Ⅲ. 第4話 目標
*
銀座にある大型書店に、急ぎ足で一人の女性が入って行った。
雑誌コーナーで、長身の男性に、ふと目を留める。
「なんで、この人、女性向け雑誌なんかを? モテたいのかしら?」という目で、じろじろと見つめながら雑誌コーナーを通り抜け、カラー写真入りの料理本コーナーに着いた。
チーズの本をパラパラと見てから、紅茶、ワイン本の並ぶ棚を眺め、カクテル本を手に取ろうとした時、同じ本に伸びてきた手とぶつかった。
「すみません」
同時に謝った相手を見上げる。
180cmを越える身長、整った顔立ちや好感の持てる服装に、優しい雰囲気をまとっている。
彼は、カクテル本の他、ミステリー小説を抱えていた。
二人が手を伸ばしたのは、新しく出たカクテル本であった。
「……もしかして、同業者かな?」
彼は名刺を差し出した。
「僕、この近くの『Limelight』ってバーで働いてるんです」
「え……、私、昨日から、そこに入ったんです」
*
優は職場近くの本屋や、自宅近くの本屋、コンビニ等でも時々女性向け雑誌を見ていた。最近、バーにも女性客が増えているため、女性にはどのようなものが受けがいいかを知るためであった。
「新しい人が来るって話には聞いてたけど、昨日、僕、休みだったから」
「女性ファッション雑誌見てたのも、お勉強のためだったんですね。あのミステリー小説にもカクテルが登場しますよね。私も読みたいと思ってたんです」
「じゃあ、読み終わったら貸すよ」
「ありがとうございます!」
話すうちに、『Limelight』に着く。
白いワイシャツ、黒いベスト、彼女は黒いタイトスカートに着替え、長いストレートの黒髪を後ろで一つにとめた。
「
「北埜さん、今日からは、桜木に何でも聞いてね」
榊が、優の肩にポンと手を置いた。
もう一人、アルバイトだが年齢は上の二木も、「桜木がきみの担当になったから」と念を押すように言った。
「え、僕、何も聞いてないんですけど?」
「大丈夫、大丈夫。お前、女子慣れしてるだろ?」
体格の良い二木はそれだけ言うと、さっさと自分の仕事を始めた。
榊も、「お前の方がきっと教えるのも上手いから、任せた!」と、ぎこちなく笑い、店の外を掃除しに出て行った。
道具の置き場や、酒の瓶の並び順等、速水だけが作るカクテルの種類も、彼らが既に教えていた。
とりあえず、二人は、酒の瓶を拭き始めた。
「ところで、桜木さんの将来の目標って何ですか? 『夢』ではなく『目標』です」
「まあ、バーテンダーでちゃんとやっていけるようになることかな」
「ご自分のお店を持つんですか?」
「とにかく、今はチーフ・バーテンダーになることで、その後のことはそれから考えようと思ってるけど」
北埜は小さく溜め息を吐いてから、キリッと目元を引き締めた。
「榊さんたちと同じお返事ですね、『とりあえず、チーフ・バーテンダー』って」
「うん。チーフ・バーテンダーになって采配を振る経験をしておかないと、独立しても難しいんじゃないかと思って。一人で店をやる人もいるけどね」
「じゃあ、いずれ、独立したいんですね?」
「ここにいさせてもらえる限りは、いたいと思うけど」
「独立するとしたら、どういうバーにしたいんですか?」
「そうだねぇ……。まあ、街場のバーになるだろうけど、具体的にはまだ……」
「街場ですか……。本当にそれでいいんですか?」
「なにか問題ある?」
「私は、ホテルのバーに勤めたいんです」
「へー、すごいね」
微笑んでいる優を、北埜真由稀は少しじれったそうに見た。
「そのためにもこちらに勉強に行くよう、うちの店のオーナーからも言われましたけれど、……どうやら、尊敬できるような意識の高い人って、いないみたいですね。だったら、私、時間がないので、速水オーナーに直接教わりたいんですけど」
思わず、優は目を丸くして、キッとした目で彼を見る真由稀を見つめた。
「な? 扱い辛かっただろ?」
優の部屋には、帰りにそのまま寄った榊歩と、瑛太と蓮華、新香が遊びに来ていた。初対面だが、すぐに打ち解けていた。
「意識高いのはいいけど、街場のバーをどこか下に見てるところがあって、すっごいやりにくいんだよな。バーにいたからカクテルはもう作れるし、『わかってますから大丈夫です』みたく言われちゃうと、何も言えなくなるよ」
榊が堪り兼ねたように打ち明けた。
「榊くんは、やっぱり『Limelight』のチーフ・バーテンダーになりたいの?」
蓮華が尋ねた。
「まあね。俺、オーセンティック・バーに勤めたかったから、ずっと『Limelight』でやっていきたいって思って」
「オーセンティック・バーのバーテンダーにしては、砕けてる気がするなぁ!」
瑛太がからかうと、榊がにやっと笑う。
「俺は仕事とプライベートは、はっきり分けるタイプなの」
「榊は、仕事は丁寧だよ。接客も感じいいし、作るカクテルも美味いんだよ」
と、優が続いた。
「榊くん、イケメンだし、優ちゃんと二人でカウンターに並んでたら、女性のお客さんも増えたんじゃない?」
「ああ、だからか!」
わざとらしく手を打って言った榊に、蓮華と新香は笑った。
「そういえば、今度、俺たちのバンド、蓮華ちゃんたちと一緒にCD作ることになったんだぜ!」
瑛太の言葉を聞いて、優が目を見開いた。
「ホントに!? おめでとう!」
「ありがと」
瑛太のユーフォニアムと相棒のトランペット、ドラムとベースという男ばかりのバンドに加え、ピアノを蓮華、ギターを蓮華の同級生と交替し、新たに活動して行くことになっていた。
「でも、ちょっと気になることがあってね……あたしの気のせいならいいんだけど。ギターのナツキとドラムのトウマくん、アヤシイと思う」
瑛太が驚いた。
「え? メンバー内の恋愛は御法度だって結成した時決めたんだから、それはないでしょ?」
「な〜んか、トウマくんに対してのナツキの視線が、ちょっと違うんだよね」
「別に普通じゃね?」
二人がぼそぼそと話す間に、優と榊がカクテルの練習を始めた。
翌日、速水が開店前に従業員を集めた。
「今年もカクテル・コンテストがあるが、その前に、それとは別の企業の共催で、新橋・銀座のバーが参加する『銀座カクテル・イベント』が行われることになった。店ごとにブースがあり、宣伝を兼ねてカクテルを一杯五〇〇円で提供する。そのイベント内で、オリジナル・カクテルのコンテストも開かれることになった。このイベントに出場する者を、今から決めたい」
速水は、並んで立つ従業員一人一人の顔を見渡した。
「まず、希望者はいるか?」
榊と優、そして、優の隣に立っていた北埜真由稀も手を挙げた。
「ブースが狭いため、三人くらいがちょうどいいだろう。ブースで売るカクテル三種類を相談して決め、オリジナル・カクテル・コンテストでは一人一つのカクテルで臨む。お前たち三人の中から最低一人は参加しろ」
三人は返事をし、従業員たちはそれぞれの仕事に取りかかった。
「北埜さん、よろしくね」
優がにこやかに言った横で、榊も「よろしく」と言った。
「私、これを待ってたんです! 都内のホテルのバー担当者も見に来るって聞くし、オリジナル・カクテル・コンテスト、私が出してもいいですよね?」
目を輝かせる真由稀の勢いに押された二人は、首を縦に振っていた。
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