さよなら、透明人間
鶴来空 +14日(8)
「君の手は、もう血の色で染まっているんだからさ」
それだけ言うと、過馬さんは部室を出て行った。
僕は確信する。きっともう、過馬さんとは会う事もないんだろうと。同じ人を庇い、同じ罪を背負った僕達。けれど、僕と過馬さんは、違う道を歩んでいく。
過馬さんは、裁かれるのを待ち。僕は、自らを永遠に苛む。
思えば、不思議な人だった。どこか捉えどころがなくて、それでいて芯の強さを感じさせる、そんな人だった。やっぱりそういう所も、兎川先輩と似ている。
「……ふう」
僕は椅子にもたれかかり、部室を見渡す。
「……ここも、随分と広くなったな」
つい二週間ほど前までは、この部屋は随分と狭かった。
決して広くはない部室なのに、棚やら怪しいオブジェやら生活雑貨やら観葉植物やらがぎゅうぎゅう詰めで、そこに机、椅子と人間を五人も詰め込んでいるのだから、さながら満員電車のような惨状だった。
最も、僕以外のメンバーはもういない。満員電車のような部室は、廃線してしまったようだ。
僕一人を残して。
眼を閉じると、今でも思い出す。
ホワイトボードの前で、喧嘩をしている兎川先輩と姉さん。おろおろする西園寺先輩に、我関せずの皆月先輩。そんな彼女たちを、僕は呆れながら見ている。
そんな思い出。
まだ、何も知らなかった頃の思い出。
「樹村先輩がいたときは、どうだったんだろうな……」
僕は一枚の写真を、ポケットから取り出す。
ホワイトボードに『祝 超常現象研究部設立』と書いてあって、その手前に姉さん達が中腰だったり座ったりで二列になって集まっている。
奥で中腰なのが、右から西園寺先輩に姉さん。手前に座っているのが、右から皆月先輩に兎川先輩に――樹村先輩。
笑顔とピースサインは、明るい未来を信じているように、とても無邪気なものだった。
透明な、何も決まっていない未来を、それでも信じていたんだろう。
「……僕はどうしたらいいんだろう」
そんな呟きに返してくれる人は、この部室には誰もいなかった。
**************************************
気が付くと僕は、時計塔の屋上に来ていた。皆月先輩が殺されたときに時計塔の鍵は壊されていたらしく、今は誰でも入れる。
なんで時計塔の屋上に来たのか、僕にも分からない。なんというか、言葉に出来なかったのだ。強いていうならば、追悼か。
階段を上ると、太陽が近く感じる。日はもう沈みかけて、透き通るような青空は、端の方から赤く染まっていた。
「……花だ」
屋上の縁に、花束が置いてある。きっとそれは、献花なんだろう。
僕は屋上の縁に近づいて、町を見下ろす。
改めてみると、なんて高いんだろう。この分だと、UFOを呼べても不思議じゃないなと思った。
UFO。その言葉から、兎川先輩が連想される。そういえば、『UFO降臨の儀式』をするとか言ってたっけ。
姉さんが死んだ日、図書室で兎川先輩は僕の事を、周りに影響を与える人間だと言っていた。今思えば、なんておかしいんだろう。
「悪影響じゃないか、ただの」
しかも影響どころではない。僕はこの手で、殺したのだ。姉さんも、兎川先輩も、皆月先輩も。
傍観者なんて、透明なんて、欺瞞でしかなかった。僕は結局、卑怯者の犯罪者だった。
「……透明人間、か」
過馬さんの言葉が、胸のしこりとなって残り続ける。
透明だからと言って、純粋だとは限らない。過馬さんはそう言っていた。だから僕も、きっと不純な透明だったのだろう。
透明だけど、無実じゃなかった。
「……」
姉さんを殺した僕は、もう透明じゃない。当然だ、僕の体はもう、姉さんの流した血で真っ赤に染まってしまった。あるいはそれは、兎川先輩だったり、皆月先輩だったり、樹村先輩なのかもしれないけれど。
何にしても、僕の罪は消えないだろう。
そしてそれを、一生背負って生きていくんだ。真っ赤な体のままで。
「……」
僕は自分のポケットから、一枚の写真を取り出す。『祝 超常現象研究部設立』と書かれたそれを、僕は両手で持って、前に突き出す。写真はフェンスを越えて、宙に浮く。
どうしてそんな事をしたのか、はっきりとは分からない。ただ僕は、区切りをつけようと思ったのだ。
忘れるんじゃない。ただ、自分のやった事を見つめたかった。僕が皆を、姉さんを殺したのだと、実感したかった。
そして、今までの自分に、別れを告げたかったのだ。
透明だった、傍観者だった僕に。
「――さよなら」
僕は、写真を破く。
両手で、少しずつ、感覚を確かめるように。
僕が破く度、彼女たちはバラバラの破片になる。それは、現実とリンクしているようで。彼女たちの身に起きた事を、表しているようで。
僕が写真を破く。『超研部』をバラバラにする。僕の、この手で。僕自身の力で。
姉さんと樹村先輩の間に亀裂が入る。姉さんの身体が真っ二つになる。兎川先輩が、細かくなっていく。皆月先輩も、西園寺先輩も、細かな破片へと変わる。
「……ほら」
僕はそれを宙に投げ捨てる。風邪に吹かれて、写真の破片は宙を舞って、空を漂う。
写真はもう、細かな欠片になって、何が写っていたのかは分からない。でも確かにこの世界にあった。そして破片になって、この世界に残り続ける。この時計塔から、どこか遠くへ。それに、僕は覚えている。細かな破片が、僕の心に刺さって残り続ける。
それはきっと、僕の罪と同じだ。たとえ他の人間には分からなくても、世界には残っている。あるいは、僕の心にも。
「……さよなら、透明人間」
僕はもう一度、別れを告げる。日はもう沈み、太陽は地平線に消えかけて。空は透明から赤色に変わる。
それは、血のように真っ赤な
―了―
さよなら、透明人間 西宮樹 @seikyuuki
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