青春ノスタルジック
オニキ ヨウ
第一章 黄昏アクアモービル
迎えに行かなきゃ
1
波音。
空気の揺らぎ。
太陽の明るさ。
賑やかな朝の気配が
とりとめのない考え事が、一つ、二つと増えていって。
突然、夢から突き落とされた。
恐る恐る、ベッドから起き上がる。
壁にかかったイルカの時計。尾びれの
くらり。倒れかけた身体を持ち応え、深呼吸。深呼吸。深呼吸……。
落ち着いて。落ち着くのよ、セツナ。
大丈夫、時間はあと四十分も……って四十分!?
落ち着いている場合じゃなかった!
しぶとく布団にくるまっている脳細胞を叩き起こして、十秒で作戦を練る。
残り時間でできることは、朝食、洗顔、歯磨き、着替え……そして、あの子を迎えにいく。
朝っぱらから全総力プラス20パーセントくらいリミッターを振り切って、時空がゆがんで見える速さで身支度を整える……もちろん、鏡に向かって身だしなみチェックも忘れない。
肩先で切り揃えた雪色のショートカット、寝グセなし。
母親譲りの青い瞳、真っ赤に充血していない。
ほっぺたに睫毛も口の周りにパンの食べかすもついてない。
セーラー服についた埃をぱっぱと払って、
「行ってきますっ!」
玄関前の階段を飛び越し、長い坂道をひた走る。
坂のふもとには学生専用の船着き場があって、色とりどりの水上自転車が浮かんでいる……はずなんだけど、あたしの自転車以外なんにもない!
やばい、やばい、やばい、やばい!
大急ぎでサドルにまたがり、えんやこらぁっと海へ漕ぎだす。目指すは居住区の反対側。ところ狭しとお店が並ぶ、海砦の商業区だ。
……言い忘れていたけれど、あたし、
海にそびえる巨大な砦。
その名も、レムレス。
街から見えるレムレスは砦というより裏返った
砦としての機能を果たしていたのは戦争があった時代のことで、現在はあたしみたいに家族のいない人たちが暮らす保護施設になっている。
レムレスは中心を半分に割って、二つの区域に別れている。あたしみたいな一般市民が住む居住区とちょっとワケありの職人たちが暮らす商業区だ。
「お金さえあれば手に入らないものはない」と言われる商業区。
建物の多さ、建物の間を縫う裏道の細かさと言ったら居住区の比較にならないくらい。商業区民でさえ迷子になるくらいだから、気を引き締めていかなきゃね。
船着き場に自転車を停め、商業区の坂道を登る。居住区と違って、商業区の坂の両脇には個人商店が並んでいる。お店のほとんどが二階か三階の建て増しで、店と店とを繋ぐ通路が複雑に入り混じっている。通路の途中にも唐突なドアがあって、それがまた違うお店に繋がっているみたい。
四角ばった建物から突き出した、色とりどりの看板を横目に歩く。
「虹色野菜店」「火花薬局」「紅蓮食肉」「MIROKU automobile」「瑪瑙雑貨店」「キリキリミュージック」「バビロンセンター西口」「中国式指圧処」……溢れかえる文字の洪水。辞書を読んでいるみたいで果てがない。
坂道沿いに並ぶお店だけでも三百店舗くらいあるのに、その背後に、地下に、店内に、モグリのお店が二、三倍はあるというから驚きよ。
……そうそう、あの子の家に行くためには「雨雲書店」から脇道に入らなくちゃいけないんだった。そこからまた、右、左、左、右に路地を曲がって、ようやく商業の神様をまつる神社が見えてきた。
「ごめん!」と「なむあみだー」を半々に含めた合掌をしながら小さな鳥居をくぐり抜ける。神様が住まう場所を通り道に使うのは気が引けるけれど、この方法でしか辿り着けないのだから仕方ない。
「
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