再会

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「絶対に離さないんだから!」


 ――ぴーぴーぴー……。


「あたしの写真、消去して!」


 ――ぴっ、ピー! ピー! ピー!


「何よっ、怒ってるのっ?」


 ――ビビイビビイビビビビビイ!


「な、な……」


 ――ビビビビビビビビビッッッッ!!


「痛っっ!」


 ウサギから電流がほとばしって、セツナが慌てる。

 海岸に突っ立って、その一連の流れを俺は見ていた。信じられない気持ちで。


 居住区についてすぐウサギはどこかへ跳ねていった。それからさして時間の経たないうちに一人の女の子を連れてきた。

 追想の中でしか会えないはずの、特別な女の子を。


 俺は近づいていった。大して距離もないのに俺たちは何万光年も離れている感じがした。だから、彼女の元へ続く一歩一歩は宙を歩いているようで、今にも消えてしまいそうで……ここは夢の世界だから。


 セツナは何も言わなかった。砂浜にぺたりと座り込んだまま、きょとんと俺を見上げている。ひどく幼い。

「砦組」と呼ばれていた俺たちの中でもいちばんしっかりしていたあの子は、こんなに幼かったっけ?

 いや、俺が大きくなりすぎたのかも知れない。

 ……そうだな。君を置いて、成長し過ぎたんだ。


「会いたかった」

 ぎゅっと強く抱きしめる。腕の中から懐かしいセツナのにおいがした。

「ずっと、ずっと、会いたかったよ……」


 君は知らない。

あの日――君が死んだ日、俺の心の大部分も一緒に死んだ。齧られたクッキーみたいに、何もなくなってしまったんだ。悲しみすら感じなかった。立ち直るのに何年かかったことか。

 今でも時々、君のことを考える。成長した姿を思い描いたりして……でも、この世界では君は生きていて、高校生のままなんだな。


「星屑の病」にかかる前の、きれいな姿のままなんだ。


 そんなことを一瞬のうちに考え、「きゃああああああっ!」と叫ばれてたじろぐ。

 感極まって抱きしめちゃったが、セツナにとっちゃ今の俺は赤の他人だ。やっちまった。

猛スピードで走り去る後ろ姿を見ながら頭を掻く。


 ……嫌われたな。確実に。


 俺はもうあの頃の「オレ」じゃない。偽名を使って商売をしている大人だ。

 立ち返るんだ、本来の俺に。

「ベイサイド探偵事務所」の「右名マサキ」に。


 そんなことを考えていると、いきなり頭をはたかれた。

 振り返るとユークがいた。両腕を組んで、呆れ顔で俺を見ている。

「どうかしてるわ、セツナを抱きしめるなんて」

「の、覗きなんて趣味が悪いぞっ!」

「あなたは高尚な趣味をお持ちなのね。未成年の女の子を人気ひとけのない場所へ誘い出して、有無を言わせず抱きしめて、さぞかし楽しいことでしょう」


 うっ……辛い。

 真実じゃないのに、言われていることが間違っていないのが辛い。


「アクアバギーを盗んだことも目に余るけれど――」

「いや、あのバギーは俺の……」

「ナギのよ」

 ぴしりと返されて、ぐうの音も出ない。

 ユークは腕を組んだまま、苛立たしげに人工海岸から出ていく。俺もその後をとぼとぼ続く。

 やってきたのはアクアバギーを停めておいた船着き場だ。スカートの裾をつまんでタンデムシートに腰かけると、ユークは運転席を指差した。


「灯台を見せてあげる。さっさと運転しなさい」

「盗難車を使えって?」

「私は灯台に案内するだけ。バイクを盗んだのはあなたの罪でしょ。申し訳ないと思うなら、もう一人の自分のためにガソリン満タンにして返しておけば?」


 ユーク……さすが「MARK-S」で育っただけのことはある。自分の手を汚さないやり方を完璧に心得てるな。



 フルスロットルでアクアバギーを走らせると、灯台まで五分とかからなかった。

 確かに灯台は「夢見る機械」を隠すカモフラージュだったようだ。内部はマリングッズが一つもなく、どことなく戦艦を彷彿ほうふつさせるメカニカルな空間が天井まで続いている。

 ユークがボタンやスイッチをいじる。窓のようなモニター画面に明かりがついた。何もないブルーライトの隅に奇妙な文字が浮かび上がる。


 Date:1st July Repeat:145


「この数字はなんだ?」

「日付とリピート回数」

 日付はともかく、リピート回数って……。

「俺の嫌な予感に触れずに、詳しく教えてくれないかな」

「同じ時間を繰り返しているの。今日は夢の世界が作られてから、百四十五回目の七月一日ってこと」

「嫌な予感に触れずにって言ったじゃないか!」

「八月三十一日を過ぎたら、博士以外すべての人々の記憶がリセットされて一年前の九月一日に戻る……っていうのも、嫌な予感に触れてる?」


 触れるどころか貫通したぞ!


 それほどの年月が経っているとは思わなかったが、実は、来たときから感じていた。ここは一日や二日ででき上がった世界ではないと。

 ネムルは日常生活に慣れ切っていたし、ユークにしてもレムレスの内部を知り尽くしている。夢の中で何日も時間が過ぎることがよくあるけれど、「夢見る機械」を使えば意図的に時間を引き延ばすことができるのか。


 ユークは淡々と続ける。


「私もレムレスの人々と同じく記憶が塗り替えられているから、この百数十年をどんなふうに過ごしたのか覚えてない――大体、予想はつくけれど。

とにかく、去年の九月から調査してきたところによると、毎年八月三十一日に開催されるお祭を基軸に時間が巻き戻っているみたいなの……〝灯台祭〟って知ってる?」


「いや、聞いたことないな」


「あなたが知らないことが何よりの証拠ね。〝灯台祭〟は時間を巻き戻すための架空の行事。つまり八月三十一日までにパスワードを見つけないと、記憶がリセットされてしまう……また一年を掛けて、時間が巻き戻る現象について調べ直さなくちゃいけなくなるわ」


 そう言って、自嘲を含んだ笑みを見せる。


 それと知らずに同じことを繰り返す。恐ろしい話だが、一人だけ未来を知りながら同じ時間を繰り返ループし続けるネムルも尋常じゃない。

 同じ行事、見慣れた光景、聞き覚えのあるセリフ、変わらない天候、どんなに楽しい時間もすべてなかったことになる……普通なら、ウンザリしそうなものだけど。


「それだけ、逃げたかったのよ」

ユークは静かに言った。


「〝MARK-S〟にいた頃、博士の唯一の逃げ道は眠ることしかなかった。死ぬことも逃げることもできない人間が最後にたどり着く安らぎが眠りよ。どうか博士を助けてあげて」



 結局、灯台の中に手掛かりになるようなものはなかった。パスがなければ、コンピューターを立ち上げることもできない。

 もう少し灯台を調べてみるというユークを残し「曼荼羅ガレージ」に戻ると、玄関に張り紙がしてあった。ネムルが起きたときに書いたのだろう。



『夜遊びする子はおうちに入れません』


 ……鍵、閉めやがった。入れないじゃん。野宿かよ。


 玄関前に座り込んだ俺をカシャッとウサギが撮影する。


 お手上げ状態の夢の中で目を閉じた。

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