第二章 星屑ストア

オレのいちばん嫌いなヤツ

 

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 走れ。走れ。もっと速く。

 過去を振り捨て、生命いのちを燃やして。

 檻から抜け出せ。

 見返してやれ。

 誰よりも先に、未来に辿り着くのはオレだ。





 コツコツ。

 カウンターを叩かれてハッとする。スーツ姿の中年男がオレを睨んでいる。

 店内はいつの間にか長蛇の列だ。ヤナを探すが見当たらない。

「ぼけっとしてんじゃねぇよ、小僧」

 作業着の男に怒鳴られた。

「〝星屑ストア〟なんてふざけた名前つけやがって!」

 待て。それはオレの責任じゃないぞ。

 納得行かないが、男の怒りを鎮めるために頭を下げる。

 ふん、と鼻を鳴らして男が去る。

 そして再び、

「おいっ、いつまで待たせる気だ!」

 くそ。クレームに次ぐクレームか。

「すみません」

「すみませんに心がこもってないぞ!」

「申し訳ございません」

「口調を丁寧にしただけじゃないか! 最近の若いやつはとにかく謝ればいいと思って!」

 ……面倒くさい客が来たな。

「たいへん、まことに、申し訳ございませんでした」

「お前、ケンカ売ってるのか? ……まあいい。今日のところは〝月刊ヤングアダルティー〟の付録ポスターで勘弁してやろう」

 ……は?

 違和を感じて顔をあげる。ラッシュの去った店内に男が一人。

 必死で笑いをこらえながら、オレが茶番に気づくのを今か今かと待っていた。

「付録ポスター。先月でも、先々月でも可」

 いかついシルバーリングをつけた指が〝ちょーだいちょーだい〟のポーズで閉じたり開いたりしている。

「そんなものはない」

「嘘つけ。雑誌を返品するときに付録は返さなくて良いこと知ってんだぞ」

 探偵だかなんだか知らないが、コンビニの業界事情を知っているだけにタチが悪いな。

「お前にくれてやる筋合いはない」

「さては独り占めする気だな? 星井みずほちゃんも、桃樹アリアちゃんも、ジュディ☆大壁のポスターもみんなお前の部屋に飾ってあるのか。くっそー、うらやまけしからん!」

「なっ……、そ、そんなもん持って帰るわけないだろっ! 捨てたよ! 即・ゴミ箱行き!」

 ぽかんと口を開けたまま、立ちつくす探偵。

「お前、鬼だな……。グラビア界の鬼だ……」

 オレを勝手にグラビアの世界に入れるな!

 



 右名マサキと名乗る探偵がオレの働く店にやってきて二週間。毎日のように顔を出しては茶々を入れて帰っていく。それは敵意満々に「星屑ストア」を罵倒する(そのくせ商品は買う)お客以上にうっとおしいものだった。

 この男は何がしたいんだ。むしろ、何もしなくて大丈夫なのか。

 高校生のオレですら毎日働いているっていうのに……。

「ちゃんと仕事してますよ~」

 店で作ったスイカ味のソフトクリームを舐めながら探偵が答える。

「子供の見ていないところで大人は苦労を重ねているのさ」

 うるさい。適当なこと言うな。勝手にオレの心を読むな。レジの前に居座るな。これらの思いを一言に凝縮してオレは言う。

「か・え・れ!」

 けれども、探偵はどこ吹く風だ。カウンターから身を乗り出して無理やり肩を組んでくる。

「似た者同士、仲良くしようぜ」

〝そういうわけでポスターちょうだい〟と目が言っている。


 ……なんなんだよ、こいつ。

どうして平然と、そんな要求が出来るんだ?


「……お前、セツナのことが好きなんじゃないのかよ」

「好きだよ」

 さも当然のように探偵は答える。あまりにも当たり前すぎて、「何言ってんの?」と言いたげな顔。

 その顔を殴ってしまわないように全身全霊で自分を抑える。

 ……やっぱ、こいつ、嫌いだ。一ヶ月前にセツナを抱きしめたことを抜きにしても虫が好かない。

 お前なんか風船みたいにふわふわした「好き」をたくさん抱えて空の果てまで飛んでいってしまえ。

 むかっ腹のオレに気づいて、探偵はにやりと笑った。

「あのな、セツナちゃんに対する〝好き〟は〝超絶可愛い大好き〟の好き。水着のねーちゃんを見るのは趣味。分かる? ラブとライクのち、がっ……!」

 ……全身全霊で殴ってしまった。



「相変わらず、あんたたちは仲が良いねぇ!」

 レジの前で取っ組み合いを始めたオレたちの前に、弾けるようなハスキーボイスが降ってくる。「星屑ストア」の女店長・ヤナの声だ。

 笑いながら首根っこを掴まれて引き離される。探偵も同じようにされて身動きが取れなくなっているようだ。

ヤナに仲裁に入られては一時休戦するしかない。

 日に焼けた浅黒い肌、両腕にがっしりとついた筋肉、黒髪と茶髪が入り交じったドレッドヘアーを頭のてっぺんで束ねたヤナは、人工海岸に生えたヤシの木みたいだ。人は見かけによらないとよく言うが、ヤナの場合は見かけがすべてを物語っている。

言うまでもなく、強い。

 何を隠そう、彼女は元・女子総合格闘技全日本チャンピオン。

 現役を退いてなお、肉体改造に余念がない。


「ヤナさん、オレがレジ打ってる間にベンチプレスしてたでしょ」

「何言ってんだい。大胸筋運動は就寝前のお手入れだよ」

「筋トレをスキンケアみたいに言わないでください」

「あたしの日課は洗顔・化粧水・乳液・筋トレだからな」

「汗で顔につけたもん、流れ落ちませんか?」

「落ちるよ。だから二回塗る」

「そうですか……」

「化粧代が高くついて大変よ。おまけにプロテインも飲まなくちゃいけないし」

「あー、女性は大変らしいっすねそういうの。オレ男だから分かんないや」

「あんたね、面倒だからって適当に話を締めくくるんじゃないよ。自分から話を振っておいて失礼な子だね。ついでに言うと、筋トレしていたわけじゃないから。命より大事なこの店を放り出すはずないじゃないか」

 ピンポイントに切り返されて返す言葉もない。筋肉むきむきなのに筋肉バカでないのがヤナさんのあなどれないところだ。

 彼女は両腕にぐしゃぐしゃになった紙の束を抱えていた。紙の中には棒切れが混ざっている。店の閉店を求める張り紙や立て看板だろう。

「〝星屑の病〟を彷彿させるので、店名を変えていただけますか」というご丁寧な落書きも、オレが働き始める前からずっと続いているらしい。


 アルバイトの面接を受けたとき、一つだけ質問された。


「あんたの大切なものはなんだい?」


「妹」と即答した。ヤナの手にはストップウォッチが握られていて、答えるまでの時間を測られていた。オレはめでたく採用された。

「面接に来た子の中で、あんたの回答が一番早かった。それだけ想いが強いってことだ。うちの店は問題ばかり抱えているけど、どうか妹さんと同じように守っておくれ」ということだった。

 初めは意味が分からなかったが、今では痛いくらいに感じている。

 オレの働くコンビニ――「星屑ストア」は、根深い問題を抱えている。



「まったく、懲りないやつらだよ」

 苦情文を燃えるゴミの袋に詰め込んで、ヤナがふっと溜息をつく。

「……〝星屑〟なんて言葉を消しても悲しみが癒えるわけじゃないのにね。見たくないものを視界から遠ざけて、忘れたいのかも知れないが」

「店名、変えたらどうですか」オレは言う。

 嫌がらせはなくなるし、イメージアップにも繋がるし、良いことづくしだと思うんだけど。


「ナギは合理的過ぎるよ。ちょっとはあたしの気持ちも考えておくれ」

 そう言って、ヤナはカウンターにつり下げられた横長の額を指さした。

 黄ばんだ半紙に達筆な字で、こんな文字が書いてある。


 天から受けた宿命背負って

 星屑のようにささやかなれど

 光って魅せますこの命

 天上天下唯我独尊

 そんな貴方をお手伝い

         星屑ストア


 なんか、暴走族の服に書いてある詩みたいだな……。

「うちのばあさま、死ぬ直前まで750ccナナハンに乗って地元をブイブイ言わせていた人だったからね」

 あははははは、と豪快に笑うヤナ。


 うーん、この孫にしてこのばあさま有りって感じだな……。


「これはね、〝星屑のようにちっぽけな命でも懸命に輝いているみんなの力になりたい〟って意味なのさ。ちょっと大袈裟でちょっとお節介な、ばあさまらしい命名だよ」

 遠い目をしてヤナは言う。

「あんなことの起こった後じゃ、〝星屑ストア〟を嫌がる人の気持ちは分かる。でもね、あたしにだって譲れない想いがあるんだよ。〝星屑の病〟を患う人の、痛みも悲しみも承知した上でこの看板を背負いたいんだ」


 ヤナの視線を追って、オレも窓の外を仰いだ。

黒い夜空に黒い海。星も見えない。月もない。心細い夜に煌々と輝くコンビニの明かりは頼もしく見える。


 いつだったかヤナは話してくれた。彼女は天涯孤独の身で、レムレスに来る前に家族はみんな亡くなったのだと。

 日本全国のコンビニの光は星屑みたいに見えるだろうか――天国から、見下ろしたら。


 まだ片づけが残っているんだ、と言い残して彼女は店の外へ出ていく。その後を「ヤナさ~ん!」と甘えた声を出しながら探偵がついていく。

手押しドアが閉まる直前、振り返ってオレを見た。

「お前の周り、良い女ばっかりだな」

 そう言って、指鉄砲。

 髑髏のついた人差し指にオレは撃たれた。

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