氷上雹珂は、彼女達に質問する

氷上雹珂 +2日(1)



 人に話を聞くというのは、割と好きな行為だ。ただしそれは、殺人事件の調査という前提が無ければの話だけど。


「樹村恋歌、ですか……」


 西園寺さんと皆月さんへの事情聴取を終えた翌日、私たちは学校での調査を続行していた。ただし今回は部室の調査や『超研部』部員への事情聴取ではなく、他の関係者への聞き込みだ。例えば目の前にいる先生とか。


 数学教師である東上雅哉まさや先生は、『超研部』の顧問でもあった。今日は日曜日だけど、仕事があったのか彼は学校に来ていて、これ幸いと、私たちは彼に事情聴取をしている。


 数学準備室には机こそなかったものの、椅子が二脚あった。私と東上先生が椅子に座り、向き合って話をする。過馬さんは少し離れた所で、私たちの会話を見守っている。

 ……とおもいきや、彼は備品に夢中であちこち触っているので、事件にあまり興味がないのかもしれない。この人は本当に、事件の謎を解く気がないのだろう。体が大きくても、子供みたいな人だと思う。

 上司の失態は目に入らないようにして、私は一つ咳払いをする。そして話を続けた。


「去年、『超研部』の部員である樹村恋歌さんが自殺しましたよね。それについて聞きたい事がありまして」

「ああ、いや、あれは自殺事件って事で片がついたんじゃないですか。今更そんな事を言われても……」

「ええ、それは存じております。あれは確かに自殺事件でした」


 私も昨日の夜、当時の資料をしっかりと見た。

 自殺現場のは一目では自殺とは断定しにくいものがあったが、しかし状況を考えれば自殺事件だったと結論づけざるを得ない。

 正直、誰かが殺人を犯し、それを隠蔽したのではないかとも思ったけれど、当時の警察が自殺と結論付けた以上、それを覆すのも難しいだろう。組織に属している人間である以上、その決定には逆らえない。それに去年の事件を今更調査しようとするのも難しいし。

 だから本題は、そこではない。


「ただ、その自殺の原因については、いまだに分かっていません。一体彼女がなんで自殺したのか、その原因を探る事で、今回の殺人事件の解決にもつながるはずなんです」

「……そう言われても」


 東上先生は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、視線を下の方へと彷徨わせる。


「私は『超研部』の彼女たちについて知っている事はほとんどありません。部活の設立時に顧問がいるからと兎川くんに頼まれたから応じただけで、部室に入ったのだって数える程です。今年なんて一度も入っていない。そんな人間に分かる事があるとは」

「ほんとに些細な事でも良いんです。樹村さんが自殺をしたその原因について、心当たりがありませんか?」

「いや、しかし、私は何も……」

「では、もっと別の事を聞きますよ」


 私たちは、声の出た方を見る。そこにいたのは過馬さんだ。過馬さんは大きいコンパスから手を離して、私たちと向き合った。


「樹村さんの交友関係は、『超研部』だけでは無かったでしょう? どうです、他にはどんな人と交友関係があったとか」

「えっと、他の交友関係ですか……。すみません、それも私には……」

「分かりました」


 それだけ言うと、過馬さんはまた翻って、今度は大きい分度器をいじり始める。なんなんだあの人は。何がしたかったんだ。


「……こほん。では話を戻しますけど」

「え、ええ」

「樹村さんの自殺の原因について、変な噂話が流れているのをご存じですか」

「えっと、『超研部』の彼女たちに、何らかの原因があるとかですよね。まったく、在り得ない話です」


 そこで東上先生は、憎々し気に呟く。どうやら噂話について思う所があるのだろう。いくら幽霊顧問でも、教え子は教え子と言った所か。


「あの子たちが、まるで樹村君を追い詰めたみたいじゃないか。そんな事はありえないというのに」

「ええ、それは我々もそう思います。だからこそ、その真贋ははっきりさせるべきだと思います。実際の所、彼女たちはとても仲が良かったんですか」

「ええ、私の眼から見ても、そう思いましたよ。――ああ、いえ」


 何か思い当たる事でもあるのか、何か考え込む素振りを見せる。もしかして、何か思い当たる事でもあるのだろうか。


「その、彼女たちも一口に仲良しと言っても、中々複雑そうに見えたなと思って」

「……それは、つまり軋轢があったという事ですか」

「ああ、いえ。そこまで大層な話では無かったですよ。でもやっぱり、最初の内は壁を感じていましたから」


 『超研部』のメンバーは大半が二年生なのだから、去年はまだ一年生か。それに樹村さんの自殺は去年の今頃な訳だし、本当の意味では打ち解けてなかったのかも。

 東上先生はそのまま、部活設立当初の話をしてくれた。

 

「皆月君と兎川君、それに樹村君が同じ中学校だったようで、そもそもその三人で最初に『超研部』を作ろうとしたんですよ。そこから鶴来君と西園寺君が入ってきました。この二人も確か、同じ中学校だったのかな」

「つまり、同じ部活でも二つのグループが存在していた、という事ですか」

「ああ、いや、そこまで露骨でもなかったですが、やっぱり最初の内はそういう感じでしたね。もっとも暫くすれば、五人仲良くやっていたようですが」

「でも、そこには見えない壁があったかも――」

「だから、そこまで私は……」

「氷上ちゃん、そこまでにしといた方がいいよ」


 過馬さんはこちらを見ずに、私を窘めた。


「部員の仲が実は悪かったと、真実をそう捻じ曲げたいかのように聞こえるよ」


 ……そう言われて、我が身を反省する。今の私は、自分が望む結論のために、真実を捻じ曲げようとしていた。

 私は過馬さんに向けていた身体を東上先生の方に向け、頭を下げた。


「すみません、無神経でした」

「いえ、そんな……」

「では他にお聞きしたい事があるのですが」


 下げた頭を上げるのと同じタイミングで、私は質問を続行する。相手への配慮は大事だが、事件の聞き込みも同じくらい大事だ。

 間の抜けた、意表を突かれたような表情で、東上先生は私の言葉を待っている。


「その、今年ですか。鶴来空君が『超研部』に入って来た時の事を教えてください」

「ああ、その事ですか。彼が入って来たのは、今年の四月だから……」


 そういいながら東上先生は手を組んで、何とかその時の事を鮮明に思い出そうとしているようだ。


「――確か、鶴来君、だと紛らわしいですね。鶴来玲君が紹介した形になると思います。紹介というか、無理矢理連れてきたように私には思えましたけど」

「無理矢理、ですか」

「まあ可愛いものですがね、弟は姉に弱い、そういう話ですよ。それで私に顔合わせをして、部活に入りました。顧問と部員として会ったのはそれっきりで、あとは授業ぐらいでしか会ってませんが」

「どうですか、他の部員の人は、空君を受け入れたんですか」

「と思いますよ。それに彼女たちからしたら、友達の弟ですから。多分すんなりいったんじゃないですかね」


 ふむ。

 話を纏めると、部員間で何か軋轢があったとか、そういう訳ではなさそうだ。


「樹村恋歌さんは、一体どんな生徒でしたか?」

「うわっ。過馬さん、いつの間に後ろに」


 後ろから急に声が聞こえてきたから、驚いて後ろを振り向く。どうやらいつの間にか過馬さんが私の後ろに来ていたようだ。肩に手を乗せているので、それは振り払う。


「セクハラです。次やったら裁判ですよ」

「うわ怖いなー。いくら取られるんだろ」

「いえ、懲役で何年かを考えてください」

「ああ、民事じゃなくて刑事の方なのね」


 氷上ちゃんは厳しいねー、と呑気に言いながら、過馬さんは私の両肩から手を離した。

 ちゃん付けに関しては寛大な精神で許してあげる事にした。


「で、東上さん。樹村恋歌の印象について教えてください」

「そうですね……。魅力的な生徒だと思いますよ。兎川くんや鶴来くんとは違う意味で、人を惹きつける生徒だと思います」

「それは、どういう意味ですか」

「……私には、なんとも表現しにくいですね。他の方を当たってください」


 その時私は、なんだか違和感を覚えた。

 東上先生が、何か言葉を濁しているように感じたのだ。知らないというより、言いにくい。そんな雰囲気を感じる。


「……そうですか。わかりました。どう、氷上ちゃん、何か聞きたい事ある」

「えっと、そうですね。私の方からも、大体の事は教えてもらいました」

「それじゃあ、本日はありがとうございました。また何かありましたら話を伺いに来るかもしれませんが、その時は何卒よろしくお願いします」


 そういって、過馬さんは頭を下げた。それに従うようにして、私も頭を下げる。


「私に協力できる事があれば、何でもおっしゃってください」


 こんな感じで、東上先生への聞き込みは終了した。

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