真相

          3


 隣で寝息が聞こえる。

 寝ぼけた頭で手を伸ばす。

 指先が柔らかな女の子の肉体に触れる。俺とは違う体温があたたかだ。


 あー、良いなあ。こういうの。久しぶりすぎて泣けてきそう。

 だってさ、最後に女の子と付き合ったの、一年前よ? 一年前。

 あの子とは何がきっかけで別れたんだっけ?

 そんで、この子とは何がきっかけでこんなことに?

 あれ? 思い出せないな。おかしいぞ。

 おかしいと言えば、俺さっきまでレムレスにいたよな。

 家に帰った覚えもないし、問題も解決していない。

 ……うん。いい加減に気づかんとな。


 この状況、現実的ではない。


 目を開ける。真夜中の気配が漂う室内。目と鼻の先に女の子がいる。

 人形のように整った顔立ちの女の子。


 楠木ネムル。


「うわっ!」

 思わずベッドから起き上がって壁に張り付く。距離を取って、改めて目のやり場に困る。

 ガラスケースで見たときと同じく、彼女は裸だったからだ。洋服は足下へ押しやられてぐしゃぐしゃに丸まっている。

 なんて寝相の悪さなんだ……。

 服をつまんで、その白い身体にかける。

 これで目の毒を除去……じゃなくて!


「おい、起きろ。楠木ネムル」

「……ふぅぅ」

「おい、ネムル」

「んふー」

「ネムルさーん?」

「ふぅん……うんん」


 眉間にくしゃっとしわを寄せて、ネムルの目が片方開いた。俺の姿を捉えてもべつだん驚く様子もなく、むしろはなはだ迷惑と見えて背を向けられる。

慌ててその肩を揺すった。

「ネムル、起きてくれ。頼むから」

「あー、うるさいうるさい」

 頭を掻きながら、ようやく彼女は起き上がった。

 青い髪の毛が広がるその背に真っ白な白衣を羽織る。

 十三台あるパソコンモニターの一番大きな一つに腰かけると、気怠げな様子で足を組む。深遠なる緑の瞳が真っ直ぐに俺を捉えた。

「ボクの眠りを邪魔するやつは誰だ?」


 彼女は、電子と言う名の城に君臨する女王だった。


 ごくりと唾を飲む。さすが「MARK-S」の元・幹部。軽やかな少女の声の裏に闇に生きた人間の薄暗い貫録を感じる……が、まだ気づいていない。


 俺の、正体に。


 それなら隠し通すのみだ。



 俺は懐から名刺を取り出して彼女に渡した。

 緑の瞳が素早く紙面の文字を追う。

「右名マサキ……」

「街の私立探偵だ。お前が仕組んだあの機械を止めるために俺は雇われた」

「ミギナ、マサキ……」

 名刺をじっと見つめながら何やら考え込むネムル。

「俺のモットーは平和的に事件を解決すること――その事件に合わせた平和で。今回もハトが飛んでくれると嬉しいんだけどな」

「ミギナマサキ……なるほど」

「さて、穏やかに話し合いをする気はあるか? ……って俺の話、聞いてる?」

「ミギナマサキくん。君の正体はすっかりお見通しだよ」

 ネムルは晴れやかな顔で上機嫌にウィンクを投げてよこす。

 シャーロック・ホームズなら「なーに、簡単な推理ですよ」と言っているところだ。

探偵は俺の方なのに納得いかないな……。


 青い髪の少女は名刺の裏側にさらさらと走り書きすると、俺の方へ投げてよこした。

「実にくだらないアナグラムだね」と言いながら。


 migina masaki

    ↓

 mikami nagisa


「ボクを騙したいのなら、もう少しマシな問題を用意してくることだ……ナギ。いや、この世界にナギは存在しているから本名で呼ぼうか。渚」


「……バレたか」


 俺の本当の名前は、水上みかみなぎさ楠木くすのきネムルとは同郷の友人だ。

 十八歳の夏に幼馴染の火山ひやまセツナが死んで、ネムルはレムレスから姿を消した。今日この日まで、俺たちは顔を合わせていなかった。


「なかなか興味深いカモフラージュだ」

 ベッドから立ち上がった俺をネムルはじっくり観察する。


「厚底靴は身長を錯覚させるため。髪の色やカラーコンタクトも変装の一部か。しかしその声色はどこから出ているんだ?」

「師匠だった人に変声の仕方を教えてもらったんだよ……語るに長い昔話だ。それより本題に入ろう」

 ネムルが腕を組む。心に砦を築くように。

「君の望みは聞き入れられない」

「サユリを解放しろって言うのも?」


「サユリ? ……ああ、さりゅのことか。悪いが応じられない。夢を構成する要素として、さりゅの記憶が必要なんだ。

〝夢見る機械〟は七年前、レムレスに生きた人間の記憶を夢に投影する装置だ。

大脳皮質だいのひしつに微弱な刺激を与えることで、個々の持つ記憶を集積して再配することが可能になる。つまりは記憶の共有だ。

幼い君の妹の記憶は七年前の思い出を強化するのに必要不可欠なのだよ」


「七年前……」


 七年前と言えば、俺たちは高校二年生だ。

 ネムルの顔をまじまじと見つめる。


 廃墟レムレスで見つけた彼女は――実際の年齢よりずいぶん若く見えたが――大人だった。

 しかし、今俺が対峙しているネムルは思い出の中から引っ張ってきたような子供の姿をしている。それはここが夢の世界で、七年前のレムレスを再現しているから。


 俺は現実主義者なんだが、生き証人を目前にして信じないわけにはいかない。


「〝夢見る機械〟は演算する」と彼女は続けた。


「ここが重要なところだ。集積したボクたちの記憶を元に〝夢見る機械〟は記憶外で起こったことを推測して補完し、夢に反映することができる。今日もどこかでボクたちの知り得なかった事実が生まれている、言わばこの夢は〝IFもしも〟の上に作られた完全無欠の過去なんだ」


 どうだすごいだろう? と言わんばかりに両手を広げるネムル。

 七年経っても興味のあることに対する過剰なほどの熱の入れようは変わっていないようだ。彼女に喋らせるままにしておいた。ボタンの掛かっていない白衣の前合わせを、できるだけ見ないようにして。


「さりゅじゃなくても良かったはずだ」

 陶酔気味の熱弁が終わるのを待って俺は言った。

「同じ場所に生きた人間なら、俺でも良かったはずだろ」


 彼女が喋っている間にその理論を反芻してみた。


〝夢見る機械〟は七年前の世界を再現し、不可知ふかちの領域をも作り出す。かてになっているのは個々の記憶。それなら当時六歳だったさりゅより記憶が鮮明な点において、俺の方が都合が良かったはずだ。

 初めからさりゅだけに狙いを定めていたのはなぜだ?


「とんだ世迷い言だな。右名マサキくん」

 ネムルは目を細めて冷たく笑った。


「君が探偵になったと風の噂で聞いた。ボクは部下を使いにやって、度々君の行動を観察した。時を経て君はどんどん変わっていった。汚いやり口。おべんちゃらな処世術。何があっても崩れない笑顔。そして何より君は……セツナ以外の女の子と恋をした。ボクの知るナギにはあり得ないことだ」

「ネムル……」

「ま、来てしまったものはしょうがない。うちで面倒を見てあげよう」


 ネムルは着ていた白衣を脱ぎ捨てると、どさっとベッドに倒れ込んだ。

 まどろみの中とは思えないほど厳しい声で、

「渚、肝に銘じろ。下手な真似をしたら即座に君を抹消デリートする」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます