Ⅲ. 第7話 お祝いの無自覚カクテル
「美味しい!」
『ウェディング・ギフト』を飲んだ璃子が、溜め息を吐いた。
「カクテルって、こんなに美味しかったのね」
「璃子、ずっとひねくれて飲みに行かないから」
大輔がからかうように言う。
「だって、私、コンクールの後も、優くんが学校辞める時も、結構ひどいこと言っちゃったから、……優くんに合わせる顔がなくて」
「別にひどくないから、気にすることなかったのに」
優が笑った。
他ならぬ大輔と璃子の結婚を、心から嬉しく思った途端に浮かんだ『ウェディング・ギフト』は、考え抜いて練習してきたオリジナル・カクテルと差し替えてもいいと思えるほど、優本人も気に入った出来映えとなった。
審査の結果発表では、榊の『ブリティッシュ・マーチ』が金賞、真由稀の『ナイトフォール』が銀賞、そして、優の『ウェディング・ギフト』は、カクテルにはインスピレーションも大事だと、金賞を受賞した。
『Limelight』から三人とも受賞し、中でも、金賞をダブル受賞したことは会場を沸かせた。
真由稀も、シェイクの技術だけが問題であり、カラーやデコレーションでは最高得点であった。
二人のおかげで金賞を取れた、と優が言うと、大輔と璃子は優の努力が報われたことを喜んだ。
「皆、秋の本格的なカクテル・コンペティションの方に力を注いでいるんだ。そこでは、未発表のカクテルと決まっているからだ。今回のは地域のお祭りみたいなものだから、自分の実力発揮しようなんてヤツがいるわけないだろ? お前たちが受賞出来たのは、周りが手を抜いたおかげなんだよ」
そんなことを言ってきたバーテンダーが一人だけいた。
その男に、優は微笑んだ。
「わかってます。ご忠告ありがとうございました。秋の大会では、他に類似しないオリジナル・カクテルでしたね。それにも真摯な気持ちで臨みたいと思います!」
男は気に入らない表情のまま、多少バツが悪そうに背を屈めて去って行った。
「今の、無自覚で追っ払った?」
榊が小声で尋ねると、優も小声になった。
「でも、確かに、秋の大会のために切り札は取っておいてるバーテンダーも多いと思う。僕が榊たちと並んで受賞出来たのも、友達の結婚あってこそだから、あの人の言う通りでもあるよ」
「感じの悪い人だったわね。バーテンダーにしては珍しく。こういう時に人間性って出るわよね。後を付けてお店の名前チェックしてきたわ。あんな人のいるお店には行かないわ」
ふふっと笑う蓮華を見て、「こわっ!」と、優と榊は後退りし、真由稀は笑いがこみ上げて来た。
「私も言動とか態度には注意しなくちゃいけませんね。こういう場であっても、お店のイメージ背負ってるんですもんね」
受賞後にカクテルや参加バーテンダーたちの記念撮影があり、受賞者はインタビューもあったので、優が本来カクテルをプレゼントしたかった大輔と璃子に作るのは、時間が経ってからとなってしまった。
二人に作ると、受賞作のカクテルを飲みに客が押し寄せ、優のカクテルはもともと材料の用意が少なかったこともあり、すぐに販売終了となった。
「優ちゃんのウェディング・ギフトは、いつでも飲めるから、榊くんと真由稀ちゃんのを飲んでみたいわ」
蓮華の頼みで、榊はショートグラスの形のプラスチックカップに、黒いオリーブの飾られた赤いカクテルを用意した。
真由稀はロンググラス型のカップに、吸い込まれそうな幻想的な青いカクテルを注ぎ、縁にスライスしたりんごを星形に切り取って飾った。
コンテストでは、パイナップルの緑色の長い葉に、レモンの皮で星を作り、組み合わせていたが、ブースで売る時はどの店でも簡易バージョンにしている。
「今日のことで、何か掴めた気がします。まだ何も思い付かないけれど、ブルー系を極めてみようと思います」
「わ〜、素敵なのが出来そう! 今度も応援に行くから、飲ませてね!」
蓮華が瞳を輝かせると、真由稀ははにかんだ笑顔を見せた。
「楽しみにしてるよ。僕はどうしようかなぁ」
「俺は今日みたいに、赤を極めたくなった。優とあのカップル見てたら、やっぱ愛がなくちゃ! って思えた。今度は絶対ラブなカクテルにしようかな、薔薇とか使って」
榊が浮かれていると、優も、真由稀も、蓮華も笑った。
「今日はありがとう、優くん。最高の結婚祝いだったわ」
終了時間が近付くと、挨拶がてらに璃子が言った。
「オレンジ・ブロッサムなら、ジンとオレンジジュースを直接グラスに入れて作るだけだから、璃子ちゃんに作ってあげてもいいと思うよ」
優が大輔に言い、大輔が作り方を聞いている姿を見た璃子の目の端に、うっすらと涙が浮かんだ。
気が付いた大輔は、少し考えて言った。
「お前の作ったレシピも教えてくれないか? シェイカー買うから、俺にも出来そうなら、そっちも作ってあげたい。毎日作るから!」
璃子は笑いながらハンカチの端で目元を押さえ、優も嬉しそうに「後でLINEで送るよ」と言った。
「蓮ちゃんも、ありがとう。協力してくれたおかげで、二人に最高のプレゼントが出来たよ。ちょうど今、余ってる材料でスタッフド・オリーブなしのマティーニなら作れるから、僕のおごりでご馳走するよ」
優の笑顔に、蓮華は、すぐさま顔をしかめた。
「マティーニは嫌い。どこが美味しいの?」
「そうなの? 辛口のお酒が好きなのに? 美味しい比率を教わったから、そっちを試してみない?」
優は、速水が好きだと言っていた、ドライではないマティーニを作った。
レモンの皮を1、2cmほど切り取り、カクテルに向けて香りを飛ばし付ける。
爽やかなレモンの香りは、広範囲に行き渡った。
ピールは魔法のように、頑な心をくすぐる。
興味を惹かれたように、蓮華が、差し出されたマティーニを見るが、すぐに顔を背けた。
「あれー? 僕には無理矢理パクチー食べさせたくせに?」
優の目がいたずらっぽく光った。
「どうしても飲まないなら、口移しで飲ませちゃうよ」
真由稀が目を見張り、榊、大輔、璃子も驚いた。
横目で優を見る蓮華が、腕を組み、鼻で笑う。
「へー、優ちゃんにそんな度胸あるのかしら?」
「ホントにするよ。蓮ちゃんこそ、飲む勇気はあるのかな?」
面白そうに瞳を輝かせる優が、マティーニを口に含もうと逆三角形のカップを近付けると、蓮華が真顔で取り上げ、ごくっと飲みこんだ。
「……え? 美味しい……! なんで!?」
「でしょ?」と優が笑った。
「それにしても、蓮ちゃんて……」
くすくす笑い続ける優を、蓮華が怪訝そうに見た。
「なによ?」
「いや、この間、実家に帰った時に、姪っ子が風邪薬飲みたくないって駄々こねてたから、『じゃあ、叔父さんが、ちゅーして飲ませちゃうよ』って言ったら『やだーっ!』って、慌てて飲んでたよ。つくづく、うちの姪っ子と同じ反応だよね!」
言いながら腹を抱えて笑う優を、蓮華が忌々しい目で見る。
「ちなみに、桜木の姪っ子って、いくつ?」
笑いながら、苦しそうに、榊の質問に答える。
「三歳」
「三歳!? 三歳児と同レベル!?」
優の笑いは止まらない。
蓮華は、憮然とした顔を、真由稀に向けた。
「ね? こんなだから、年上の男ってキライ」
「は、はあ……」
「なんか、優くんの『無自覚』が、ひどくなってない?」
「……優は飲んでないよな?」
璃子と大輔が顔を見合わせる。
「緊張が解けたんじゃないですかね。滅多にあんなことないんで。ホントにちゅーしたいくらい、彼女には感謝してるのかもですけどね」
榊が二人に近付いた。
「桜木と蓮華ちゃんとは
蓮華と優を見守る榊には、二人の今後を楽しみにしている様子が、大輔にも璃子にも感じ取れ、優には仲間がついていると安堵した。
場内がスタッフ、片付ける最中に、榊が小型のスーツケースに瓶をしまっていて、首を傾げた。
「あれ? パルフェタムール、随分余ってるね。北埜さんのカクテル、あんまり売れなかった? そう言えば、あれって他に何の材料使ったんだっけ?」
真由稀は愕然とする。
「本番、見てくれてなかったんですか? 私は、榊さんのオリジナルも、ちゃんと覚えてますよ。どうせ、私のは、お二人に比べたら印象薄くて、すみませんね!」
榊が地雷を踏んだような顔でハッとなり、その声に優も振り返り、慌てた。
「自分のことでいっぱいいっぱいで、北埜さんのステージ見られなくてごめんね! でも、多分、オーナーなら……」
「そ、そうだよ! オーナーは、ちゃんと見てた……と思う……」
速水の姿は、既になかった。
【オレンジ・ブロッサム】24〜31度
※グラスに直接作る。(またはシェイクする)
ジン 30〜45ml
オレンジジュース ジンと同量〜2倍
【ブリティッシュ・マーチ】9度
*1997年、ビフィーター・カクテル・コンペティション、ショート部門優勝作品。
林幸一さん作。
ジン(ビフィーター) 30ml
ディサローノ・アマレット(アンズ風味) 10ml
ヒーリング・チェリー・リキュール 10ml
サントリー・グレナデン・シロップ 10ml
サントリー・カクテル・レモン 10ml
シェイクしてカクテルグラスに注ぎ、ブラック・オリーブをグラスの縁に飾る。
【ナイトフォール】6度
*2001年、マリーブリザール・カクテル・コンペティション優勝作品。
鎌田紀代子さん作。
マリーブリザール・パルフェタムール 30ml
(オレンジ、レモン等を成分に作られる紫色のリキュール)
チャールストン・マンゴスティン 20ml
フレッシュ・グレープフルーツ・ジュース 20ml
クレーム・ド・ミント・ホワイト 1tsp.
トニックウォーター 適量
トニックウォーター以外の材料をシェイクして、氷を入れたタンブラーに注いでからトニックウォーターで満たす。
星形にカットしたりんご、レモンの皮とパイナップルの葉を飾り、ストローを添える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます