氷上雹珂 +3日(2)



 西園寺さんへの聞き込みが終わっても、私はこの喫茶店から出れない。なんて言うとまるで私がこの喫茶店に閉じ込められているようだが、実際はそんな事も無い。単純に、この後別の人との待ち合わせがあるのだ。

 皆月曜。『超研部』の部員の一人であり、鶴来玲さんが死んだ日に、最後から二番目に彼女を目撃した人間だ。『超研部』の部員である以上、彼女も樹村恋歌さんの死に関係している可能性が高い。彼女からも話を聞く必要がある。

 腹ごなしにモンブランを頼んで、それを食べながら皆月さんを待つ。待ち合わせの時間までの一時間、のんびりと待機した。

 モンブランだけでは足りなくて、結局追加でショートケーキも頼んで。そしてそれも食べ終わり、コーヒーを飲んで一息ついている所に、ようやく皆月さんは現れた。

 待ち合わせの十分前だった。


「……」


 無言で、しかしぺこりと頭だけは下げてから、彼女は席に着く。

 私は皆月さんの表情をうかがう。

 彼女の表情はこの間と何も変わらず、無表情のままだった。そうだ、皆月さんはあまり表情に出さないタイプなんだったっけ。

 泣き出されても困るけれど、しかし何の反応もないのもそれはそれで辛い。現に、席についた皆月さんと私の間には、気まずい沈黙が流れる。


「ええっと、ほら、何か頼みなよ。どうせ経費で落ちるから心配しなくても大丈夫だし」


 間が持たなくて、余計な事を言ってしまう(経費とか)。彼女は平然と言葉を返した。


「……アイスコーヒーを」


 注文を店員にして、アイスコーヒーが来るまで待つ。そして店員さんが持ってきたアイスコーヒーを皆月さんは一口だけ飲んで、そこでようやく口を開いた。


「……今日呼んだのは。……玲の事ですか」


 彼女はじっと、私の事を見つめる。無表情で、何を考えているかわからなくて、私は少しだけ、そんな彼女の視線が怖くなった。


「……それとも。……恋歌の事ですか」


 どくんと、心臓が少し跳ね上がった気がした。

 さすが天才、私の行動なんてお見通しというわけか。それはそれで話が早い。私は冷静であろうと努めながら返事をした。


「そうね、どちらかと言えばその両方なんだけど……。あの二人と仲の良かったあなたに話を聞きたいと、そう思ったの。安心して、あくまでも個人的な話だと思ってくれればいいからさ」

「……私から話せる事は。……何もありません。……それに。……恋歌の自殺と玲が関係あるとは。……思えませんけど」

「そうとも限らないじゃない。あなたは、樹村さんの自殺をどう考えてる?」

「……失恋したんだと思います。……気になっている男の子がいるって言ってましたから」

「気になっている男の子?」

「……ええ。……自殺する少し前でした」


 思わず息をのむ。自殺した少し前に、何か恋愛関係でこじれていたとしたら、それは自殺の原因に十分になりえる。

 一昨日の事情聴取の最期、彼女が言い澱んだのはこの事だったのかと、ようやく気が付いた。あの時言えなかった事を、彼女は今こうして言ってくれているのだ。


「その、気になっている男の子が誰かとかって、分かる?」

「……えっと」


 相変わらず無表情のまま、皆月さんは喋り始めた。

 スローペースなしゃべり方なので、全てを聞き出すのに苦労したけど、纏めると以下の内容だった。

 気になっている男の子がいる。

 樹村さんが自殺する少し前、彼女がそんな事を言ったらしい。皆月さんはそれを聞いて、何とも思っていなかったらしい。というのも、樹村さんの男遊びの激しさは皆月さんも知っているところだったので、別に何とも思わなかったらしい。

 相手の『男の子』について、樹村さんは何も言わなかった。容姿とか、年齢とか、名前とか、そういう個人情報は何も。隠しているのかもしれなかったけれど、興味がなかったので何とも言えないらしい。

 そして、その『男の子』の話をされたのは、その一回だけらしい。それ以降、その『男の子』に触れる事なく、樹村さんは自殺した。


「その『男の子』について、鶴来さん――他の部員の人は知っていたの」

「……去年居なかった空は。……知らなくて当然としても。……舞花も玲も。……知らなかったと思います。……雨鷺は知ってたかも」

「兎川さんが?」

「……恋歌も雨鷺には言っていたかも」


 そういえば、兎川さんと樹村さん、それに皆月さんは同じ中学校出身なんだっけ。だとすれば、樹村さんが兎川さんに個人的な話をしていても不思議ではない。

 あとはいくつか、別の質問をした。

 しかし、具体的な回答は返ってこなかった。『男の子』の存在はかなりの有益な情報だったけれど、今の状態ではこれ以上調べようがないのも事実だ。兎川さんなら何か知っているかもしれないけれど、他の人は知らないだろうし。

 そして皆月さんは、樹村さんについてはこれ以上の事を言わなかった。彼女としても、樹村さんの死について思う所はあったのだろうか、しかし何も知らないというのが本当の所だろう。

 気を取り直して、今度は鶴来玲さんについて話を聞いてみる事にした。皆月さんは相変わらず無表情のままで、鶴来玲さんについて知っている事を教えてくれた。


「……玲は。……喧嘩が強くて。……かっこよかったから。……女の子に好かれてました」

「ヒーローみたいな扱いだったって事?」

「……はい」

「じゃあ、恋愛関係はどうだったのかな」


 『男の子』と樹村さんの関係が自殺の原因だとして、それにもし鶴来さんが関わっていたとするならば。鶴来さんの恋愛事情が何かの鍵になるかもしれない。そう考えたけれど、皆月さんの答えは拍子抜けしてしまうものだった。


「……そういう話は。……全然」


 その後も何個か質問をしたけれど、目新しい情報は無かった。思えば一昨日の事情聴取だって、彼女は樹村さんや鶴来さんの死に心当たりがないと言っていた。今更聞いた所で、新しい情報は期待できないという事だろうか。

 ともあれ、これで今日の話は終了だ。私は最後に、皆月さんに礼を言う。


「皆月さん。今日はありがとう。おかげで、いろんな事が分かったわ。この情報は必ず役立てて、鶴来さんを殺した犯人を捕まえて見せるから」

「…………」


 皆月さんは何も喋らず、こくりと頷いた。

 会計を済ませ、二人で店を出る。その軒先で、彼女は突然口を開いた。


「……あの」

「ん?」


 どうしたのだろう。何かあったのだろうか。


「……よろしくお願いします」


 そういって、皆月さんは深々と頭を下げた。これには私も驚いてしまう。

 というか、店先で女子高生に頭を下げさせるのは、あまりよろしくない。私が女性とは言え。

 しかしそんな心配は無用で、皆月さんは下げていた頭をすぐにあげた。

 表情は、相変わらず無表情。だからと言って、何も伝わってこない訳じゃない。彼女はきっと、内心が表に出ないだけなのだ。無表情なのに、悲愴な感情や、犯人に対する憤り、そして不安。色んな感情があふれ出しそうだと思った。

 だから私は、思わず彼女の手を握った。彼女の片手を、自分の片手で掴む。そのまま体の前に持ってきて、彼女の両手を無理やりくっつけるようにする。


「……大丈夫」


 そんな言葉しか出ない。けれど、そんな短い言葉でも彼女にはしっかり伝わったのか、こくりと頷いてくれる。


「絶対に、何とかしてみせるから。安心して」


 そんな言葉を投げかける。それを受けて、皆月さんは表情を柔らかくした。意外にも、彼女は表情を表に出す人間らしい。

 不思議な気持ちだった。このか弱い彼女を守らなくてはという気持ちと、彼女が犯人なのではという気持ちの、両方が自分の中にある。

 実際、彼女はどちらの人間なのだろうか。友達を亡くした哀れな関係者か。それとも友達を殺した残忍な殺人者か。



 その答えを知るのは翌々日。

 


 

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