鶴来空 -2日
昨日、時計塔の調査を行った後。
僕と南沢は時計塔を出て、そのまま別れた。南沢は僕を怪訝な顔で見ていたけれど、何とか誤魔化した。ちなみに、鍵はしっかり兎川先輩に返した。
南沢には結局、姉さんが犯人の可能性を伝える事はできなかった。南沢は知らない方がいいと思ったからだ。
「えー、このような三角形がある時、sinは――」
そして僕は今、学校で授業を受けている。東上先生の、退屈な数学の授業を聞き流しながら、僕は横目で時計塔を見る。
ここからだと、屋上も、時計塔の文字盤も半分くらいしか見えない。
「……あそこか」
ぽつりと、誰にも聞こえないように呟く。
あそこで、あの屋上で。樹村先輩は殺されたんだ。
姉さんが殺した。
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『
鶴来玲がいかにして樹村恋歌を殺害したのか
最初に断っておきますが、このノートに書いてある文章は、決して真実とは言えません。限られた証拠から推測しているだけです。なので書いてある事は間違っている可能性だってあります。
樹村先輩の死は自殺だった。その可能性だって、十分あります。
ただ言える事は、僕は自分のたどり着いた真相が正しいと思っています。
では、事件の流れを振り返りましょう。事件当日です。
鶴来玲は樹村恋歌を時計塔の傍に呼び出しました。直接屋上に呼び出したのかもしれませんが、時計塔の傍の方が行きやすいですし。
樹村恋歌を呼び出した鶴来玲は、そこで樹村恋歌を気絶させます。
姉さんは格闘技を習っていましたので、人を気絶させる方法は熟知していると思います。それに、樹村恋歌が墜落し、遺体が損傷した以上、その痕も分からなくなっていると思います。
樹村恋歌を気絶させた後、時計塔の屋上に向かいます。この時必要なのが、時計塔の鍵です。
時計塔の鍵ですが、事前に生徒会から盗んだのでしょう。姉さんは生徒会長である兎川先輩と仲が良かったので、鍵の位置や生徒会に人がいないタイミングを把握していたと思います。
時計塔の屋上に着いた鶴来玲は、ここでロープを使います。鶴来玲の趣味の一つにアウトドアがありますから、ロープを持っていたとしても不自然じゃありません。そしてこのアウトドア趣味が、トリックの重要な要素になります。
取り出したロープは、かなりの長さ――屋上から地面の距離を二倍した長さ程度だと思います。
鶴来玲はこのロープを、フェンスに引っ掛けてから、両端とも地面に落としました。
こうしてロープは、地面から時計塔の屋上へと向かい、そしてフェンスに引っかかるようにしてまた外へと伸びる。そんな形になります。
ここまでした後、鶴来玲はもう一度外へ向かいます。
そして屋上から垂らしてあったロープの片端と樹村恋歌の首を結びます。つまり、首吊りの形ですね。最も、この段階では体は地面に着いていますが。
これで地上での加工はひとまず終了します。そして鶴来玲は、もう一度屋上に向かいます。
この時、二つある扉を内側から施錠して、鍵を屋上に置きます。
これで時計塔は施錠され、密室は完成します。
さて、問題はここからです。
時計塔が密室である以上、このままでは時計塔から脱出できないでしょう。
じゃあどうしたのか。
この考えを思いつくのに、密室という言葉そのものについて考える事が重要でした。
密室とさっきから表現していますが、しかし時計塔は密閉されていた訳でもないし、部屋という訳でもありません。天井と壁の一部は無いんですから。
つまり、鶴来玲は至極単純に。
壁のない所から脱出したのです。
ではどうやって脱出したのか。
それを考えるのには、樹村恋歌の不可解な死について考察する必要があるでしょう。
樹村恋歌はなぜ屋上で殺されたのか?
なぜ首吊り死体となっていたのか?
なぜその上で墜落していたのか?
そんな不可思議な状況は、それが必要だったからこそ起こった現象なのです。
具体的な方法はこうです。
鶴来玲は屋上にたどり着くと、ロープの片端――樹村恋歌と繋がってない方を手にします。
フェンスの向こう側から持ってきて、ロープを体に結びます。おそらく専用の器具を使ったのでしょう。
懸垂下降専用の道具を。
栄養ドリンクのCMや、消防士の訓練とか。そういった場面で懸垂下降を見ると思います。
鶴来玲はアウトドア趣味があったので、そんな器具を持っていても不思議ではないです。
そう、鶴来玲は、時計塔の壁を歩いて下まで降りたのです。
しかし普通に懸垂下降を行うには様々な問題があります。
一つはやっぱり危険性で、だからこそ懸垂下降を行う際は様々な道具が必要になります。
じゃあ逆に、なんで危険なのか。それは当然、自分の体重に起因するでしょう。
体重があるから落下するし、だから落下しないように支えだったり器具が必要になるのです。
逆に言えば。
体重さえ無かった事に出来れば、安全は確保されます。
そしてそれを可能にするのが、ロープのもう片端につなげられている――樹村恋歌なのです。
ロープを体に巻いた鶴来玲は、そのまま慎重に屋上から懸垂下降します。
普通ならそのまま地面に激突する所ですが、そうはなりません。ロープの反対側には、樹村恋歌が括り付けられているからです。
鶴来玲の重さと樹村恋歌の重さが、釣り合うんです。
二人とも体型に差はないですから、多分釣り合うと思います。こうして自身の重さを無視したまま懸垂下降を行って、鶴来玲は、屋上から脱出する事に成功します。
さて、鶴来玲が屋上から脱出している間。
樹村恋歌の身体はどうなるのか。
ロープで繋がっているので、鶴来玲が下に行けば行くほど、当然樹村恋歌の身体は上に上に向かいます。上に向かう、つまりは首を上に引っ張られます。
つまり、樹村恋歌は首吊りをします。
鶴来玲が下へ降り、樹村恋歌が上まで引っ張られ。
これにより、時計塔の壁に跡が付きました。写真に写った、等間隔についた小さな跡は、きっと鶴来玲がつけた足跡でしょう。上にずっと続いていた跡は樹村恋歌が上に引っ張られた時についた跡だと思います。
鶴来玲は案外、靴を脱いでいたのかもしれません。そうすれば足跡が残りにくいですからね。
こうして鶴来玲は、懸垂下降で地面に到着します。ここで、樹村恋歌はどうなっていたかというと、屋上の近くまで吊り上げられたと思います。
地面に着いた鶴来玲は、ここでロープを切り離します。
そうすれば、樹村恋歌と鶴来玲の間になったつり合いの関係はなくなり、上にあった物は下へと落下します。
首吊りをした、樹村恋歌の死体が落下するのです。
こうして樹村恋歌は、首吊りをした後で地面に落下した、不可思議な状態になったのです。
さて樹村恋歌が地面に落下する直前、鶴来玲はある程度距離をとります。これは血しぶきを回避するためです。
ロープを切り離してから、樹村恋歌が落下するまでの時間はあるでしょうから、そう難しくないと思います。
そして落下した樹村恋歌の死体に対し、ある作業をします。
それは樹村恋歌の死体に巻き付いたロープを回収する作業です。
首吊りのために使ったロープがあまりにも長すぎれば、他の用途を疑われてしまいます。
そのため、不自然にならない程度ロープを回収する必要があった訳です。
ただ、全ては回収しきれません。地面に流れた血のせいです。
血の海に沈んだロープを回収すると、ロープの部分だけ不自然に跡が残ります。だから鶴来玲はロープを十分に回収できず、途中で切り取るしかなかったんです。
そんなトラブルもありつつ、鶴来玲は時計塔の屋上から脱出を図り、樹村恋歌の死を多少不自然なれど自殺に見せかけられて。
こうして鶴来玲の殺人は終了しました。
以上が僕の推理――あの日の真相になります。
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僕は授業なんてそっちのけで、昨日書いたノートの事を想い出す。推理とは呼べない、推論に推論を重ねた、いうなれば妄想のようなものだろう。
そういえばノートを書いた後、姉さんに呼ばれて部屋に行ったんだっけ。
「……っと」
なんて考えていると、いつのまにか本日最後の授業は終わっていた。周りは授業の片づけを行い、速攻帰るやつもいればしばらく喋っているやつもいて色々だ。そろそろ期末テストも近づいていて、部活をできるのも残りわずかな日数しかない。そのため、急いで部活に行く人間も多い。
さて、僕も急ごう。
先輩が待っているのだから。
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