと」
「それじゃあ入れないじゃんかー。まず職員室の鍵について、これは使われなかった。そもそも時計塔なんて業者くらいしか用事がないし、その業者だって年一回ちょっとチェックしてお終いな訳だから、ほとんど使われていないの。勿論、事件の前にも使われなかったんだー。それに職員室の鍵は厳重に保管されているし、使用する場合は署名が必要なの」
「なるほど、つまり職員室の鍵を使うのはどうあがいても不可能だと。それじゃあ生徒会の鍵を使ったんですか」
「うん。生徒会の方は職員室に比べて管理は適当だし、それに使用した形跡があったんだー」
「誰かが借りたってことですか。あれ、でも……」
生徒会の鍵なんだから、その管理は普通生徒会長が行うはずで。そして兎川先輩は一年生の時から生徒会長だった。という事はつまり。
「空君の想像しているのは違うよー。盗られたの。正規の手段じゃなくってねー。私の管理ミスだった」
「……」
「思うんだ。私がもっと鍵の管理をしっかりしていれば、あんな事には……」
そういって、兎川先輩は顔を下げる。上手く見えないけれど、その顔は苦虫をかみつぶしたようでいて、今にも泣き出しそうだった。
「……違いますよ、兎川先輩」
「え」
「兎川先輩の所為じゃありません。悪いのは、樹村先輩を殺した人間ですよ」
「空君は、恋歌が殺されたって思ってるの」
「ええ」
というより、姉さんが殺したと確信している。
あのノートを見たときから、ずっと。
「だから、僕たちは犯人を一刻も早く見つけなきゃいけないんですよ」
「……そうだね、そいつをぱきゃぱきゃに懲らしめてやらなきゃだね」
いつも通りの、おかしな擬音語を言って。
兎川先輩は手で目元の涙をふくと、にっこりと笑った。
「……続きを話すね。とにかく生徒会の鍵は、そうやって持ち出されたの。そしてそれは時計塔の屋上で見つかった」
「それじゃあ、つまり」
「時計塔の扉は屋上側と地上側の二つあって、二つとも同じ鍵で施錠できる。そしてその扉は、事件当時両方閉まっていた。だからつまり」
「時計塔は密室だった」
時計塔を施錠できる鍵が二つしかなく、その内の一つは持ち出し不可能。そしてもう一つは屋上、つまり時計塔の中で見つかった。そして時計塔は施錠済み。
どうやら、本当にミステリ染みた話になってきた。
「ついでに言うと、近隣の鍵屋さんでその鍵が複製された事実は無かったし、外から時計塔の屋上に鍵を投げ入れるのは不可能。だから警察も事件現場の密室性を考慮して、自殺と断定したんだ」
「……」
「これで私の話はオシマイ。参考になった?」
「ええ、とっても」
そこで兎川先輩は一息ついて、屋上を見上げる。いろんな感情が交錯していたのか、元の体勢に戻ったのは五分後の事だった。
「それじゃあ空君の知っている事を教えてもらおうかな」
「……僕の知っている事なんてたかが知れているんですけどね」
僕はポケットからスマホを取り出して、ある画像を表示させる。それは姉さんのノートを撮ったもので、ついでに加工して見やすくしている。
その画像を、スマホごと兎川先輩の方に持ってってやる。すると兎川先輩の表情はみるみる内に曇りだした。
「……空君。これって」
「……このノートは、姉さんの部屋から見つかったものです。そしてそのノートは、おそらく去年購入されたものです」
「つまりそれって」
「ええ、兎川先輩の考えている通りです。樹村先輩は姉さんに殺された。僕はそう思います」
僕と兎川先輩の間に、沈黙が流れる。それを破ったのは兎川先輩だった。
「……まるで確定してるみたいな言い方だけどさー。私はそこまで言う気はないよー
ー」
「そうですね。まだ、確定はしてません。密室の謎も解けてませんから」
そう、時計塔の謎を解かない限り、姉さんの犯行だなんて言えないだろう。
現時点では、可能性は二つある。姉さんが樹村先輩を殺した可能性と、ただ無関係な可能性の、両方が存在する。
実際、姉さんはどちらの人間なのだろうか。友達を亡くした哀れな関係者か。それとも友達を殺した残忍な殺人者か。
その答えを知るのは翌日。
時計塔で真実を知った時の事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます