氷上雹珂は、事件の答えを知る

氷上雹珂 +5日(1)




 思えばこの数日間、いろんな事があった。大した事は起きていない――いつも殺人事件を捜査しているのと一緒と言えばそうなんだけど、それでも私の個人的な感想としては、激動の数日間だった。

 そしてそれは、今だに続いている。


「か、過馬さん! スピード出しすぎですって!!」

「ごめんよ!」


 過馬さんの運転する乗用車は凄まじいスピードを出して、閑静な住宅街を爆走する。信号無視等のあからさまな違反行為こそしないものの、無理な車線変更や異常な速度は、とても現役の警察官による運転とは思えない。

 隣の運転席に座る過馬さんを、横目で見る。

 普段の飄々とした雰囲気とは違い、焦った表情を浮かべて運転に集中している。とても私の言葉が届いているようには思えない。


「そ、そもそもどこに向かっているんですか!」


 そう、過馬さんは私に対し何の説明もしていない。

 今朝急に電話がかかってきて、なぜか車で家まで迎えに来て、そして何故かこうして車で連れまわされている。

 真剣な口調に押されここまで来たけれど、そろそろ説明してもらわないと不安でしょうがない。

 というかこっちは、メイクも適当に終えてまで付き合っているんだ、説明してもらわなくては割りに合わない。


「過馬さん! 何があったんですか」

「犯人が分かった」


 ――え?

 過馬さんは前を向いて、荒っぽい運転を続けたまま。そんな衝撃的発言をした。


「は、犯人が分かったって、じゃあ今から向かっているのは」

「言うなれば、その犯人が居る場所だよ」

「は、犯人の場所って……」


 ちょっと待ってくれ。ただでさえ皆月さんの死をこっちは引っ張っているんだ。

 一昨日から私の頭は混乱しっぱなしで、この目まぐるしく変化する情報に頭がついていかない。

 それでも私は、過馬さんに叫ばざるをえない。


「犯人はいったい誰なんですか!」


 鶴来玲さんを殺した人間は。

 皆月曜さんを殺した人間は。

 あるいは樹村恋歌さんを殺した人間は。


「誰が殺したんですか!?」

「鶴来玲さんを殺したのは」


 過馬さんは答える。すべてを見透かしたように。


さんだ」




**************************************





「皆月さんが鶴来玲さんを殺した。その目的は分からないけど、樹村恋歌さんが関係している事は間違いないだろう。案外樹村恋歌さんを殺したのは、鶴来玲さんだったのかもしれない」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 混乱する頭を押さえつけ、私は過馬さんの方を見る。さっきまでは運転の荒っぽさから、車のフロントから眼を背けられなかったけど、今はもう無理だ。

 過馬さんの真意を測るため、彼を真っすぐ見据える必要があった。

 

「それじゃあ過馬さんは、皆月さんの死は自殺だったとでも言うんですか。ありえません、あれはたしかに自殺に見えるかもしれないですけど、でも他殺ってはっきりしたじゃないですか」


 そう、皆月曜さんの死は他殺だった。

 皆月さんは昨日の早朝、野球部の顧問である坂道さかみち雄吾ゆうご先生によって遺体が発見されている。場所は翆玲高校の時計塔傍。死亡推定時刻は一昨日の深夜一時前後。

 遺体は損傷が激しく、全身を強く打った形跡がある事から、時計塔から落下したものとみられていた。その状況から当初は自殺とみられていたが、スタンガンの痕跡があり、着衣の乱れがあった事から、他殺と断定された。

 時計塔の鍵は壊されていて、誰でも入れる状況だった。


「皆月さんは被害者です」

「皆月さんは被害者でもあり、加害者でもあったんだ」


 過馬さんがハンドルを右に向ける。車は勢いを落とさず、車体を傾けながら交差点を曲がった。

 過馬さんの表情は変わらない。さっきからずっと、焦っている表情を浮かべている。


「皆月さんは鶴来玲さんを殺して、その後に他の誰かに殺されたんだ」

「他って、誰ですか」

「順を追って話すよ。氷上ちゃんにも、聞いてもらう必要があるからね」


 そういうと、過馬さんは運転のスピードを緩めた。説明に意識を割くから、荒っぽい運転はできないという事だろう。それでも運転自体を止めないのは凄まじいが。

 気付くと、過馬さんの口調はいつもの間延びしたものと違って、真剣なものだった。


「鶴来玲さんの死から話すとね。皆月さんは事件当時、兎川さんや西園寺さんが部室を出て行ったあと、鶴来玲さんを殺害。その遺体を放置したまま、友達と下校をしたんだ」

「でも待ってください。兎川さんの証言があるじゃないでか」


 兎川さんはその後に、鶴来玲さんを目撃している。その証言がある以上、鶴来玲さんがそれ以前に死亡する事はありえない。


「だから、兎川さんが嘘をついているんだよ」

「……え?」

「兎川さんが嘘をつけば、その証言は意味がない」


 つまり兎川さんが事件当時、『超研部』の部室に入ったとき。

 そこには死んだ鶴来玲さんの遺体があったのか。


「し、死体を見て見ぬふりをしたって事ですか!?」

「そうすれば、皆月さんの犯行は可能だ。つまり、皆月さんと兎川さんは、共犯関係だったんだよ」

「……協力して、友達を殺したんですか」

「友達と思っていたかは別としてね」


 過馬さんの推理をすんなり受け入れるのは心情的にはつらかったが、しかし共犯と言われればすんなり腑に落ちた。

 直に帰った西園寺さん、最後まで部室には直接寄らなかった鶴来空君を除いてしまえば、『超研部』の部室に居たのはあの二人だ。二人が協力すれば、殺害も隠蔽も簡単だろう。


「え、でも待ってください。それで皆月さんが鶴来さんを殺したのは良いですけど。結局皆月さんは誰に殺されたんですか?」

「……分からない。もしかしたら、兎川さんが殺したのかもしれない」


 そこで、過馬さんの表情が少し変わる。さっきまでは焦りが全面に出ていたのに、今度はなぜか悲し気な眼をしていた。


「勿論、そんな事はないと信じたいけど」

「つまり、私達は兎川さんの家に向かっている訳ですね」

「ああ」


 過馬さんの運転する車は、迷う事なく道を進んでいく。いつ兎川さんの家を調べたのか分からないけれど、きっと真っすぐ兎川さんの家に向かっているのだろう。


「……」


 皆月さんと兎川さんが鶴来玲さんを殺し。

 誰かが皆月さんを殺した。

 きっとそれは兎川さんなのだろうと私は考える。きっと兎川さんと皆月さんの間に仲間割れが生じたのだ。

 実行犯が皆月さんである以上、皆月さんの方が負担が大きい。それは計画を実行する難易度でもあるし、罪の大きさでもある。

 そのアンバランスさ、不公平さによって、彼女の仲に亀裂が生じたのだろう。


「過馬さん」

「なんだい」


 隣の過馬さんに、話しかける。顔は見ずに、前を向いて。


「兎川さんを、守りましょうね」

「……ああ、勿論」


 私達の車は、公道を走り抜ける。

 犯人との邂逅を果たすために。




**************************************




 到着した兎川さんの家は、何というか彼女のパーソナリティにそぐわない、西洋風の一軒家だった。


「ほら、いこう氷上ちゃん」


 過馬さんは家の外観なんてどうでもいいと、さも見慣れたものであるかのように見向きもせずに玄関へ向かう。私も急いでその後を追いかける。


「――鍵がかかってない」


 過馬さんは躊躇なく玄関の扉に手をかけて、扉を開けた。そのまま中へ入る。


「ちょ、ちょっと過馬さん! 不法侵入ですよ! 警察関係者として見過ごせませんよ」

「緊急事態だって」


 不法侵入を果たした過馬さんに続くように、私も家の中に入る。

 外観と同じく、家の内観も西洋風だった。私の住んでいる家とは大違いだ。やはり西洋の血を引いている人は、家も西洋なのだろうか。

 過馬さんは迷いなく階段を昇っていく。普段はあんなにのんびり行動しているのに、今は行動の一つ一つがやけに素早い。


「――ん?」


 ふと、視界の端で何かが動いた気がして、そちらに目を向ける。どうやら一階にも部屋があるようで、扉が半開きになっている。


「……」


 二階へ上がる過馬さんを放っておいて、私はこっちの部屋に移動する。どうしてそんな事をしたのか、後々になって考えても分からない。

 ただ私は、嫌な予感がしたのだ。

 そして私の嫌な予感は、外れた事がない。


「――兎川さーん?」


 呼びかけながら、部屋の中に入る。どうやらその部屋は、書斎のようだった。

 部屋の壁一面に本棚があり、大判の分厚い本がところせましと並んでいる。扉と反対側の壁には、一面大きな窓があった。

 そして、最大の特徴は。


「――!」


 窓の下。壁に背中を預けるようにして座っている――いや、死んでいる、彼女だった。

 眠るような、死体が、そこにはあった。


「か、過馬さ――」


 過馬さんを呼ばなくては。そう思いながら振り向こうとしたその時。背中から気配を感じた。


「――!」


 とっさの判断で身をよじるようにして、その場から離れようとする。しかし遅かった。

 黒い何かが私の腰にあたり、遅れて衝撃が襲って来る。


「――がっ!!」


 無数の針を突き刺したような痛みが、全身を襲う。

 ――これは、スタンガンだ。警察官としての必要最低限の知識として、スタンガンの扱いくらいは熟知している。使った事もあれば、使われた事もある。

 しかしこれの、今味わったスタンガンの威力は、市販のものを上回っている。

 痛みと衝撃で気絶しそうな体を、気合で立て直し、襲撃者の方を見る。

 

「……ふふ」


 彼女は薄く笑う。眼は座っていて、光が灯っていない。

 それを見た瞬間、寒気が背すじを襲う。

 怖い、そう感じてしまう。私が? 現役警察官の、私が? 今まで散々、凶悪な犯人と対峙した私が?

 しかし彼女の怖さは、凶悪犯だとか、そういった分かりやすい恐怖とは一線を画していた。

 そう、今の彼女には、得体のしれない恐怖がある。


「――あなたが殺したの?」


 私はそれでも、内心からせりあがる恐怖に立ち向かうように、彼女に質問をぶつける。

 私の問いかけに彼女は答えず、薄ら笑いを浮かべるだけだ。


「――答えてよ!」


 私は叫ぶ。しかし彼女には――西園寺さんには届かない。




「あなたが、兎川さんを殺したのね」







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