氷上雹珂 +3日(1)




 今日の私は、翆玲高校近くの喫茶店で一人アイスコーヒーを飲んでいる。仕事をさぼっているとかではなく、これも仕事の一環なのだ。まあ今は仕事とかではなくコーヒーを楽しんでいるだけなんだけど。


「……はあ」


 昨日は、過馬さんに対して言いすぎてしまった。『超研部』の人たちが犯人という説は過馬さんがあんなにも否定していたのに、私はむきになってそれを覆そうとはしなかった。おかげであの後の聞き込みは気まずい事この上なかった。

 しかも過馬さんは、あろうことか『超研部』の面々に直接話を聞く機会を設けていたのだ。


「兎川さんと鶴来空君から話を聞くのと、証言の裏付けは俺がやっておくからさ。氷上ちゃんは西園寺さんと皆月さんに樹村さんの事を聞いてきて。『超研部』が怪しいっていうなら、直接聞いた方がいいよ」


 そう言った過馬さんは何も気にしていないように見えたけど、言葉の端々は鋭く私に突き刺さった。犯人と思っているなら、お前が直接話をしろ。そう言う事だ。

 けれど裏を返せば、過馬さんは『超研部』を少しも疑ってないって事なんだろうけど。


「……あの、すみません」


 なんてぼんやり考えていたら、急に後ろから声をかけられる。振り向くと、そこに立っていたのは西園寺さんだった。

 制服に身を包んだ彼女は、おどおどとしながら私の行動を見守っている。

 どうやらいつの間にか、約束の時間になっていたようだ。私は居住まいを正して、手で着席を促す。おどおどとした態度を変えずに、西園寺さんは私の前に座った。


「まずは、何を頼む? おごりだから、気にしないで」

「はあ」


 とは言っても資産家のお嬢さまである西園寺さんの事だから、別にこれくらいのコーヒー代は大した事もないのだろう。私としても経費で落とす気満々だから、つまどれだけ頼もうがどちらが払おうが、別にさしたる問題でもない。

 けれど西園寺さんは遠慮したのか、普通のアイスコーヒーだけを頼んだ。

 ウェイトレスがアイスコ―ヒーを運んでくるまで私たちは無言で時間をつぶした。そんな沈黙を破ったのは、コーヒーに口を付けた西園寺さんだった。


「あの、なんで私を呼んだんですか? もしかして、私を逮捕するとか……」


 その疑問は最もだし、何だったら疑っているのだけど、それは決して口に出さず建前かつ本題を伝える。


「今日あなたを呼んだのは他でもなくて、樹村恋歌さんについてもう一度聞きたい事があったからなの」

「……」

「この間教えてくれたよね。もっと詳しい話が聞きたいんだ」

「……」


 西園寺さんは沈黙してしまう。目を合わせようとせず、ずっと右下のあたりを見ている。縮こまった様子だけど、確かな拒絶を感じられた。

 思えば一昨日の事情聴取の段階でも、彼女はあまり多くを語らなかった。それは彼女にとっても喋りにくい事柄だったに違いない。

 さて、どうしたものか。これ以上聞いても何も喋らないだろうけど、しかしだからと言ってそのまま帰すわけにもいかない。

 私は意を決して、話しかける。


「あのさ、西園寺さん。あなたは鶴来さんを殺した人が、その噂を真に受けたって言ってたよね。もし仮に、樹村さんの自殺の理由が分かれば、鶴来さんを恨んだ人間が分かるかもしれないの」

「……」

「あなたも、鶴来さんを殺した犯人を知りたいって、そう思うでしょ?」

「……別に、今更知ろうとは思わないです」

「え?」


 私は思わず、間抜けな声で聴き返してしまう。今更? それは一体どういう意味なのだろうか。

 聞き返そうとした私を制するように、西園寺さんは再び口を開いた。


「恋歌ちゃんは、結構男遊びの激しい人でした。彼氏をとられたって人も多くて」

「うん、らしいね」

「私たちはあんまりそういうのに興味も無かったですから、あんまり関係なかったですけど」

「そうなの? その、『超研部』の人は結構モテそうだけど。特にあなたは」

「そうでもないですよ」


 分かりやすいお世辞は見透かされたのか、西園寺さんは笑ってごまかす。


「雨鷺ちゃんはそこら辺さっぱりしてますし、曜ちゃんは勉強一筋だって思われてますし。それに私なんて、好きになってくれる人がいるとは思えません」

「……鶴来さんは、どうだったのかな」

「……玲は、空君を溺愛していたので。結構ブラコンな所があったんですよ。だから他の男なんて目に入っていなかったと思います」

「そっか」

「だから、恋歌ちゃんのその、男癖の悪さは別に私たちの気にする話でもありませんでした」


 とすると、意外とそこらへんはさっぱりしている関係だったのかもしれない。恋愛の絡まない、健全な友情だけの関係性。それはある種理想なのかもしれないし、それが成り立っていたのも珍しい話だ。


「だから私たちは、恋歌ちゃんとは仲良くしてました」

「確執とかは無かったんだね」

「ええ、勿論。玲だって、恋歌ちゃんとは仲良くしてましたから。あの噂話だって、根も葉もないんです」


 あの噂話というのは、鶴来さんが樹村さんの自殺の原因を作ったという、あの噂だろう。


「私から恋歌ちゃんについて話せる事は以上です」


 そう言って、西園寺さんは話を終わらせた。 


「うん、十分だよ。あんまり話したくない事もあるだろうし」


 問題は、樹村さんだけではない。

 鶴来さんについての話を聞かなくてはいけないのだ。


「それで、次は鶴来玲さんについて、教えてほしいな」

「……なんで、玲についてなんですか。玲は被害者で、何もしていないじゃないですか」

「だからこそ、って言えばいいのかしら。あなたから見た鶴来玲さんの印象とか、『超研部』でどんな感じだったのかを教えてほしいの。それが鶴来さんの死の理由に繋がるかもしれないから」

「……まるで、わたしたちの中に犯人がいるかのような言い方ですね」


 冷たい眼差しを向けられて、思わず焦る。

 ついさっきまでのオドオドとした態度は一変していて、今はじっと私の方を見つめている。

 まるで鶴来さんの話題が、彼女にとって大きな意味を持っているかのようだった。


「ごめんなさい、気を悪くさせたのなら謝るわ。ただ、鶴来さんがどんな人だったのか、それを身近にいたあなたから聞きたいの」

「……そうですか」


 相変わらず冷たい表情を崩さずに、それでも彼女は口を開く。


「玲は、中学生の時から仲が良かったんです。頼りない私をいつも引っ張ってくれてました。それは『超研部』に入ってからもそうで。私はいつも玲に頼りっぱなしでした」


 そこまで言って、西園寺さんは言葉を止めた。涙ぐんだ、すすり泣くような声がかすかに聞こえる。

 顔は伏せていて表情は伺えない。けれど泣いているのは確実だった。

 そこで私は、自分の軽率さを反省した。デリケートな問題に触れてしまった。 


「……ごめんなさい、西園寺さん。大丈夫?」


 私は周りの注目を浴びていないか確認して、彼女を慰めようとする。私の右手が彼女の肩に触れるか触れないかの所で、西園寺さんは顔を上げた。

 そしてこう言った。


「……玲は強かったです」


 その言葉の意味を飲み込めずにいるうちに、西園寺さんはこう続けた。


「玲は強いから、誰かを知らずの内に傷つけたりしたかもしれません。でもだからって、玲が殺される理由にはなりません」

「……あなたにとって、鶴来さんは大事にな存在だったのね」

「ええ、そうです。私にとって玲は心の支えでしたから」


 心の支え。そこまで言い切ってしまう西園寺さんが。

 私には少し怖かった。

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