家飲み♪ その2
お家で女子会:簡単ハーフ&ハーフなカクテル集合!
*
「新香ちゃん、お帰りなさーい! お仕事おつかれ様! そして、京香ちゃん、あたしたちの新居にようこそ!」
横浜の2LDKアパートで、中華街の中華風カフェの調理の仕事を終えて帰って来た新香を出迎えたのは、笑顔の蓮華と、もう一人の同級生・京香であった。
眼鏡をかけた慎ましやかな京香は、二人からすれば高校時代と変わらない品の良さがあった。
新香は酒は何の種類でも飲み、友人たちとも飲みに出かけるが、家が厳しい京香は、外ではあまり飲まない。彼女のためにも、蓮華が「家飲み」を企画したのは新香にもわかっていた。酒や材料の費用は割り、つまみには家にある材料を持ち寄ったりしていた。
「京香ちゃん見てると安心するわ~」
「ホント。ちゃんと女子校らしさが残ってるっていうか」
蓮華と新香がデレッと京香を見る。
「確かに、二人は随分変わったわよね」
京香が改めて二人を見る。
「通ってた時は二人ともお嬢様だったけど……特に、蓮華ちゃんなんて中学からだから、私たちと高校出会った時は既に上品なお嬢様で。なのに、音楽の学校に行ったら垢抜けちゃうし、新香ちゃんも高校卒業後から一気にエスニックになっちゃうし」
「あはは~、今まで抑えられていた分ハジケちゃったっていうか」
「礼儀作法とかマナーは仕事でも役に立ってるけど」
蓮華も新香も笑った。
「二人とも、今の方が輝いてるわよ」
聖母のような京香の微笑みに、蓮華と新香は更にデレデレになった。
「音楽の学校を卒業した今はどうしてるの?」
京香の質問に、蓮華が少し表情を曇らせた。
「ライヴにも時々出てるけど、おじいちゃんの半分秘書というか雑用みたいな。家でも仕事でも一緒なのは切り替え難しいから、新香ちゃんと同居することにしたの」
新香が気遣うように見た。
「蓮華のおじいさんとお父さんが仲があまり良くないから、本来ならお父さんが引き継ぐようなことを、蓮華に引き継いでもらおうって、考えてるのかな?」
「それもあるかもだし、まだ中学生の弟がいずれ引き継いでからもバックアップ出来るようにって意味もあるんだと思うんだよね……」
蓮華の家庭の事情は、新香と京香の二人しか知らない。祖父が会社経営のトップであることは、学校の同級生たちや知り合いはもちろん、蓮華の付き合った男性にも知らせたことはない。
まだ社会経験の少ない二〇代前半の同級生が背負うには荷が重いだろうと、京香も新香も同情的な目で蓮華を見ていた。
「とにかく、新居祝いを始めよう!」
蓮華は笑うと、買っておいたビールやワイン、ジュースの缶を冷蔵庫から取り出し、炭酸水などを並べた。
「優ちゃんに教わったんだ。シェイカーを使わずに、材料もその辺のスーパーとかコンビニで手に入るもので作れるんだよ」
「優さんてバーテンダーなんだよ」と、新香が京香に説明する。
「だけど、一杯だけシェイカーで作らせて。見よう見まねだけどね」
小さめのシェイカーをリズム良く振った蓮華が、逆三角形の形のカクテルグラスに注いだのは、オレンジ色の酒だった。
「カクテルグラスも百円均一で買って来たの。コースターも三枚で百円だよ」
三つのグラスをそれぞれの前に置く。
「『オリンピック』っていうカクテルだよ。ブランデーと——あ、これも千円くらいの安い分ね——オレンジ・キュラソーっていうオレンジのリキュールとオレンジジュースを同量ずつ入れてシェイクするだけで作れるんだよ」
「わぁ、綺麗ね!」
京香が瞳を輝かせる。
「一九〇〇年の第二回パリ・オリンピックを記念して、パリのリッツホテルで生まれたんだって。ちなみに、カクテル言葉は『待ち焦がれた再会』。オリンピックらしいよね」
「オレンジの香りがフルーティーで、それでいてブランデーで濃厚になってるね。ゴージャスだわ!」
一口飲んだ新香が、立ち仕事の疲れも吹き飛んだ顔になった。
アルコールをあまり飲んだことのない京香のために、蓮華はグラスの中身をロンググラスに移し、オレンジジュースを足し、少し炭酸水を入れ、それと別に水を入れたグラスも添えた。
「水も時々飲みながらゆっくり飲めば、京香ちゃんも雰囲気味わえると思うよ」
「ありがとう! なんだか華やかな気分になれる味ね」
蓮華は大きさの違う計量カップを持ち出し、柄の長いスプーンやマドラーを用意した。
「今のは、1/3ずつで作れるもので、これから作るのは全部配合は1/2ずつなの。覚えやすいでしょう? 家だから目分量でも大丈夫」
ロンググラスをテーブルに置き、両手にそれぞれ持ったビールとジンジャーエールを同時に注ぐ。
甘い香りとともに、しゅわしゅわと泡がグラスの中をのぼっていく。
「ゆっくり注がないと、泡ばっかりになっちゃうんだよね」
蓮華は一度手を止め、泡が半分ほどおさまるのを待ってから続きを注いだ。
「両手で同量注ぐのも慣れてないから、だいたいでも許してね」
「アバウトだねぇ。先にビールを半分注いでから、ジンジャーエールを足せばいいんじゃない?」
新香が笑った。
「それでもいいけど、ちょっとバーテンダーさんのマネをしてみたかったの。ビールとジンジャーエールで作る『シャンディ・ガフ』っていって、イギリスで昔から飲まれてたみたい。アルコール度数も2%程でビールよりも低いから、お酒に弱い人でも大丈夫!」
「甘い香りがするわ。私、ビールの苦味があまり好きじゃないんだけど、これは苦味を感じないわ」
「カクテル言葉は『無駄なこと』だって」
「なんかわかる気がするわー。混ぜたために度数減っちゃうんだもんね」
新香が笑うと、「そういうことかな?」と、蓮華は首を傾げた。
「『パナシェ』っていうのも、ビールとレモネードを1/2ずつ。レモン風味の炭酸水でもいいそうだけど、レモネードは簡単に作れるよ」
ロンググラスにビールを先に半分、そこへレモネードを注ぎ足し、軽く混ぜる。
ビールが少し白く濁ったような見た目だ。
「香りはビールっぽいけど、レモンの酸味がちょうどいい感じにさっぱりしてるわね!」
京香が微笑んだ。
「もう一つ、1/2ずつで作れるものね」
蓮華が冷蔵庫から出したのは、ビールとトマトジュース缶だった。
「『レッド・アイ』になります。お酒を飲み過ぎて目が充血してる状態を指してるみたい。赤い目の感じを出すために生卵を入れる話も聞くよ。レモンをちょっとしぼってもいいし、塩コショウとか入れてもいいよ」
「いやいや、これ以上妙なものにしなくていいから!」
聞いているうちにぞわぞわしてきた新香が、慌ててグラスを受け取り、おそるおそる口を付けてみる。
「あれ? 意外と飲みやすい。トマトジュースがビールでサッパリになった気がする」
意外そうな二人の反応に、蓮華が微笑む。
「ワインも1/2で割って飲むカクテルもあるよ。国産ワインて、最近、世界でも注目されてるみたいだよね」
新香は、きゅうりの千切りの上に細く裂いた蒸し鶏を乗せてソースをかけたバンバンジーサラダをつまみながら飲み、京香は、切り分けたトマトとモッツァレラチーズを交互に並べ、市販のバジルソールをかけたものをつまむ。
「家飲みだと中華をつまみにワインとか、外では有り得ない組み合わせでも飲めるのもいいね!」
京香と新香が話す間、蓮華はグラスに氷を入れ、レモネードを入れた。
「白ワインとソーダを半分ずつで作る『スプリッツァー』とか、さっきのレモネードと赤ワイン1/2ずつで『アメリカン・レモネード』っていうのもあって、そのまま注いでもいいけど、ちょっと技を使うと面白いの。今入れたレモネードの上に、赤ワインを乗せるの」
左手に持ったスプーンを裏にし、スロープのように、右手寄りのグラスの内面にぴったり沿わせる。
グラスの縁近くからワインを、そのスプーンの背に向かって注いでいく。
背を伝って流れていくワインの赤い色は、スポーツドリンクのようにうっすらと白濁したレモネードに、少し混ざったように見えながらも、上に重なった。
じっと見つめていた二人は、目を見張った。
グラスの中身は下半分が白く、上半分は赤く、別れていたのだった。
「このまま混ぜずに飲んでもいいんだって。ホットでも美味しいよ」
蓮華の言葉を参考に、京香がグラスをそうっと傾けた。
「美味しい! 上の方の赤ワインの部分しか口を付けていないのに、ちゃんとレモネードの味がするわ」
「徐々にレモネードの味が強くなっていくね」
新香も興味を持った目で、グラスを眺めた。
「プースカフェ・スタイルって言ってね、ワインとレモネードとは比重が違うから、こんなことが出来るの。こんな風に二層のカクテルもあれば、いろんな色のリキュールを重ねていくって、七層にした『レインボー』っていうカクテルもあるんだよ」
蓮華が、赤ワインを注いたグラスに、ジンジャーエールを注ぎ足した。
「これも、1/2ずつで出来ちゃう『キティ』です」
新香が口を付け、京香もグラスを傾けた。
「え……、なんか、すごいサッパリだね!」
「香りはワインなのに、ワインぽくないわ」
二人の反応を、蓮華は満足そうに見ていた。
「『
「どっちかっていうと、小悪魔的な大人の猫……かな?」
二人は、蓮華をちらっと見た。
「え、あたしのこと? やっだ〜!」
きゃっきゃ笑う蓮華を見て、新香が首を横に振った。
「やっぱ、違うわ」
【オリンピック】24〜26度
※シェイクする。
ブランデー 1/3(20ml)
オレンジ・キュラソー 1/3(20ml)
オレンジジュース 1/3(20ml)
【シャンディ・ガフ】2度
ビール、ジンジャーエールを同量で。
【パナシェ】2度
ビール、レモネードを同量で。
※ショートカクテルのパナシェは別物で、度数が強いので注意。
【レモネード】ノンアルコール
レモン:砂糖:水を、3:3:16の割合で混ぜるだけ。
【レッド・アイ】2度
ビール、トマトジュースを同量で。
【スプリッツァー】5度
白ワイン、炭酸水を同量、またはワインを多めで。
【アメリカン・レモネード】3度
レモネード、赤ワインを同量で。
※作中のようにプーススタイルでも、そのままでも。
【キティ】5度
赤ワイン、ジンジャーエールを同量で。
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