家飲み♪ その3(おまけ)

ジン横丁からの「ギムレット」&ノンアルコールカクテル

 大阪を拠点に活動していたユーフォニアム奏者の瑛太が、顔を見せた。


「久しぶり! 瑛太くん、大阪で頑張ってるね!」

「蓮華ちゃんも、優と新しい店、楽しみだな!」


 演奏仲間でもあった瑛太と蓮華が、ハイタッチをした。


 優のアパートでは、『Limelight』のチーフ・バーテンダーを務める榊がカクテルの研究がてら遊びに来ていて、蓮華と新香が酒のつまみや料理を作ったり、持ち寄ったりしていた。


「それで、今日は、どんなカクテルなんだ? 俺、飲めないけど、優たちのおかげで知識だけはあるからな、ライヴで知り合ったヤツらとも酒の話題には困らないんだぜ」


 瑛太は自慢気に笑った。


「今日は瑛太くんもいるからノンアルコールのカクテルと、ジンを使ったカクテルも作るよ」


「モスコミュールのウォッカ抜きを『サラトガ・クーラー』、同じくジンジャーエールを使ってグレナデン・シロップでうっすら赤く色付いた『シャーリー・テンプル』、レモンジュースとミントを炭酸で割る『クール・コリンズ』、このあたりなら、甘くない爽やか系で、グラスに直接作れるから簡単だよ」


「じゃあ、あえてシェイクする難しいヤツは?」


 瑛太がニヤニヤ笑うと、榊もニヤニヤと笑って返した。


「オレンジジュース、レモンジュース、パイナップルジュースを同量で作る『シンデレラ』、酸っぱいのが苦手だったら、パインジュースを甘めなのを使うとか、レモンジュースを控えめにしてもいいかも。それと、『プッシーフット(猫のようにこっそり歩く)』はオレンジジュースとレモンジュース、グレナデン・シロップと卵黄が入るから中口かなぁ。甘いのが良ければ、卵と牛乳を使う『ミルクセーキ』」


「じゃあ、一番甘そうな『ミルクセーキ』で」


 優がシェイカーに氷と牛乳、卵黄、シュガーシロップを入れる。


「全卵を使う時は、先に卵だけシェイクしておいた方が混ざりやすいよ。卵黄だけの方が色も味もいいかな、と思うけど。バニラエッセンスは入れても入れなくてもどっちでも」


「入れる!」


 即答した瑛太の要望に、優は応えた。


 その横で、榊がバーテンダーのスマートな仕草で、三本のボトルをテーブルに並べ、蓮華たちに振る舞うジンを使ったカクテルの準備に入る。


「『ジンは、オランダが生み、イギリス人が洗練し、アメリカ人が栄光を与えた』って言われてる。ドライジンで特に有名なのは三つ、正統派のゴードンはシェイク向き、消火栓の形をした緑の瓶タンカレーはマイルド、爽快感があって切れ味が冴えてるビフィーター」


 オランダのジンはストレートやロックで飲まれ、カクテルで使われるのはイギリスのドライジン(ロンドンジン)が主だ。


 蓮華が一つ一つを手に取って見た。


「ジンだけで三つも買ったのね」


 榊と優を見上げる蓮華の瞳には、尊敬が現れていた。


「お酒のボトルってそれぞれ思い入れが現れてて、見るだけでも楽しいわよね。タンカレーなんか、緑でずんぐりした消火栓の形しててかわいい! ビーフィーターのすっきりした四角いボトルはオシャレ! コンビニとかスーパーでも見かけるわ」


 蓮華がタンカレーのボトルを撫で、喜んだ。


「イギリスの「ジン横丁」の絵があってね、これなんだけど」


 優がパソコンの画面を見せる。

 ウィリアム・ホガースの描いた『ビール街とジン横丁』より『ジン横丁』。細部まで描かれたモノトーンの街中の絵だ。


 中央には、階段に座る母親が、抱いている子供が落下するのにも気付いていない様子と、その右端では、赤ん坊にミルクではないものを飲ませ、下には骨と皮だけの男が座る。

 よく見ると、皆うつろな目で、薄ら笑いを浮かべている。


 蓮華も新香も、瑛太も目を見張る。


「十八世紀初頭では、ジンは牛乳やお茶、ミルクよりも安くて、子供や赤ちゃんにまで飲ませてたっていうよ。身体を壊したり、廃人になったり、死んじゃうこともあったって」


「コワ!」


 優の説明に、蓮華と新香は声を揃え、自分たちの身体を抱え込んだ。


「だから、『不思議の国のアリス』では、イカレ帽子屋マッド・ハッターとか三月うさぎみたいなイカレたお茶会の発想があったのかしら?」


「紅茶にジンが入ってたのかな?」


 優も蓮華も、苦笑いになった。

 榊が続いた。


「当時ジンに溺れると『失業・困難・絶望に見舞われる』とも言われていて。今は品質良くなったけど」


「トウモロコシや大麦、小麦を原料として作られた蒸留酒スピリッツに、ジュニパー・ベリー(杜松ねずの実)とかのハーブを加えて再蒸溜したんだ。それが、ジン独特のクセのある味になってる。ジュニパー・ベリーに解熱効果があるから、ジンをもともとは解熱薬として売り出してたんだって」


「その効果よりも、爽やかな風味が人気が出ちゃって、お酒として売ったら大流行したらしいよ」


「今から考えると、恐ろしいわね」


 優と榊の話を聞きながら、蓮華が肩を竦めた。


「カクテルのギムレットが生まれたのは、ジンにライムを入れて飲むようになってからで」


 イギリス海軍が、海のシルクロードと言われるインド洋を航海中、船員たちが好んで飲んでいたドライジンのストレートに、ビタミンC不足による壊血病を防ぐため、インドで取れたライムを絞って飲むようになった。

 提案したギムレット卿にちなんで名付けられたとも言われている。


 氷を入れたシェイカーにドライジン、ライムジュース、シロップを入れる。

 ライムジュースは市販の物ではなく、優は、生のライムを絞っていた。


「ギムレットには、こだわりがあってね。市販のジュースだと甘いものもあるから。『長いお別れ』っていう小説にも出て来るよ。オリジナルは甘口らしいけど、辛口タイプにしたレシピもあって」


 「そうそう」と、榊が続く。


「ギムレットには木工用のキリって意味もあるから、辛口っぽくも思えるよな。航海の間に生まれた説からすると、最初はジンとライムだけだったし、後から飲みやすくシロップを入れるようにしたんだろうから」


「イギリスでは本物のライムが当時は手に入りにくくて、ジュースを使う方が一般的だったのかもね。だから、『長いお別れ』では、甘口レシピなのかと思えてきたよ。榊ともいろいろ作ってみたけど、僕には、ギムレットは本物のライム果汁の方が合うと思うんだ。もちろん、お客さんの要望で甘口のギムレットが良ければ、そう作るよ」


 薄いグリーンをしたギムレットもあるが、出来上がったものは白っぽい。

 シャンパングラスに口を付けた蓮華は、満足そうな笑みになった。


「辛口でライムがフレッシュで美味しい。ちょっとクセがあるから、苦手な人もいると思うけど、あたしは好きだから、いつもバーでは最後に頼んじゃう」


「ギムレットも、美味しく作れるようになりたいなぁ」


 優の言葉に、榊も同意した。


「あっ、そう言えば、カレー作ってたんだった!」

「なんだよ、蓮華ちゃん、今いい気分だったのに、カレーってさ」


 瑛太が呆れた声を出した。蓮華は、市販のカレールーに、アジア風にココナッツミルクを入れたシーフードカレーを作っていた。


「イギリス人はジン持ってインドに行き来してたんだから、当然カレーだって食べたんじゃない?」


 適当な蓮華の言い分に、新香が続いた。


「そう言えば、聞いたことあるよ。カレーって、意外にもイギリスから日本に伝わったんだよ!」


「え? そうだったの?」


 首を傾げていた瑛太が、驚いた顔になる。


「ホントは白ワイン入れたかったんだけど」

「ああ、ごめん、切れてたでしょ? ずっと買い忘れてて」

「この家には、普通の家にはないお酒はたくさんあるのに、普通の家にあるような酒はないんだね」


 蓮華と優の会話に、新香がそう言うと、優も榊も認めた。


「だから、代わりに、これ借りたよ~」


 蓮華が、ドライ・ベルモットのボトルを取り出した。

 マティーニ等に使うものだ。


「え?」

「それ使ったの?」


 優と榊の表情が、引きつった。


「だって、これも果実酒だからワインでしょう? アルコール度数も18度で普通のワインにも近いから大丈夫かな~って」


 一向に構わない様子で、蓮華が笑顔で応えた。


「確かに、フレーバード・ワインではあるけど、……ベルモットを……カレーに……?」


「……もったいない……!」


 大それた発想に、優と榊は、ほぼ放心状態で茫然とした。


「さあ、イギリスとインドを航海してる気分を味わって! もちろん、ギムレットをいただきながらね!」


 静かになった優と榊は、どことなくベルモットの香草の香りがするシーフードを悲しい想いでスプーンに取ると、アジアンなカレーを恐る恐る食べ始めた。


「蓮華ちゃん、相変わらずだな!」


 瑛太がゲラゲラ笑った。


「まったく、どんなバーになるんだか。先行き不安だな!」


「あら、何を言ってるのかしら? ちゃんとやるから大丈夫よ」


 両手を腰に当て、蓮華は、しれっと応えていた。




【サラトガ・クーラー】0度


 ライムジュース 20ml

 シュガーシロップ 1tsp.

 炭酸水 適量


ライム(1/6カットかスライス)を飾る。



【シャーリー・テンプル】0度


 グレナデン・シロップ 20ml

 ジンジャーエール 適量

(またはセブンアップ)


螺旋状に剥いたレモンの皮をグラスの縁にかけ、グラス中に沈め氷で押さえる。



【クール・コリンズ】0度


 レモンジュース 60ml

 シュガーシロップ 1tsp.

 炭酸水 適量

 ミントの葉5〜6枚


炭酸水以外と氷をロンググラスに入れ、ミントの葉を潰し、炭酸水で満たし、軽く混ぜる。



【シンデレラ】0度

※氷と材料をシェイクする。


 オレンジジュース 1/3

 レモンジュース 1/3

 パイナップルジュース 1/3



【プッシーフット】0度

※氷と材料をシェイクする。


 オレンジジュース 40〜45ml

 レモンジュース 10〜15ml

 グレナデン・シロップ 1〜2tsp.

 卵黄 1/2〜1個



【ミルクセーキ】0度

※氷と材料をシェイクする。


 牛乳 120〜150ml

 シュガーシロップ 1〜2tsp.

 卵黄 1個

(バニラエッスンス 適量)


全卵を使う場合は、先にシェイクしておくと混ざりやすい。



【ギムレット】30度

※氷と材料をシェイクする。


 ジン 45ml(3/4)

 ライムジュース 15ml(1/4)

 シュガーシロップ 1tsp.


『長いお別れ(レイモンド・チャンドラー作)』で登場するレシピでは、ジンとコーディアルのライムジュースを入れるだけという甘めのものになる。


上記のレシピは辛口になる。生のライムを絞ってもいい。

(優たちは、こちらを作りました)

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カクテルあらかると かがみ透 @kagami-toru

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