鶴来空は、過馬雷灯と話をする

鶴来空 +14日(1)




 僕の姉さん、鶴来玲が殺害されてから、二週間が過ぎた。

 あれだけの事件があったにも関わらず、学校は期末試験に突入した。人の死と生徒の受験は別問題という事だろうか。あるいはそれは、事件の事を忘れようする学校側の精いっぱいのあがきなのかもしれない。

 とはいっても、生徒の方がそう簡単に忘れられるはずもなく。僕のクラスメイトは試験に集中できず、散々な結果に終わったらしい。その分僕の順位が上がると期待したが、僕の結果も散々だった。

 そんな具合で散々な結果に終わったテストだけど、苦行から解放されたのは事実だ。クラスメイトは夏休みを目前に控え、浮かれているようだった。色んな遊びなり旅行の計画を立てているらしい。僕は誘われていない。

 そして僕は一人、『超研部』の部室にいる。


「……暇だ」


 椅子にもたれかかり、何となく暇を潰す。今日は約束があるのだが、その時間まで大分ある。

 放課後なので、今までならば部室に先輩たちが来る頃合いだ。しかしそれは過去の話。これからはもう、誰か一人でもこの部室に先輩たちが来ることはない。

 それにそもそも、この『超研部』そのものが存続しないのだから、誰が来るとかそういう問題でもないけれど。

 『超研部』は夏休みが明け次第廃部になる事が決定された。

 部員が僕一人しかいないのだし、それにあのおぞましい事件の中枢にあったこの部活を、学校側が存続しておく理由もないのだろう。早いとこ処分して葬り去り、忘れてしまいたいというのが心情だろう。

 今日僕がここにいる理由の一つに、それが関係している。『超研部』の廃部にあたり、部室の余計なものを処分するように先生に言われたのだ。

 この部屋には、とにかく物が多すぎる。僕の私物なんてほとんどないのに、片づけは僕一人でやらなくてはいけないなんて、こんな理不尽な話もないと思うけれど。

というか事件の関係者に事件現場を整理させるって、鬼か何かか。僕がそこまでショックを受けていないからいいものを、普通ならPTSDを発症してもおかしくないだろうに。

 とは言っても、この部室にいる理由はそれだけではないけど。むしろもう一つの理由――約束の方がメインかもしれない。


「……」


 僕は横目で、壁掛け時計を盗み見る。時間は午後五時くらいを過ぎている。姉さんが死んだ時間まで、もうちょっとあるなと思った。

 部室はとても静かだ。とてもあの騒がしい『超研部』とは思えなかったし、ここで人が死んだとも思えないくらいだ。

 何事も無かったかのように、あるいはこれからも何事も無いように、この部室は静かだ。

 最も僕の心情は、そんな景色とは随分と違っているけれど。PTSDこそ発症していないが、それでも姉さんたちの死は、僕の心に暗い影を落とした。

 今だって、姉さんの死について悩んでいる。僕のした事は本当に正しかったのか。いつまでもクヨクヨしてうじうじしている。

 

「……まだかな」


 それにしても遅い。

 待ち合わせの時間は午後四時だから、一時間は遅刻している。いくら何でも遅刻しすぎだ。

 そもそも向こうは社会人のはずなのにこんなにも時間がかかるなんて、いくら何でもおかしすぎる。少しは南沢を見習ってほしい。

 いい加減しびれを切らして、もう帰ってしまおうかと思った矢先。


「おーい、すみませんー」


 ドンドンと扉をたたく音を響かせながら、そんな声が聞こえた。

 男の、あまりにも大きな声だった。声と扉をたたく音が重なって不協和音になり、うんざりさせられる。

 こんな不躾に大きな音を出す人と、僕はこれから話すのか。そう思うと、少しだけ憂鬱だった。


「……どうぞー、開いてますよー」


 半ば投げやりに、扉の向こうへと声をかける。一拍置いてから、横開きの扉は静かに開いた。


「やあ、こんにちは」


 一応スーツを着ているものの、その着こなしはだらしない。普通の社会人ではありえないようなその着こなしは、職業柄か性格上か。

 その人は、右手を軽く挙げて、僕の方へと歩いてくる。僕は手で前の席を指し示した。彼は何も言わずにその椅子に座った。


「いやー、今日は暑いねえ。こんなに暑いと、頭がどうにかなりそうだよ。この部室にクーラーがついていてよかったよかった。君もその暑苦しそうな長袖を捲ればいいのにねえ」

「……僕の事は大丈夫ですから」

「へえ、そうかい。まあいいや。今日はわざわざ時間を作ってくれてありがとう」

「――僕も、聞きたい事がありましたから」


 僕の目の前に座るこの人の事を、僕はあまり知らない。この間知り合ったばかりだ。だから電話で、個人的な話がしたいと言われた時はとても動揺したものだ。

 どんな話をするのだろうと、身構えてしまった。

 この人は普通の人じゃなく、警察の人なのだから。


「さてと、それじゃあ」


 その人――過馬雷灯さんは、身を乗り出して僕に話しかける。綺麗な眼が、僕を真っすぐ捉える。


「話をしようか。この事件についてね」



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