望む力、望まない力



          5

 

 商業区の船着き場に横付けして、居住区へ引き返そうとしたオレを探偵は呼び止めた。

レムレスへ送り届けてくれたお礼に、見せたいものがあるという。

「グラビアのポスターなら興味ない」

「海の宝石は容易く見せびらかして良いもんじゃないんだぜ」

「水に濡らしてふやける宝石があるかよ」

「君は夢も浪漫もないな。ま、騙されたと思ってついてきな」


 自信満々の探偵に押し切られ、長い坂道を上る。商業区は今日も大賑わいだ。縁日のお祭りみたいに押し合いへし合いする人波をかき分けるのに苦労する。

これだからこっちの区画は嫌いなんだ。夜勤の職場で助かるのは、通勤途中で人ごみに遭遇しなくて良いところだな。


 坂の途中で横道にそれ、入り組んだ細い路地を歩いていくと「曼荼羅ガレージ」と書かれた看板が見えた。久しぶりに見る厳しい表玄関が懐かしい。道順が複雑すぎてオレもセツナも「曼荼羅ガレージ」へは裏口からしか入れないんだ。


珍しさにつられて玄関に目を凝らしていると、わずかな機械音と一緒に見覚えのあるものが見えた。


「あれ、大丈夫か?」


古びた門の隅に設置された監視カメラを指差す。オレの家についているのと同じ、顔認証付きだ。カメラの上に埃が積もっているので長らく手入れされていないと見える。きっと探偵の顔も認証登録していないだろう。


「下手に近づくとビーム出るぞ」

「へーき、へーき」


 探偵は躊躇うことなくドアを開ける。カメラはまったく反応しない。放置し過ぎて壊れたか。オレは安堵半分の、ガッカリ半分の気持ちで後に続く。


「曼荼羅ガレージ」の鉄階段をどんどん登って、やってきたのは屋上だ。ひび割れたアスファルトの地面から雑草が生い茂り、殺風景でがらんどうとしている。


けれども、柵の向こう側は別世界だ。


隙間なく並んだ商業区の店々は箱に詰められたパズルのようで、色とりどりの看板が、美しいモザイク模様を描き出している。同じ色は一つとしてない。太陽の輝きによって色を変える。

まるで街全体が一個の宝石みたいだ。

「きれいだな……」

 何度もネムルの家に足を運んでいながら、屋上へは一度も登ったことがなかった。こんなに近くに、目を見張る絶景があったなんて……。

「俺たちは気づいていないのさ」

錆付いた鉄柵にもたれて、満足そうに探偵が言った。


「生きるのに忙しくて、つい見逃しちゃうんだろうな。平凡な場所にも、退屈な時間の中にさえ、かけがえのない美しさが眠っていることに」


「かけがえのない美しさ……」


真っ先にセツナの顔が頭に浮かんだ。

彼女の笑顔。瞳。声。ささやかな仕草の一つ一つ。

この風景を、セツナに見せたい。


大好きな人ときれいなものを共有して、きれいだねって言いたい。本当は、それだけで良いのかも知れない。人生の意味なんて。

幸せは手に入れるんじゃなくて、一瞬一瞬に宿るものだ。真夜中に隣で眠る妹の顔を見ていたら、その考えに行きついた。

オレは既に宝物を手に入れている。あとは失くさないように握りしめていれば良いだけ。


それだけ、なのに……。


「景色なんて眺めている暇はない。オレ、走らなくちゃいけないから。学校の誰よりも速くなって、いつか大きな大会レースで優勝するんだ」

記録が物を言う世界に、生まれや育ちは関係ない。

だからこそ、オレたちの世界を変える手段としては都合が良い。畏怖の視線が絡みつく、オレたちの世界を変えるには。


「星屑の病」が発生して五年。未だにその病を抱えたスター選手は出ていない。病気について書かれた論文や本はたくさんある。だけど文字じゃ遅すぎるんだ。ここにある真実を伝えるには、生身の声じゃないと――それも、力のある人間の声じゃないとダメなんだ。


 ……なんていうのは、おおげさすぎる理由だな。


オレはただ、家族や友達に注がれる変な視線がなくなればそれで良い。偉大なことをしたいと思わないし、他の人間なんて知ったこっちゃない。自分に備わった能力を自分の生活のために使う。簡単な話だ。


「現実は夢に呑み込まれる」

探偵はしばらく考えた後、ぽつりとこんなことを言った。


「君は進むべき道が分からなくなっているんだ」

「そんなこと、ない」

「そうかな。俺には寝ぼけ眼のまま、その場で足踏みしているようにしか見えないけどな」

「お前なんかに……」

何が分かるんだよ! と張り上げたオレの声はさらに大きな轟音にかき消された。


階下を繋ぐドアが開いた。開いた、というか吹っ飛ばされた。地響きと共にやってきたのは、大きな恐竜。顔に角が三本生えた……トリケラトプスか?


恐竜はオレたちの前で猛々しくいななき、跡形もなく崩れ落ちる。その巨体を形成していたものはあっという間に湿った土砂の山になった。


「失敗だ。これぞまさに砂上さじょう楼閣ろうかく


山の中から声が聞こえる。湿った土を掘り分けてネムルが出てきた。全身泥だらけ。口にも土が入ったと見えて、ぺっぺと吐き出している。

「まーたお前の発明品か」

「土に混ぜると活発化する細胞の培養に成功したので、お掃除ロボットを作ったのだよ。ところが細胞間シナプスの情報伝達に限界があったようで、歩き始めたら崩壊してしまった」

言いながら、ネムルはプロペラのように腕をぶんぶん振り回す。


「お掃除ロボットに恐竜と細胞、必要か? 円盤型の機械でいいだろ」

「ナギは夢も浪漫もないな」

「まずは実用性を考えろよ」

「実用性? ふふん、ボクは実用性という言葉が大嫌いだ。発明とは選ばれし者だけに与えられた究極の創造行為。有象無象の凡人どもに気を配っていたら良いアイデアもひらめかなくなるじゃないか」


偉そうな主張の中に「ふんっ!」「くっ……!」と気合の声を入れながら、ネムルは土から抜け出そうと必死だ。自力で無理だと分かると、途端に目をうるませてオレを見上げた。


 はいはい、助けりゃ良いんだろ。


両脇に腕を通して引っ張り上げる。ほっと息を吐くネムル。さりゅと同じくらい小さな足が、濡れてぴかぴか光っている。

「まったく、宝の持ち腐れだよな」

「どういう意味だ、ナギ?」

「お前の才能を生かせばいくらでも金を稼げるのに、それをしないのは勿体ないなってこと」

「分かってないな、ナギ」


オレに持ち上げられたまま、ネムルは泥だらけの足でオレの胸を軽く蹴った。ネムルの黒い足形が、オレの白いTシャツにつく。


「ボクの才能は友を助けるためにある」ネムルは言った。


「さりゅに〝子供に優しいミラーボール〟を、君やセツナに〝トランシーバー〟を分け与えたようにボクの力は親愛なる者たちのために発揮されるべきであって、決して金を稼ぐためでも、科学の進歩に貢献するためでもないのだ。

君にも一つ教えてやろう……剥き出しの才能というのはね、往往にして悪のつるぎに成り下がるのだよ。才能に恵まれた者も、その才能を利用されることに対しては抵抗の術を持たないのだからな」


珍しくネムルが熱弁を振るう。眠たげな顔で、目をこすりながら。


探偵は腕を組んで、じっとネムルの話を聞いている。


 ……悪の剣? 抵抗の術? その理論はいまいち分からないけれど、とにかくトリケラトプスを動かす力を持っていながら金も名誉も欲しくないってことだよな。

オレからしたら勿体なく思えるけれど、自由気ままであまのじゃくなネムルらしい考え方ではある。


ネムルが決めた道にオレが口出しする権利はない。むしろ、自分なりの生き方があるならとことん貫けば良いと思う。


 ただ――現実問題として、これだけの能力を持ちながら密かに発明を続けていくことができるのか?


「例えば、だけどさ」オレは言った。

「ネムルがオレたちのためにすごい発明をする。その発明が誰かの目に留まったらどうする? 世界中の注目を浴びて、お前をとりまく日常ががらりと変わってしまったら?」


 あり得ない話じゃない。実際にネムルの発明品はすごいし、派手だ。ビームが出る監視カメラなんて、応用すれば兵器になる。

まだ見つかっていないだけで喉から手が出るほどその力を欲しがる大人はいるだろう。

濁った目に捉えられたそのとき、お前はどうする?


 カタカタカタ……。

微かに、乾いた音が聞こえた。


ネムルの首にぶら下がった、ネックレスが揺れている。

試験官型の筒に入ったこれは……白い石?


カタカタカタカタカタ……。


 あれ?


 なんだ、この気持ち……。


 オレ、間違ったことを言った気がする。

 すごく根本的なことを、取り違えているような。


 ネムルの目が大きく開き、海色の長い髪が光を受けて輝き出す。

つやめく小さな唇が、この世の終わりを告げるようにそっと告げてきた。


消去パージするだろうね。大人たちの世界から、危険因子ボクを」

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