試合中に寝るんじゃないっ!


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 早朝から怒鳴りまくって、アドレナリンが出過ぎたみたい。気怠さの漂う練習試合で、ばんばんサーブを打ちまくった。高く飛び上がった瞬間、網目越しに怯えたクラスメイトの顔が見えた。


 チャンス! 一点先取り!


 コートの隅で立ったまま眠っているネムルに飛んできたボールを跳ね返して見方にパス……でもその子たちの顔も恐怖に強張ってる。

 えー、なんで!?

 一度もローテーションしないまま、試合結果は0対25。

 笛が鳴ると同時に鼻ちょうちんがパチンとはじけて、ネムルがハッと目を覚ました。不思議そうにあたりをきょろきょろ見回して、

「見ろ、セツナ。うちのチームの圧勝だ。クラスの女子は泣いてるし、コートは戦乙女ヴァルキリーの降り立った戦場みたいなありさまだが」

「あんたのせいで女子力が一ランク下がったわ……」

「とんでもない責任転嫁だな。ボクはただ、眠っていただけじゃないか」


 試合中に寝るんじゃないっ!


 怒鳴りそうになりかけて慌てて自制する。今さらフォローも遅いけれど、クラスの女の子たちに精一杯の笑顔を向けて、着替えをしながら話をした。

 話をしながらどうしても気になるのは、みんなが着けている下着のこと。こそっと辺りを見回してみると、どの子もすっごく可愛いブラジャー。蝶や花やレースやフリルや……いいなあ。きっと、街のおしゃれな下着屋さんで買ってるんだろうなあ。

 それに引き替えあたしの下着……。

 少ないお小遣いをやりくりしながら、性能の良いものを狙って買うから、デザイン性はかなりイマイチ。レースもフリルもついていなくて、邪魔なくらい大きな胸のサイズに合わせて形も作りも頑丈で……可愛さのかけらもないわね。


 ――ふぅ。


 会話中に、隠れて溜息。


 ――むにゅっ。


「ひぃあぁ!?」


 むにゅっ。むにゅっ。むにゅっ。

 だっ、誰かがあたしの胸、揉んでる!? ――って、無断で人の胸に触ってくるやつなんて一人しか思い浮かばない。

 案の定、目下を見ると小さな十本の指が張り付いていた。

「セツナのおっぱい良いおっぱい~♪ でかいぞ~♪ でかいぞ~♪」

「歌うなっ! 離れろっ!」

 身体を揺すってもネムルは胸から離れない。ふむふむ、と頷きながらさらに何度か揉んだあとで、

「Eの70だな」

 うっ、当たってる……。

 緑色の目が素早く更衣室を一瞥する。お喋りに夢中の女の子たちは小さな研究者の観察眼に気づかない。

「クラス平均はBの75ってところかな」

 これも当たっていそうな、リアルな数字……(ただしクラスの平均点を大幅に下げているのは自分の胸だってことにネムルは気づいていない様子)。

 でも、それがなんだって言うのよ。

 可愛くないブラジャーに可愛くない胸が収まって、ますます可愛くないって言いたいわけ?

 まあ、否定できないけどさ……。

 そそくさと制服を着るあたしにささやくような声が届いた。

「女体はしばしば果実に例えられるが、血のように熟れたリンゴだって甘くなければ価値がない。下着に華美を尽くしたところで君の発育しまくりな巨乳に適う者はいない……この部屋にいるどの娘よりも君の胸はきれいだよ」

「……すっごくヘンタイチックなセリフだけど、励ましてくれているの?」

「なに、主観的意見を述べたまでさ」

 緑色の目を優しく細めて、

「いっそのことタグをつけて売り出したいくらいだね。〝楠木ネムルさんが心を込めて作りました〟」

「あたしの胸は農作物か! っていうかあんた作ってないだろ!」

「ふふふっ」

 小さく笑いながらネムルは着替えに戻っていく。あたしの心は知らないうちに晴れやかだ。


 ……ネムル。

 あんたのエールは独特すぎるから、言葉の意味を噛み砕いているうちに何に悩んでいたのか忘れちゃうわね。場違いに思えるから「ありがとう」なんて感謝の言葉は、絶対口にしないけどさ。

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