最後の夏休みを楽しんでください


 色とりどりの貝殻で、セツナは美しいネックレスを作った。二つ作って、その一つをボクにくれた。お洒落をする柄ではないので身に着けていないが、自分の部屋の光が差すいちばんきれいな場所に飾ってある。

 夏休みが過ぎてゆく。七色のきらきら貝殻みたいに、一日一日が異なった色彩を放つ。


 セツナと一緒に海水浴へ行ったこと。

 モーター付きのビニールボートを浮かべて、レムレスと街とを横断する予定でいたが、スピードが速すぎたあまり転覆してびしょ濡れになってしまった。泳げないボクをボートに乗せて、セツナがすいすいと岸へ運んでくれた。

 ……カシャッというカメラの音。


 クーラーのきいた部屋でひたすら自堕落に過ごしたこと。

 読んでいた専門書が面白く、シリーズを読破していくうちに、積み上げていた本が崩れて下敷きになった。三時間くらい身動きが取れないままでいて、深夜近くに探偵に発掘された。

 ……カシャッというカメラの音。


 探偵の猫探しの手伝いをしたこと。

 街の漁師がお守りにしていたオスの三毛猫が逃げ出した。空き地にマタタビを焚いておびき寄せたところ、三百匹の三毛猫が集ってしまった。一匹一匹を抱き上げて、雌雄を確認するのは骨の折れる作業だった。報酬は現物支給で、ボクの背丈と同じくらいの鰤一匹。

 ……カシャッというカメラの音。


 ナギのコンビニへ冷やかしに行ったこと。

 うちへ泊りにきていたセツナとさりゅを連れていったら、嬉しいやら恥ずかしいやらでナギはとても混乱していた。観察日記をつけたいほどにナギの生態は興味深い。同じくらい興味深かったのは、店長の女性が素手で鎖を切断していたことだ。人体の神秘だ。研究したい。

 ……カシャッというカメラの音。


 制服以外に二着しか服を持たないボクを見かねて、セツナに買い物へ連れていかれた。レムレスとはまた違った街の繁華街は息をつく暇もない。次々と洋服を着せ替えられ、最終的に十着ほどの服を買った。

 街の喫茶店に着き、良い買い物したー、と満足げな彼女を横目に外を見渡す。

 夏の暑さにも負けず、男の子や女の子が人混みの中を歩いている。みんな楽しそうだ。浮かれている。夏休みだからだ。大人たちから見れば、ボクらも浮かれた仲間に数えられているのだろう。

 ……カシャッというカメラの音。



「……ん?」

 今まで気に留めなかったが、シャッターの響くところにウサギのロボットが見えた。カメラレンズでできた眼をきらめかせて、ひたすらにボクたちの写真を撮っている。

「なに、あれ?」

 クリームソーダをちゅーちゅー吸いながらセツナが尋ねる。

「メモリーラビット。データがいっぱいになると思い出が飛び出てくる」

「ってことは、あんたの発明品?」

「ガレージから逃げ出したのかな……」

 何ヵ月か前に発明したものだが、使い道がなかったため放置していた。メモリーラビットはボクたちを撮影し終えると、満足そうにどこかへと去っていく。

「捕まえなくていいの?」

「やつはとってもすばしこいんだ。何しろウサギだからな。思い出が飛び出てくるだけだから、特に危険もないだろうし」

 ずずずっ、とアイスココアを吸う。氷が溶けて底の方は水の味しかしなかったが、甘いものの口直しと考えて許してやる。

 セツナも最後の一滴を飲み干すと、ぼんやりと窓の外を見た。

 頬杖をついて、ぽつりとつぶやく。


「来年は、こんなことしてる場合じゃないわね」

「受験」

「真剣に考えなくちゃね。将来を決めることだから」

「受験……セツナは受験するのか」

「するわよ。志望校、まだ決めていないけど」

「受験、やめないか」

「嫌よ。大学、行きたいもん」

「ボクと一緒に高校生をやろう。死ぬまで続けよう」

「またバカなこと言ってる」

「ボクは真剣だよ。ずっと子供のままでいられる機械を発明する。そしたら子供でいてくれる?」

「はいはい、ネムルちゃんは夢があっていいわねー」

「約束だぞ。指切りげんまん。嘘ついたら、クリームソーダをたくさん飲ませるぞ」

「それ、破った方がお得じゃないの」


 喫茶店を出ると、乾いた風が吹きつけた。今日も今日とてカンカン照り。ひといきれ、セミの声、赤信号……どれもボクたちの帰りを邪魔する。こめかみから汗が滴る。疲れやすいボクのために、セツナは先を急がない。ビルの陰で休み休みしながら、ゆっくりと船着き場を目指す。

 百貨店の入り口で立ち止まったとき、タイル張りの支柱に貼られたポスターが目に入った。すべての支柱をジャックして、百貨店のエントランスは同じポスターで埋め尽くされていた。

「灯台祭……」

 視線を追って、セツナもポスターを見上げる。

「デパートにも広告を出すなんて、今年は気合入ってるわねー」

「……」

「聞くところによると、最大規模になるらしいわよ。商業区の人たちは稼ぎ時かもね」

 灯台の写真が入った青いポスター。開催日付、開催場所、協賛会社の名前、そして、最高責任者の名前。

〈灯台祭実行委員長:ユーク〉


 ――最後の夏休みを楽しんでください――


 真夜中の涙。思い出せない怖い夢。襲いかかる変化。忍び寄る風化。変わる運命。未知の来訪らいほう。不安と恐れがごちゃごちゃに混ざり合って心に押し寄せてくる。

「……ネムル?」

 ボクを見るセツナを、すがる思いで見つめる。

 ――子供のままでいられる機械を発明したら、一緒に子供でいてくれる?

 その約束は遠い記憶のようで、今ここにいるボクたちは、本当はどこにもいないようで、頭に降ってきたその考えを打ち消すためにセツナを見つめ続けるしかなかった。

「どうかした?」

「手を……」

「うん?」

「ボクの手を、握っていて欲しい」

 青色の目がボクを凝視する。びっくりされてもしょうがない。自分でも何を言っているか分からない。意味不明だ。支離滅裂だ。それでも……。

 それでも、頭では理解できない想いが、悲しさが、寂しさが、ボクの心を急かして止まない。高校二年生。街を行きかう少年少女と同じように、ボクらは二度と来ないこの瞬間を生きている。先の長い人生の端っこで、明日のその次の日を夢見ている。

 毎日が楽しい。楽しくて、楽しくて、仕方がないはずなのに。

 ……こんなにも、苦しいのはなぜなんだ。


「良い考えね」とセツナは言った。

 紙袋を肩にかけると、空いた手でボクの手を握る。

 細い指で、ぎゅっと強く。

「これなら離れ離れにならなくて済むわ。ネムルの荷物、貸して」

 ボクの手から紙袋を取り上げると、セツナは肩にしょいこんだ。そのまま手を引いて、どんどん先へ進んでゆく。

 百貨店を通り過ぎると、灯台祭のポスターは建物の陰に隠れて見えなくなった。

「あんた、頭だけはすごく良いからさ」

 ボクの視界からは、セツナの真っ白な後ろ髪しか見えない。

「たくさん悩み事が生まれちゃうでしょ。それは泡立つ石鹸みたいにぶくぶくと」

「うん……」

「そんなときはね、あたしに向かって吹いたら良いのよ。シャボン玉みたいに飛ばしちゃうの。あんたの悩み事くらい受け止めてあげる。受け止め切れなかったら、屋根まで飛んで、壊れて消えちゃうまで、一緒に見ていてあげるから」

 繁華街を抜けて、海岸沿いの道へ出た。船着き場が見えてくる。ちょうど街とレムレスとを往復する船が出航するところだった。慌てて飛び乗り、息を吐く。

 手を引くためだと思っていたのに、席についてからもセツナはボクの手を握っていてくれた。

 レムレスに辿り着くまで、ボクたちはずっとそうしていた。



 ……切ない。

 今度ははっきりと分かる。

 この切なさは君のことだ。

 ボクの感情は、すべて君から発露はつろする。

 失いたくない。手離したくない。

 それなのに悪い予感はどんどん近づく。

 これが最後だなんて、嫌だよ。

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