氷上雹珂 +2日(2)



 続いて、警備員の方に話を聞いた。しかしここではあまりいい結果を得られなかった。

 なんでも警備員は、部活棟の方は見回らないらしい。遺体の発見が遅れたのはそのせいらしい。

 

「一々部活棟までは見回りゃせんて。あんなところ、なんも無いんだから。え、ちょうけんぶの部室には入れるかって? あそこの鍵は、俺たちも持ってねえ」


 というわけで、警備員からの証言はあてには出来なかった。

 次に私たちは、樹村恋歌の人となりについて聞き込みをする事にした。例によって例のごとく、過馬さんはまたしても別行動である。


「樹村さんの事を聞くってことは、相手は女子高生な訳だ。女子高生に聞き込みするなら、俺みたいなおっさんより氷上ちゃんみたいなタイプの方がいいって」

「でも過馬さん、昨日聞き込みしてたんですよね。その手腕を発揮してくださいよ」

「いやー、それが昨日の聞き込みの結果、大分不審な目で見られちゃってね。今日は控えておこうかなと」

「なにしたんですかあなた」

「『天は自らを助けるものを助ける』。自分で行動しなくてはと思ったんだけど」

「普段ろくに行動しないのに、なんでそういう時だけ積極的なんですか。言っときますが、セクハラを外部に向けてやったら性犯罪ですよ」

「セクハラなんて、生まれてから一度もしてないよ」

「嘘をつかないでください。ちゃん付けがセクハラ以外の何だと言うんですか。高校生に何かしたら、私が捕まえますからね」

「氷上ちゃんに逮捕されるなら、本望だねえ。ま、それは置いておいても、『超研部』の子たちに刺激を与えないためにも、出来るだけ少ない人数の方がいいでしょ」


 なんだか納得いかないような、何か気になるような、そんな気持ちで私は一人聞き込み調査を行うことになった。

 部活の休憩時間や、校内を歩いている生徒を狙って聞き込みを行う。日曜日で、しかもあんな事件の後なのに、意外と校内には生徒が多かった。

 どうやら学校への立ち入り禁止は解除され、休みになった土曜日の分まで練習に明け暮れる生徒が多いようだ。

 これなら情報が集まるだろうと期待していたが、しかしこれが思うように進まない。最初は過馬さんのせいかとも思ったけれど、どうやら彼らは樹村さんの話題をどこか避けているようだ。


「す、すみません……。恋歌ちゃんの事は何も知らないんです」

「去年の事はあんまり……」

「……思い出したくないんです」


 けんもほろろ、声をかけても冷たくあしらわれるだけだった。とは言っても人の口には戸を立てられぬもの、証言をしてくれる人は多少現れた。

 その証言を纏めると。


「どうやら樹村さんは、中々に男遊びが激しいようでしたよ」

「……なんだか、反応に困るなあ」


 校内をうろついていた過馬さんと合流して、私たちは自販機の前で缶コーヒーを飲む事にした。自販機の前で大の大人が二人してたむろする姿はあまりにも滑稽で子供には見せられない姿だったけど、人通りも少ないのできっと大丈夫だろう。

 椅子が近くにないので、壁にもたれかかるようにして、私は樹村さんについて調べた事を伝える。過馬さんはなんだか微妙な、何とも言えない表情を浮かべている。


「ああ、そうか。だから東上先生も言いよどんだのか。でもねえ」

「人を惹きつける、その言葉もそのままの意味だったんですよ」

「兎川さんとも、鶴来さんとも違う意味で、か。なるほどね」


 そういって、過馬さんは手に持っていた缶コーヒーをだらしなくぶら下げる。もう飲み終わったのだろうか。


「兎川さんは明るいタイプで、男女ともに人を惹きつける。鶴来さんは凛々しいタイプで、女の子に人気があったんだろうね。そして樹村さんは」

「男の子にモテる女性だった。そういう訳です」


 こうして並べれば多種多様で、色んなパターンを制覇しているようにも思える。人の中心にいるタイプとは、きっと彼女たちのような人間を指すのだろうか。

 あるいはそれは、西園寺さんや皆月さんも同様なのかもしれない。経済的に裕福な人間や勉学において優秀な人間は、人の中心たるにふさわしい存在だろう。

 とすると、鶴来空君もそんな人間なのだろうか。彼の事はよくわからなかったけれど。


「それで、樹村さんは具体的にどんな人だったの?」

「ああ、えっと」


 遠くに行っていた意識を元に戻して、過馬さんの問いかけに答える。


「――樹村さんは、結構男遊びの激しい人だったようで。あまり大きな声で言えませんが、いろんな男の人ととっかえひっかえで付き合っていたようです」

「よっぽどの美人さんなんだろうねえ。最も人間中身が大事なんだけどさ」

「あなたがそれを言うんですか。整っているのは見た目だけな過馬さんが」

「『輝くものが、全て金ではない』って事だよ。見た目だけ良くてもねえ」

「じゃあ過馬さんはガラスですね。一枚向こうの光を通しているんですよ」


 ガラスは不純物を含んでいるから、透明に見える。そんな話を過馬さんとしたっけ。


「とにかく。樹村さんは遊び人だったんです。実際に、彼氏を盗られたって人も多かったみたいですし」

「略奪愛、か」

「そう言ってしまえば、聞こえはいいでしょうけど」

「でも実際、自殺の原因はそこら辺なのかもねえ」

「逆じゃないですか? 盗られた方が自殺するのは、筋が通らないというか」


 この場合、彼氏をとられた女性が自殺をしそうなものだろう。それに、噂話を聞く限り、あまり自殺をする程繊細な人とも思えないのだ。イメージがそぐわない。それも勝手な印象論だけど。


「でもそこらへんの痴情の縺れってやつは、自殺の原因らしいと言えばらしいよね。どう、そこらへん、同じ女性として」

「セクハラですよ」

「判定が厳しいなあ」

「私がセクハラと思えばセクハラなんです。……でも、同じ女性と言っても、私には理解できませんよ」

「仕事一筋だもんねえ。あんまりそういう経験もないか」

「訴えましょうか?」


 ゴホンと、一つ咳払いをする。話を元に戻さなくては。


「……とにかく、わたしには今一理解しかねますよ。やっぱり、自主的に自殺したものではないのでは?」

「それってつまり、誰かが自殺を示唆したって事かい?」


 缶コーヒーを持った手で、過馬さんは私を指さす。したり顔で、その話題を待っていたかのように思えた。

 結局、昨日の話に戻る訳か。樹村さんの自殺事件と、鶴来玲さんの事件は何かの繋がりがある。そう二人で話していた。


「その、痴情の縺れで樹村さんを殺害したっていうのが、今のところ一番しっくりきます。そしてそれを、犯人が自殺に偽装した」

「でもねえ。あの事件はもう自殺事件でけりがついている訳だし」

「そうなんですよねえ」


 ついへたり込んでしまう。樹村さんの死が自殺である以上、第三者の入る余地はあまりない。たとえ誰かが唆したと言っても、最後に自らの死を選んだのは樹村さん自身なのだから、結局動機は彼女の内面の問題になる。


「あんまり安直に繋げるべきじゃなかったのかもねえ。別の事件として考えた方が、意外としっくりくるのかもしれない。自殺した樹村さんの心理を、後で外野があーだこーだ言う事だって、彼女からすればいい迷惑だろうし」


 過馬さんの言葉が、私を容赦なくえぐっていく。

 そうだ、結局私のやっている事って、事件を複雑にしたいっていう願望ありきだもんなあ。


 実際の事件はミステリのような鮮やかさと芸術性はなく、ただ人間が人間を殺したってだけ、たったそれだけの話。物語性はどこにも無く、単純な話でしかない。

 そんな事、今までの経験で十分に分かっていたはずだった。だけどこうしてまた凝りもせず、事件に何か裏があってほしいと願っている。


 樹村さんの死はただの自殺で、鶴来玲さんの死とは何も関係がない。その鶴来さんだって、きっと犯人は何のトリックも使わずに、短絡的に殺したに違いない。

 その可能性が最も高い。そのはずなのに、それを素直に信じられない自分がいる。どうしようもない程に。


「……でも、私には無関係に思えないんです」

「え? 何がだい」

「樹村さんの死と、鶴来さんの死がです」


 私はすくっと立って顔を上げる。過馬さんは眼を見開いて、急に立ち上がった私に面食らっている。

 そして持っていた缶コーヒーをぐいっと飲み干して、缶を思いっきりゴミ箱に入れる。そこでようやく、私は過馬さんと向き合った。


「というより、私は『超研部』の人たちが怪しいと思います」

「……なにを言うかと思えばさあ」


 過馬さんは呆れたように私を見る。どころかそれは、敵意すら感じられそうだった。


「彼女たちにはアリバイがあるだろう? 兎川ちゃんが最後に鶴来さんを見ていて、しかも彼女は鶴来空君と一緒にいた。一体誰に鶴来さんが殺せるんだい?」

「でも、それを抜きにして考えたら、最も怪しいじゃないですか。自殺した樹村恋歌と、殺害された鶴来玲。二人を結ぶ最も単純な線は、『超研部』でしょう」

「……だからね、有り得ないんだって。そんなわかりやすい事をする訳がない」

「……」


 分かっている。本当は分かっているはずなのだ。『超研部』の人間が犯人だなんて事は。

 でも


「……ま、とにかく、樹村さんの事が分かっただけでも収穫なんだ」


 過馬さんはもたれかかっていた壁から背中を離して、そのままゴミ箱まで歩く。そして静かに缶をゴミ箱に入れた。


「午後は俺も一緒に聞き込みするからさ」

「……」


 その呼びかけに、素直に答えられなかった。

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